——贖い


吸血種の女が人間の

最後の一人を惨殺したのと

ボクらが戦場に飛び出したのは


ほとんど同時だった。


「——なんだ」


敵に気付かれるのは早かった


ユラリ、と

血に濡れた姿で

吸血種の女が振り返る。


奴と目が合った

瞳の奥に疑念が見える


まだこちらの正体に

気付いていないのだ。


それが付け入る隙となる

とっくに分かっていたことだ


人間との戦いの時点で

その片鱗は十分覗いていた


彼女は咄嗟の判断力が弱い

状況を把握するのが遅いんだ


だから


ボクの方が一手

先に行動出来る


踏み抜いた

地面を砕く勢いで


間合いに入る前に

進行方向が変わる

左右に、鋭く、複雑に


何度も何度も


足の裏が地面に着く度に

土ぼこりをあげて大穴が空く

踏み込みの凄まじさを物語る


姿が掻き消える

敵はボクの姿を見失う


彼女が再びボクの姿を

その目で捉えた時には


既にボクは

間合いの内側に入り込んでいた。


一手の差が明確に現れた


いくら吸血種といえど

準備していないものに対して

完璧な反応は、出来ない……!



そこで彼女は初めて

ボクの正体に気付いた


こんな動きができる生き物は

この地上において、ただひとつ!


「——吸血種ッ!?」


速度は十分だ

タイミングは完璧

間合いの調整も絶妙


ボクは

渾身の貫手を放った


これまで

数多くの吸血種を葬ってきた

自分が最も信頼する攻撃手段


……だが


この手は

心臓を貫く事はなかった

ギリギリで受止められていた!


「危な……っ!」


両手で挟み込むようにして

勢いを全て殺されていた


しかし

完全に防げてはいない

指先が彼女の身体に突き刺さっている


攻撃を受け止めた両腕は

根元の筋肉が千切れかけている


なんとか

かろうじて防げたに過ぎない

アレではすぐに反撃出来ない


再生は間に合わない

次の行動は起こせない


初動の遅れが

後の全てに影響した


ボクは

攻撃を防がれた事など

微塵も気に留めずに


そのまま

彼女の身体の一部を

握り潰す勢いで掴み


そして

片足を軸として半回転


風を切る

全身の筋肉がしなる

バネのように弾けて


そのまま

奴を引き込むように

彼方へ投げ飛ばそうと


この手が

奴を離すその直前!


「——舐めるなァァァァッ!」


爪が振るわれた……!


腐っても

相手は吸血種だ


例えどんなに

状況把握が遅くても

裏をかかれていても


頭では理解せずとも!

本能が体を突き動かしたのだ!


それにより


敵を掴んでいるボクの腕は

彼女を投げ飛ばす前に

肘から先を失った



これじゃあ

勢いが足りない!


手が離れる

目論見が挫かれた


勢いがつき切る前に

肉体の制御を取り戻した彼女は


「——ァァァ!」


獣のような咆哮と共に

空中で身を捻り

連撃を繰り出した


計四発


それは一呼吸のうちに

ボク目掛けて振るわれた


左肩関節、右肩関節、右目、左目


彼女の放った四連撃は

順にボクの身体を削いでいくが


しかし

いずれも命には届かない


支配を逃れたとはいえ

彼女は体勢を崩している


おまけに位置関係が悪い

そこからでは心臓に対して

有効な一撃は、放てない!


その状態から

ボクを殺し切れるだけの

攻撃を放つ事は出来ない!


だから、あえて防がなかった

必殺を目的としていないのであれば

どれだけ傷を負う事になったとしても


避ける必要は、無い!


「なっ……!?」


敵が驚愕する


無理もない

だって彼女はボクが

怯むと思っていたのだから


仕留められずとも

戦力は削ったのだから

足止めにはなるだろうと


だが


それが間違いだ


彼女の判断能力の低さが

この土壇場で悪さをした


ボクは詰めていた!


攻撃を避けないと決めた瞬間


鋭く踏み込み、慣性に従って

緩やかに飛んでいく彼女に対して


距離を詰めていたのだ!


腕は動かない

目は見えない


けれど足は動く


この瞬間のボクじゃあ


彼女にトドメは刺せないけれど

今に限って言うならば、それは


その役目を担うのは何も


「——グッ!?」


蹴り込んだ


見えずとも気配は分かる

ボクは踏み込むと同時に


彼女の胴体に目掛けて

ただ飛ばす為の蹴りを入れた


ズッ……


踵がめり込む

骨を砕き肉を潰す


こんな傷は吸血種にとって

かすり傷ですら無いけれど


——今度は逃れられない!


衝撃が巻き起こった

土埃が激しく舞った


足の裏に

強烈な反動を感じる

腰を入れて更に深くねじ込む


次の瞬間


触れていたはずの

彼女の胴体の感触は

ボクから離れていった


風圧が

顔面に叩き付けられる

今度こそ完璧に入った!


とてつもない勢いで

彼女はぶっ飛んだはずだ


「……終わりだ」


ボクは

戦いの終わりを宣言した


気が早い?

まだ敵は死んでない?


いいや、それは違う


だってそれは




「ぐあああああッッッ!!


クソッ!あの野郎……!

ふざけやが——ッ!?」


修復が完了し

開けた視界に


ボクはそれを捉えた

長い時を生きた吸血種の


最後の瞬間を。



吹き飛ばされていく彼女が

背中に怖気を感じて


なんとか後ろを振り返って

そこで目にしたものは……


「な……き、貴様……!?

まさか吸血殺しの——」


「贖いをくれてやる」


眩い


封印の光であった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る