吸血殺しの奇妙な男


始まりの吸血狩りの男を

敵の本拠地での闇討ちを

見事に果たした後


ボクはすぐさま

あの国を遠く離れていた。


文字通り秒で立ち去ったので

ほとんど街並みは覚えていないが

それも致し方のない事だ


なにせあそこは

我々にとっての死地


言うなれば天敵の巣に

飛び込んでいくようなもので


そんなの

地獄以外の何物でもない


一刻も早く離れたいと思うのは

至極当然の欲求だと言える。


それで


当初、最難関だと思われた

標的の撃破が面白いくらい

上手くいったボクは


「ふぁ〜〜……」


なんて

気の抜けた欠伸をしつつ


街道脇に生えている

大きな木の下で横になり

ゆっくりと休んでいる所だった。


それというのも

残る二体の吸血種についても


あの男ほどではないが

比較的厄介な場所に居るからだ。


一筋縄じゃ行かない相手なうえ

もういい加減ボクの情報も

出回り始めている頃のはず


今回の件はまぐれだ


たまたま、運良く、偶然に


敵に知られる前に上手いこと

行動を噛み合せる事が出来たが


こんなの

数百年に一度あるかないかだ


それに、ここ最近ずっと

激動の日々を送っていたから

少し休みたいと思ってもいた。


いくら体力が多いとは言え

ボクら吸血種だって生命な以上

疲れは感じるし、休養は必要だ


ただ


普通の生き物と違って

許容できる範囲が異様に広い

というだけなんだから


いつか限界は来る

それでなくともこの先

待ち構えているだろう戦いは


これまで以上に過酷で

長期戦が予想される物ばかりだ

少しくらい休んだって良いだろう。


「……やっぱりボクは宿とかより

こういう場所の方が落ち着くね」


ヒラヒラと舞い落ちる木の葉を

横になって眺めていると

色々な事を忘れられる。


近頃考える事と言ったら

`どう殺すか`それだけだった


殺伐とした空気は

別に嫌いでは無いけれど

そればかりでは飽きもする


元々


ボクは穏健派なんだ

のんびりするのが好きなのさ

今は目的があるから出来ないけどね


「全て片付いたら

そういうのもアリかな」


ボクの掲げている目標

`地上から吸血種を消し去る`

そこには自分自身も含まれていた。


吸血種を殺し尽くした後は

残った最後の死に損ないを

この手で始末するつもりだったが


最近は


こうして

何か目標を作って

それを達成していく


という行為自体に

楽しさを感じていた。


少し前までは

ただ殺すことしか

頭になかったのに


「……考えが変わったのは

いつ頃からだったかな?」


手段や結果ではなく

過程から得られる経験

そこに価値を見いだしたのは


あれは


そうだ


あれはごく最近の話

海辺の街での出来事


あそこで作った縁

小さな宿の看板娘


気のいいリニャ

彼女に出会ってからだ


「いや、それだけでは無いな」


もうひとつだけ

思い当たるフシがある


妖精混血の男

彼が話したことだ


あの時の彼の言葉は

ボクを油断させるための

嘘だったわけだけれど


どうにも

頭に残っているんだ。


彼は言った

`生きる目的がない`と


たしかにアレは

嘘だったかも知れない


でも


だけれど

ボクは思うのだ


もし仮に

彼がボクに対する復讐を

完遂できていたとして


じゃあ、その時に

あの妖精混血の男には

何が残るのだろう?と


そう考えると

あの時の彼の言葉も


あながち全てが

作り話という訳では

無いような気がしてくる。


「生きる目的ねぇ」


生きていることに

意味は無いと思っていた


少なくとも

ボクたち吸血種にとって生とは

ただ死んでいないだけだったのだ。


だからこその現状であり

ボクが討ち滅ぼしてきた吸血種の

尽くが、ほとんど何も遺していない


あの始まりの吸血狩りは

対吸血種用の技術を世界に

広めた功績を持ってはいたが


あれも

突き詰めていくなら

自分が生き残る為だから


人間たちが

何かを作り出す時の

動機とは掛け離れている


人間は

より良い明日を夢見る

そして現状に足りないものを


貪欲に求め続けて

いつしかそれを実現するのだ


人間にとって不可能とは

やがて超えるべき壁であり

停滞も衰退も嫌悪する対象だ


この


多種多様に発展した

人の世を見れば一目瞭然だ。


でも


吸血種は、違う

吸血種は、そうじゃない


より良い明日など見ない

今日だけで満ち足りているから

何も磨こうとはしない、生み出さない


彼らが死に物狂いで

何かを成そうとするのは


己が脅かされた時だけ

極めて利己的な欲求だ


その場しのぎ

と言っても良いだろう


人間とは根本的に

相容れない存在なのだ


対立するでもなく

共存するでもなく


ただ好きなように生きて

命だけを無駄に続けていく

そんな生き物に明日は要らないし

今の人間の世の中には邪魔でしかない


そう判断しての

ボクの行動だったが


今なお


そこは少しもブレていない

きっと生涯脅かされることは無いだろう


たとえ何を目の当たりにしても

どれだけ考え方が変わろうとも

決して揺るがないと断言出来る


できるが


しかしだ


もし


もしこのボクに

ただ生きる以外の目的が

生まれているのだとしたら?


勝手な主張だとは思うが

なに、元からボクの行いは


たったひとりの

個人的な好き嫌いで


一族を丸ごと滅ぼそうという

実に勝手極まる物なのだから


そのくらいの進路変更は

別にどうって事あるまい


「また会うと約束したしね」


ボクは

彼女の事を思い出す


このボクの事を初めて

異物扱いしなかった人間


「ああいった縁を探すというのも

案外、悪くないのかもしれないね——」


そうとだけ言うと

ボクの意識は途端に

境界の向こう側に落ちていった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「——」


目覚めは突然やってきた

それは気持ちの良いものではない

何故なら自然では無かったからだ。


充分寝たから起きたとか

そういう類の目覚めとは違う


どちらかというと

反射に近いものだった。


`自分に起こされた`

とでも言うべきだろうか。


その理由はすぐ分かった

いつの間にか隣に誰かが居たのだ。


そしてどうやら

今来たばかりという訳でも

無さそうなのが問題だった。


ボクの隣にいる何者かは

大分前からそこに居たことになる


それでボクが

目を覚まさなかったと言うなら

無害な存在だという証明なのだが


それであるなら

この目覚め方はおかしい


何故ならボクは確かに

殺意を感じて覚醒したのだから


敵か?とも思ったが

それなら今の今まで


ボクが寝ていられた事が

今度はおかしくなってくる


このままじゃ

判断が付かないな


「で、キミは誰かな?」


ボクは寝たフリをするのを辞めて

目を閉じたまま、隣に居るはずの

何者かに声を掛けてみた。


「吸血殺しのひとりだよ」


返って来たのは

中性的な男の声と

そんな答えだった


そして彼の答えた内容は

実に衝撃的なものだった。


`吸血殺し`


それを名乗ったという事は

正体は知られているのだろう


普通に考えるなら

ボクはかなりのピンチだ


が、


「いつからそこに居たのかな」


どうにも吸血種の本能が

脅威を告げてくる気配が無いので

そのまま普通に会話を続ける事にした。


「二十分前くらいから」


彼も普通に答えてくる

会話はどうやら成立するらしい。


「その間、何をしていたんだい?」


「あんまりにも無防備に

道端で寝てるものだから


面白くて見てた」


「ならどうして起こしたのかな」

「殺そうとしたら起きちゃった」


随分と変わった人間だ

少し正直過ぎないだろうか?


こんなの

裏を読むまでもなく

真実だと分かるじゃないか。


ボクは我慢出来なくなって

目を開けて、隣の声の主を

見てみることにした。


「おはよう、吸血種さん」


目が合うと

挨拶をされたので


「おはよう吸血殺しくん」


ボクもおなじ様に

挨拶を返してやった。


声からして中性的な

印象を受けた彼は


その容姿からも

同様の印象を受けた

全体的に華奢な感じだ


身長はボクよりも

少し高いくらいだろうか


だがそれよりも

特筆すべきなのは

なんと言ってもやはり


彼の強さだろう

コレは中々のものだ

吸血殺しという言葉は


いや、ハナから少しも

疑ってなどいなかったが

どうやら嘘では無さそうだ。


彼は人間のレベルを遥かに

逸脱した強さを持っている


「こんな所でなにしてるの?」


彼はボクに尋ねてきた

心底不思議という顔で

バッチリ目を見て


「見ての通りだよ、お昼寝さ」

「無防備すぎるんじゃない?」


「敵が来たなら気付くさ」

「でも僕はここに居るよ」


言外に


`僕はあなたの敵です`と

ハッキリ込められていた。


ならば、やはり敵なのだろう

認識を改める必要は無さそう


なのだが。


「……吸血種さん戦わないの?」


「そんなことはないとも

戦うのなら今すぐにでも」


「それは僕も同じだけど


じゃあ、なんでまた

目を閉じているのかな」


「こうすると心地良いんだ」

「ほんとう?」


「少なくともボクはそう思うね」

「吸血種さん、女の人だよね?」


一瞬何の事かと思ったが直ぐに

一人称を不思議がってるのだと気付いた。


「ボクは女性だよ」

「綺麗なお顔だね」


「ありがとう」

「どういたしまして」


奇妙なやり取りを

奇妙な相手としている


少なくとも

吸血種と吸血殺しが

する会話の内容ではあるまい。


一触即発


いつ戦いが始まっても

おかしく無いこの状況で


ボクらは


「キミの顔も綺麗さ」

「……嬉しいな」


「それは良かった」

「うん」


しばしの間そんな風に

おかしな会話を続けるのだった。

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