いい名前じゃないか


「だから言ったろう

あくびが出るってね」


ボクらは


死体だらけの戦場で

血みどろの地面に残された


吸血種が封印された事を示す

特徴的な紋様を見下ろしていた


「……勝ったのか」


彼はそれを

信じられないという顔で

呆然と眺めていた。


「こうも簡単に……」


何を言うかと思えば

トドメを刺したのはキミだろう

ここは喜んでいい場面と思うが


しかし

彼は全くもって

そんな様子を見せない


よほど衝撃を受けたらしい

完全に固まってしまっている


「まさか、たった二人で

吸血種を倒したなんて」


「ボクに感謝するといい」


「……ああ」


放心状態

アドレナリン切れか

魂が抜けたようだった。


このままでは

埒が明かない気がしたので

横っ面を引っぱたいてやろうと


手のひらを

ブンと振ったが


「避けるね」


「そりゃ避ける」


ギリギリで躱されてしまった

その余裕があるならさっさと

立ち直って欲しかったね


ボクとしては。


「それで?こいつが例の

キミたちが負けた吸血種かい?」


顎で床の模様を指して言う


すると


「いいや、違う奴

こいつじゃなかった


僕達が戦ったのは

この吸血種じゃない」


「へぇ……」


こいつでは無い

その言葉を信じるならば


この吸血種は

ボクも知らなかった奴

という事になってくる。


だって

把握している限りで

残っている吸血種は二匹


そのどちらとも

男の吸血種なのだから

となれば、彼女はなんだ?


「イヤな感じだね」


こんな事が前にもあった

そうだ、妖精混血の吸血種

あいつの時もこんな感じだった。


ボクはこの世界に生きている

全ての吸血種の居場所と数を

長年かけて把握したつもりだった


だが


例外が起きるのは

これで二度目なのだ


さすがに信憑性が薄まってきた

一度ならず二度までも、ならば


コイツやあの男以外にも

まだボクの知らない吸血種が

潜んでいる可能性を考えなくては


現段階で所在がわかっている奴を

全て始末したら、もう一度各地を

調査して回る必要がありそうだ。


などと

考えを巡らせていると

隣から声をかけられた


「ジェイミー」


初めてボクの名前を呼んだな

重要なことを話すつもりか?


その改まった態度からして

ボクの見立ては正しそうだ。


呼ばれたからには

返事をしないとね


「なんだい」


たっぷりと溜めてから

重々しい口を開いて

彼はこう言った


「……目的はなに」


警戒心の高まった目だった

なるほど、彼はボクに怯えている


さっきの戦いを目の当たりにして

自分との実力差でも悟ったのだろう


怖くなったわけだ

この得体の知れない協力者が


果たして何を目的として

同族殺しなどやっているのか


何か、とてつもなく

恐ろしい理由があるのではと

疑わざるを得なくなったのだ。


「キミが目撃した通りだよ

裏なんてありはしない


ボクは吸血種を殺す

それ以外には何も無い


そしてその事を

証明する術もない

聞くだけ無駄と思うけどね」


本心を語った

嘘偽りのない気持ちを

包み隠すことなく全て


もしそれで

彼が敵に回るというのなら

ボクは相応の対応を取るのみだ


でも

そうはならなかった。


「そう、分かった」


彼はひと言だけ残すと

踵を返して歩き出し


そこら中に倒れている死体を

一体一体、丁寧に調べ始めた


「……変な人間だな」


この時ばかりは

流石のボクでも

彼の心情は図れなかった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


結論から言って


全滅した部隊の

一部の人間が携帯していた装備は


どれもこれも

国宝級の性能を持っていた


例えば短剣

あれは吸血種の持つ

再生能力を阻害する効果がある


例えば鎧

それはかつてボクが


あの大森林で相手をした人間が

付けていたモノより遥かに高い

血の力への耐性が備わっていた


試しに血の刃を作って

何度か切りつけてみると

威力が八割ほど減少していた


そこでボクは


彼女が使ったように

異形のバケモノを作り出し

鎧一式を飲み込んでみた


すると今度は

八割どころではなく

完全無効が確認された。


「なるほどね」


これはつまり

広範囲攻撃に対する

完全な防御という事になる。


人間が吸血種を相手する時

最も気を付けなくてはならないのは


血の力による広域制圧だが

それをこの鎧は無効化していたのだ


一点集中あるいは

規模の小さい攻撃であれば

傷を付けることが可能だが


あまり実用的では無い

これでは普通に素手で

ぶっ叩いた方が早い。


「厄介なものを作ってくれる」


今は亡き

始まりの吸血狩りの男に

憎々しく恨み言を吐いた。


「で、問題はキミだ」


剣やら鎧やらは

大した問題じゃないんだ


それらはかつてボクが

見たものより性能が上というだけで

特別な機能が備わっている訳じゃない


そんなことよりも

気にするべきはこっちだ



大筒だ


無骨なデザインの

腕くらいの長さの筒


脅威度という話をすれば

こっちの方がよっぽど上だ


「これは、なんだ?」


あの吸血種の女は

地面の下に血を浸透させて


槍として突き出すことで

攻撃を放とうとしていた


だが、ボクは見ていた

この筒が地面に打ち込まれた直後

吸血種の女が膝を折ったのを。


異変はそれだけではなかった

血の槍が発動しなかったのだ

これは本来、有り得ない事だ。


あれは確実にこの

謎の筒がもたらした効能だ


「ただ、これは恐らくだけど

まだ実験段階なんだろうね」


事実は分からないが

ボクが推測した限りだと


この筒は

使用出来る場面が

あまりにも限定されている


だってそうだろう

もし血を媒体として

本体に作用する兵器ならば


事前に展開されている力に

直接当てなくてはならないのだから


使い勝手が悪すぎる

これで完成なはずがない


とすればやはり

開発段階の兵装を持ち出し

使用したと考えるべきだろう。


「もし完成したら

戦う前に力を封じる


なんてことが

可能になるんだろうか」


吸血種というのは

戦いの多くを血の力に頼っている


強い力を持っているのなら

使わない手は無いからだ


そもそも

人間相手であれば

それで十分なのだ


肉弾戦が必要になるのは

対吸血種の場合のみ


通常そんな状況には

絶対に陥らないため


基本的にどの吸血種も

格闘戦への経験値が低い


強さにかまけて

ろくに鍛錬もせず

戦闘経験も積まず


ただ自分より弱い生き物を

一方的に蹂躙してきた彼らは


同格、格上に対する対抗手段を

持っていないことが多いのだ


つまり

何が言いたいかというと


よほど戦い慣れている

吸血種でもない限りは


開幕から血の力を封じられれば

確実に戦いに勝てるとは

言えなくなってくる、という事だ。


昨今では


吸血種を封印する為の準備時間も

少しづつ、確実に短縮されている


もしさっきみたいに

再生能力を奪われたら?


足でも飛ばされれば

迅速な行動は取れなくなる


そのうえ

彼女が膝を着いたみたいに

突然動きを止められたなら?


いくら身体能力が高くとも

見渡す限りの軍勢に攻められては

その命も、安全とは言えなくなる。


「ボクがやらずとも

やはり吸血種はいずれ

淘汰される運命にあるらしい」


遠くない未来では

きっとその身体能力すら

封じる手段が生まれるだろう


そんな予感がある

これはうかうかしていると

先を越されてしまうかもね


そうなる前に


一族のケジメは

一族の者が付けよう


「——ジェイミー、終わったよ」


と、


吸血殺しの彼が

泥だらけの姿で帰ってきた


「もう全員埋めたのかい?」


「そうさ」


どうやら彼は


数百人規模の軍勢、全てを

この短期間で埋葬したらしい


なんてタフネス

作業効率はどうなっているんだ

どうやったのか見ておけば良かった


「その装備どうするの」


彼は


ボクの前に山となっている

人間の装備を見て言った


「いくつか持っていく

特にこの短剣なんかは

今後必ず役に立つはずだ」


再生阻害の効果など

活用できないはずがない

これは必ず活きてくるだろう


そういえば


「ところでキミ

ボクのことを名前で

呼ぶようになったね?」


腰に短剣を括りつけながら

ふと気になったことを聞いた


「悪い?」


開き直っている

触れられたくなかったのかな


でもボクは

もう一歩踏み込んでやる


「いいや、ただそろそろキミも

名乗っても良いんじゃないかな」


「……」


即拒否とはならなかった

これは何かが進歩した証拠

……と、捉えていいのかな?


しばらく沈黙が続く


やがて


「……いいよ」


「教えてくれると?」


「そうだ」


驚くべきことに

了承を得られたのだ


これには驚いた

ダメ元で言ったつもりだったが

まさか本当に教えて貰えるとは


どういう気持ちの変化だ

考えても分からなかった


「僕の名前はアルヴィナだ」


「アルヴィナくんか」


「`くん`は止めて」


「拘るねぇ」


「当然」


吸血殺し

アルヴィナ


ボクはようやく

この男の名前を

知る事が出来たのだった。


「先は長い、行こう」


彼はそう言うと

一人だけ先に行ってしまった


遠ざかっていく背中

どうやらこのボクを

置いていくつもりらしい


「アルヴィナ、ね

いい名前じゃないか

何を渋っていたのやらだ」


ボクはてっきり

よほどおかしな名前だから

教えたくないのかと思っていたが


別にそんなことは無かった


やはり人間の事は

まだよく分からないな


今後のためにも

彼を観察して学ぶ

というのも良いかもしれない



彼の背中を追うべく

その場を立ち去ろうとして


床の模様が目に入った

ボクは一度立ち止まると


ひと言


こう呟くのだった。



「——すぐに仲間を送ってやるさ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る