思惑の敗残兵


お互いの立場を考えるなら

信じ難いような内容の会話を

ボクらは、しばらく続けていた。


打算も裏もない

飛び出た言葉のまま

探りを入れる必要もない。


「いつまでこうしてる気?」

「気が済むまでずっとかな」


一度腰を下ろしてしまったら

中々立ち上がれないものなのだ

休める時に、休んでおかないとね。


「呑気」


「人に言える立場かい?」


何を言う


ボクらは敵同士だろう

だっていうのに呑気してるのは

キミだって同じじゃないか。


この場の均衡を保つのが

一体何であるのかは不明だが


細い糸の上を歩くみたいに

ギリギリである事は変わらない。


僅かでも、敵意が振り撒かれたなら

即座に血なまぐさい戦いが起きるだろう。


そんな状況下で

自らの存在意義となる相手と

のんびり言葉を交わしている。


それでボクは

少し気になって


「戦う気はあるのかい?」


確認のために聞いてみた

ボクがされた質問そのままに


どんな答えが返ってくるか

現状、彼を推し量る為の情報が

あまりにも少ないので


さて何が出るか


「あるよ」


答えは実に

あっさりとしたものだった

ドアをノックする様な気軽さで。


「あるんだ」

「あなたは僕の敵だから」


至極真っ当な理由だ

これ以上無いってくらい

心の底から納得のいく話だ。


だが


そうだと言うのなら


「なら襲いかかってくれば良い」


ボクの方に敵意は無いし

戦うつもりも、今の所は無い


だが一方で、彼の方は

別にそんな事はないのだと言う

だったらこの現状は実に不可解だ。


それ故の提案だったのだが


「……どうせ躱されるか

タイミング合わされて返り討ちだ


僕の方からは手を出したくない

そっちから、仕掛けてくるんだ」


彼はしたたかだった

はっきりとボクの事を

敵として認識していながら


冷静に戦力差を測り

生き残る為に行動したいた。


十全に警戒されている


万が一にも、奇襲の類は

通用しないという意味でもあるが


まあ、もっとも


「ボクにその気は無いよ」


こちらに戦うつもりが

本当にあるならの話だが。


「ああ、そう」


ボクの言葉を受けると

彼は興味をなくしたように

こちらから視線を逸らした。


敵から目を離すなんて

正気の沙汰じゃないが


彼のその態度は

自分から手を出すつもりは無い

そう示しているのと同じであり


そして同時に


ボクの方から彼に

危害を加える事は無いと

信じられている証拠でもある。


それは盲信ではない

敵だからこそ信じるのだ


そもそも人間ってやつは

全く別の次元の存在である吸血種を

探求の果てに知り尽くし


やがて

討ち果たすまでに至った

恐るべき知識欲の生き物だ。


敵を憎み、嫌い

拒むのではなく


だからこそ理解し

だからこそ人は強い。


吸血種を封印する技術は

人間が見付けたモノでは無いけれど

それでも現代に至るまで


その技術を使い

成果を上げてきたのは

間違いなく人間なのだから。


探究心の怪物

知恵の刃を振るう者


ボクは人間という生き物を

まだ知る必要がありそうだ。


「吸血種」


感情の読み取れない声

けれど、ボクはその裏に


強い願いが

隠れている事に気が付いた。


大切な事を言う前の

気持ちを引き締める為の


取りこぼさないように

決して間違わないように


それまでとは明らかに

違った態度の影には

想いが込められている。


「僕は吸血殺しだ」


「知っている」


「そして君の正体を知っている」


「……ほう?」


「同族殺しのジェイミー

あなたはそう呼ばれている」


ボクは相も変わらず

草原の上に寝転がり

頭上の木を眺めている。


まるで変わらない

決して傾かない


この手が、足が、爪が

何かを切り裂く事は無い。


「それを前提として話がある」


「何かな」


「協力してほしい」


冷たい目で

彼はそう言った


突拍子がない

疑問は無数に生まれる


ただ


その判断に至るまでの

彼の思考のプロセスを

推理する事は出来る。


そのうえでボクは


「ああ、なるほど」


「……?」


「吸血狩りを手伝えと

キミはそう言いたいんだろう


——敗残兵」


「……驚いた」


ささやかな仕返しを

してやるのだった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「どうして分かった」


「キミが

ボクの正体を知っていたからだ」


「……それだけで」


「吸血殺しであるキミが

ボクを見逃したって事は


それに足る理由があるからだ

初めから打算があったんだろう


そうでもなければ

キミのような人間が

吸血種と言葉を交わすはずがない」


彼らは決して

情に絆されたりしない

友好の握手は有り得ない


非常な連中なのだ

だからもし彼らが


ボクに対してある程度の

友好的な態度をするのは


「ボクでなければ

ならなかった理由がある


そしてキミはどうやら

ボクの正体を知っているようだ


ならその理由とは

吸血狩りに他なるまい」


論理的な思考に基づいた

極めて効率的な手段だ。


「——なら敗残兵とは」


「吸血殺しが単独で居る

目の前の標的を見過ごす

そして協力を持ちかける


思い当たる可能性は一つだ


さしずめ

戦いに負けた敗残兵が

復讐をしようとしている


こんな所か」


「——」


澄ました表情が崩れた

はっきりと動揺が浮かんでいる


仕返しは上手くいったらしい


こちらの正体を

見透かしてきた仕返し


ボクだけが情報戦において

負けているのは目覚めが悪い


だから

やってやった訳だ


「いい性格してるね」


「キミほどじゃないよ」


だって彼は

ボクの正体を知っておいて

吸血殺しを名乗ったのだから。


それは単に

ボクを見込んでの頼みではなく


`お前の正体を知っているぞ`

という脅しの意味も兼ねている。


実際


彼の要請を断れば

ボクの立場は恐らく

危ういものとなるだろう。


吸血殺しの連中は

無情、無慈悲な存在だ。


差し伸べられたその手は

転じて首を絞めるだろう。


彼の素性を読んだところで

優位性はつかみ取れない


情報戦を征した所で

それはただの見せかけだ


本質的な部分では

ボクは彼に主導権を握られている。


提案を断る余地など

ボクには存在しないのだ


ただ一点を除いて


「ボクがキミを殺せば

その目論見は砕け散る


それはどうお考えかな?」


提案を受ける

受けないに関わらず

ボクが彼を殺してしまえば


ひとまず

身の危険は排除できる


彼がボクに接触してきたのが

偶然なのか、計画的なのかは

さすがに判断出来ないが


とりあえず

この男さえ消せば

姿をくらます隙が生まれる


その危険性について

どう考えているのかと

ボクは尋ねた訳だが。


「それはない」


「ほう?」


「だってあなたは

吸血種を殺す者なんだから」


「……その通りだね」


その通りだ


利点があるのだ

双方にとっての得が


彼は雪辱を果たせる

ボクは吸血種を殺せる

目的が一致しているのだ。


とくれば——


ボクは寝転がったまま

顔だけを彼の方に向けて


こう言った。


「共同戦線と行こうか」


「一時的にね」

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