その音は暗さを湛えている。


街道を行く


見渡す限りの平原で

建物も人もバケモノも

なんにもありゃしないこの空間


脅かすものはなく

またトラブルもない


横を歩く彼は

一応その`トラブル`に

分類されるべき存在だけど


今のところは保留

先送りといったところだ


目下解決すべきは

この奇妙な共同戦線を

達成することなのだから。


横を歩いている

吸血殺しの男と共に


もっとも


ボクに拒否権なんて

なかった訳だけれど。


「そういえばキミ名前は?」


「秘密」


「ああそう」


お答え頂けない、と

そっちはボクの名前を知ってるのに

こちらはしか知らないなんて


まあいい

別に名前なんて

大して重要でもなし


名乗らないと言うのなら

こちらにも相応の手段がある


「なら勝手に名付けようか」


「横暴」


共通利益という餌と

身の危険という鞭を持って

脅しを掛けてきたキミが言うか


彼はどうやら

客観視というものを

身に付けるべきだろう


「後で鏡を買ってあげようか」


「割ってほしい?

あなたの顔面で」


「飛び散った破片で

怪我をしないといいねぇ」


「二次被害という言葉が

人間の世界にはある」


「おっと、悪いね

実はボク人間じゃないんだ」


そう言い返してやると

彼は口元に手を当てて

鈴の音のように笑った。


耳に心地よい笑い声だ

楽しんでもらえたようで結構


この男


こんな見た目をしておいて

一見すると少女のような容姿で

中々に口が回る……と、言うより


性格が悪い

綺麗なのは表面だけか

中身は海の底のように真っ暗い


そもそも


吸血殺しなんていう役目を

担っている時点で異常者だ

まともな訳がなかった。


だからだろうか?

違和感なく会話が

成立しているのは


普通の人間ではないから

ボクのような存在とも

普通に話せるのか


いいや

それはあまり関係が無いな


大枠を個人に当てはめて考えると

大抵、今回のケースに限って

例外だったりするものだから


個人は個人でしかない

特に今のような状況では

大衆は、より無関係と言える


それは人間の考え方だ

感化されるべきじゃない


根底が違うのに

そちら側に染まっても

何も良いことはないだろう。


足回りが重くなるだけだ


「その顔」


ふと

彼がそう言った


「……顔?」


ボクはなんの事か分からず

同じ言葉を繰り返した


すると


「悪巧みしてる顔」


「そう見えたかな」


別に悪巧みはしていない

どちらかと言えば善巧み


真面目巧みと

呼ぶに相応しいだろう


そんなことを考えていると


「だったら買ってあげようか?鏡」


「へぇ……」


意趣返し


なるほど

準備していたな?


それを言うつもりで

会話の流れを誘導したな?


この男は負けず嫌いだ

相当な根性の持ち主だ


これは、油断していると

足元をすくわれかねないな


仕返しの仕返しとは

敵に回すと厄介そうな男だ


もしその時が来たなら

徹底的にやらなくては


下手に命を存続されでもしたら

後からどんな目に合わされるやら


ボクはこの時点で察した

彼は意表を突くのが上手いのだと


それはつまり

ボクと思考回路が

似通っているということだ


厄介


今まで似たタイプには

全く出会って来なかった


対処法が確立出来ていない

極めて用心する必要ある


当面の間

考えていくべき議題だ。


「ほら、悪いこと考えてる顔」


例えば今も


この言葉を肯定してしまえば

何かを読み取られる可能性がある


もし彼が

ボクと同じタイプで


自分が彼の立場だったら

そういう風にするからだ


彼にとってのボクは

信用ならない外敵だから

考え方を探ろうとするのは


とても

理にかなった行動だ。


こういう会話の

ふとした瞬間からでも

プロファイルは可能なのだ。


揺さぶり

軽い牽制

距離感の把握


そして

身の振り方を決める


これは、その一環であると

ボクは断言しようじゃないか。


だから

取るべき行動は


「人は、他者の中に己を見ると聞く

キミは鏡を見ているんじゃないかな?」


反撃


これに尽きる。


「なら、割らなくちゃね」


もちろん

そんな反撃くらいで

音を上げる訳はないか


「割る以外の使い方を

ボクが教えてあげよう」


「そういうのは

自分で見つけるものだ」


「それが間違った解釈でもかい?」


「教わったことが正しいと

いったい誰が証明できる」


「それこそ

自分で気付くべき事さ」


リンリンと

彼は笑うのだった

あたかも善良であるかのように


水面下での腹の探り合い

ボクらにしか分からない攻防

それが続く限りは——。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱



「——吸血種が居る」


近くで

吸血種の存在を感知してすぐ

ボクは隣の彼にそう言った。


迷いは無い


「了解」


通達を受け取り

彼はすぐさま臨戦態勢を整えた

理解が早くて助かるね。


ボクが吸血種の存在を感知した

それはつまり血の力の使用を

察知したということであり


戦闘が

発生しているという事だ。


「向こうだ

かなり大規模に展開している」


「……」


ボクらは既に

弾丸のように駆けている


吸血殺しの彼は

吸血種の脚力に

余裕で追いすがってくる


加減しているつもりは

無いんだけどねぇ


何かしらの強化を受けている?

あるいはそういう装備のおかげか


はたまた

本人の持つ身体能力か

どっちにしろ人間離れした速度だ。


「数百人規模の人間が居る

ただ、その数は減少中だ


血の力を振るわれる度

数多の命が散っている


心当たりは?」


「無い


可能性は浮かぶけど

僕の関与した話じゃない

どれも憶測の域を出ない」


事前情報は望めないか


気配を探るにしても

これ以上詳しい事は分からない


ならば残された道は

この目で確かめる事のみ


ボクは振り返り

やや後ろで走っている

彼に向かってこう言った


「戦いになったら

お互いの好きに動くんだ」


「そのつもり」


作戦会議などこれで十分だ

下手に連携なんて取ろうとしても


お互いの情報が少なすぎるし

戦い方すら把握していないんだ


好きにやるしかない

こうなった以上は仕方ない


彼も吸血殺しだ

そのくらいやれるだろう


さあ


あの丘を超えた先に

件の吸血種が暴れている


表に出てきているのなら

こんなに都合のいい事は無い


——血戦だ。

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