始まりの吸血狩り。


選ばせる気のない

地獄のような選択肢は

目論見通りの結果に収まった。


3人の人間は晴れて

ボクの眷属となった。


そのおかげで

重傷を負っていた彼らは

皆、怪我を負う前よりも


遥かに元気に

そして頑丈な肉体を手に入れ

ボクに対する絶対服従を約束した。


吸血種は


血を与えることで

他の生き物を眷属と出来る


与える血の量で

絶対服従の度合いは変わるが

通常は元の人格を残すものだ


かつて誰かに


人格を残していて

忠誠は望めるのか?


と聞かれたことがあるが

その点は何も心配は要らない


何故なら彼らは皆

自分の意思で吸血種に

従っていると思い込むのだから。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「——依頼主は誰だ」


「アルファドーラと名乗る男です」


ボクの問いかけに対して

アリシアという名の男が答えた。


彼は先程まで死の淵を

彷徨っていたが、眷属となり

治癒力が強化され、この通り


五体満足で生きており

忠実な下僕となったのだ。


「素性は不明であると?」


「恐らくは偽名でしょうね


僕達に依頼をする人間は皆

身分を隠すものですからね」


裏の世界の何でも屋

彼らの正体はそれだ


決して情報を口外せず

深入りせず、裏切らず


与えられた任務をこなす

国の影に生きる人間たち


そんなモノを頼る奴は

決まって素性を隠す


道理だ


だがしかし

なればこそ


「依頼主は、かなりの地位を

持っている者なんだろうね」


「オレらに貸し与えられた

この鎧や、壊れちまった剣


あれは最新鋭の

対吸血種用の装備だという


そんなものを一介の人間が

用意してこられるハズはねぇ


と、オレらは踏んでいた」


そう


ガルフィナと名乗った

かすれた声の女が言う通り


彼らに与えられた装備は

あまりにも整い過ぎている。


血の力に耐性を付けられる鎧など

そう簡単に用意出来る訳が無い


となればその正体は

かなり絞り込めてくるが


まずは外堀からゆっくり

情報を埋めていくとしよう


「依頼があったのはいつだ」


「三週間ほど前の話だ」


それは

ボクが雪山に訪れた頃だ


すなわち人間たちによる

吸血種の討伐作戦があった時


ということはつまり

彼らを送り込んだ奴は


その作戦を立てた者とは

別の者、ということであり


事前に吸血狩りの事を

知っていたという事になる


その情報を知る事が出来るのは

ごく一部に限られてくるだろう。


非常に秘匿性が高い


それ故に

ひとたび露系してしまえば

その事が逆に己の首を締める


「あと何日で国へ戻れる」


「五日と言うところですね


森を抜けるのに二日と

街道を行くのに三日です」


行き帰りで約、四週間か


なるほどな


やはりボクはあの時

多少強引にでも霧の国に

して良かったのだ。


あのまま馬鹿正直に

船が動くのを待っていたなら

彼らには会うことが出来ずに


そのままボクの存在を

依頼主とやらに知られる所だった。


それでなくても

機械仕掛けの街での一件もある

迅速な行動が実を結んだと言える。


まだ、あと五日

猶予は残っているね


ボクは順番に仮説を組み立てつつ

彼らに対する質問を続けていった


「雪山でキミたちが得た情報を

余すこと無く、ボクに話すんだ


ゆっくりと、少しづつね」


考えが纏まるにつれて


話は少しづつ

核心へと迫っていく


「生存者は居ない事

そして当の吸血種は

封印ではなく殺害されていた事


それで私たちは

第二の吸血種の関与を知ったわ

同族を殺した奴が居る、ってね 」


ボクの問いかけに答えたのは

この現状を引き起こした原因


ボクの出した

選ぶ余地のない選択肢を選んだ

ミィアという名の哀れな女だった。


そして


彼女らの推理は正しい

概ねその通りだと言える


ただ、だとするならば

やはり気になる点がひとつある


「なぜ、キミたちは


封印されたのではなくて

殺害されたと断定出来たのかな」


そうだ

そこが変なのだ


人間が吸血種を封印すると

地面に特徴的な印が浮かぶが


それが無かったとするなら

吸血種は逃げたのだと


考えてもおかしくは無い

だと言うのに彼女らは

殺害されたと断定している


だとすれば


「血が残されていたの

ほんの僅かにだけどね


殆どは、誰か他の吸血種が

吸って行ってしまったようだけど


雨の日の地面に出来る

小さな水溜り程の痕がね」


「……やはりそうなるか」


そうだ


吸血種が死んだことを示す証拠は

心臓を砕かれたことで力を失い

流れ落ちる血を置いて他にない。


だが、


その知識は本来

人間が知りうる事では無いのだ

もし、それを知る者が居るとすれば。


それは


自らの手で

同族を殺した事がある

吸血種だけなのだ。


どうやら

話が見えてきたようだ


ボクはなんて運が良いのだろう


己の行動が

こんな幸運を呼び込むとは

あの時の強行策は無駄じゃなかった。


「キミたちは、今の血の話を

初めから知っていたのかな?」


ボクは

最後のピースを埋めるべく

答えが分かりきった質問をした。


ガルフィナは

このように答えた


「いや、依頼主が言ったんだ


オレらとしちゃあ

初めて聞く話だったぜ


吸血種が血を流す

なんて話はな」


その瞬間

全ての答えが出た


点と点が線を繋ぎ

空白の部分が埋まっていく


つまり


その男の正体とは


現状、ボクが知る限り

最も厄介な場所に潜伏し


今に至るまで

そのしっぽを決して

掴ませる事がなかった者


はるか昔


まだ人類が、吸血種に対して

なんの対抗策も持たなかった頃


単身にて、同族の一人を殺し

その死体を持って人間と接触


そして


この世界の人間たちに

吸血種を封印する術をもたらした


始まりの吸血狩り

その人ということだ。



奴は現在に至るまで


人間の社会に深く入り込み

吸血種を狩る為の技術の研究

という重要な役職を与えられ


人類の味方をするという方法で

実質的にその存在を容認されてきた。


また


それが公にならない為の

長年に渡る国の情報統制のおかげで


そこに居ると分かっていながら

実像を掴むことが出来なかった。


だが


ついに捉えたぞ

てっきりお前を相手にするのは

ずっと後の事だと思っていたが


よもや

こんな幸運が訪れようとは。



柄にもなく

心臓の鼓動が早鐘を打っている

興奮状態だ、滅多にないことだ


戦いの最中であっても

比較的冷静なはずのボクが

今までになく興奮している


ボクは


その気持ちを抑えるように

彼女らに最終確認を取った。


「……じゃあ、最後に


依頼の内容を全て

洗いざらい話してくれ


そのアルファドーラが言ったことを

一言一句違わず、まるっきりそのままに」


「分かりました」


アリシアが応じた

そして彼はゆっくりと

依頼主の口調を真似るように


話し始めた


「私の名はアルファドーラ

君たちに極秘の依頼がある


これより数週間後

死の山と悪名高い地で

大規模な吸血狩りが起こる


君たちにはその戦いの

結果を調べて欲しいのだ


死体の数、戦いの結末

そして封印の成功あるいは


……念を押すが


ここから先の話は、例え

仲間うちの会話だろうとも

決して口にすることは許さん


良いか諸君

吸血種は本来傷つかん

死ぬ事もなければ血も流さん


だが


何事も例外は存在する

吸血種は吸血種によってのみ

殺すことが出来るのだよ


そしてその時に限り

吸血種は痕跡を残す


血だ


血が残るのだ

その有無を確認して欲しい


君たちには吸血狩りの

特殊装備を貸し出そう


吸血種と戦うことが

もしかしたらあるかも知れん


部隊の作戦が失敗していたなら

現地で鉢合わせる羽目になる


情報を持ち帰るのだ

吸血狩りの総本山である、我が国にな



——と、このように言って


アルファドーラは僕たちに

今回の依頼を出してきました」


「……よく分かったとも」


彼の優秀な記憶力のおかげで

ボクは、とてもよく分かった


アルファドーラ

いや、始まりの吸血狩り


お前はまだ

ボクの存在を


完璧に掴んでは居ないのだな

そして、情報を探るにしても

やり方が甘すぎる


人間の社会の中で

安全に身を置いて


何百年間も

狩る側に回っていたお前は

すっかり外敵を忘れたんだ


自分が狙われる立場に回るなど

まるで想像出来ていないのだ


だからこその

この迂闊な真似だ


油断したな?


今にお前の寝首を掻きに行くぞ

待っていろ、その時は遠くない


その為の足掛かりは

手元にあるのだから——。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


それは

ありふれた建物だった


別段、目を引く訳でもなく

よく風景に溶け込んでいて


たとえ誰かの目に止まっても

数秒もすれば、その外観すら

思い返せないような特徴の無い建物



陽の光が届かぬ夜の時間ともなれば

なおさら人目に付きはしないだろう。


故に


秘密のやり取りをするには

実にうってつけの場所だった。


「——以上が報告です」


「……ご苦労だったな」


暗い暗い夜の闇に紛れて

その建物の一室から声がする


ヒソヒソと

表沙汰には出来ない

黒い陰謀が渦巻く夜だ


「お前達三人は優秀だ

良くぞこの短期間で

それだかの成果を挙げた


私の知りたいことを

全て調査してくれた


とても感謝している

今すぐ報酬を渡そう


——ところで諸君

休暇は必要かね?」


風が吹き


黒く塗り潰された夜に

血の花が三輪、咲き誇った。


空飛ぶ首

呆気なく失われる命

成功報酬という名の死


今宵の出来事が

外部に漏れないように


誰に?


そんなのは決まっている

たった今、報告を受けた


`同族殺しの吸血種`

そいつに対する防衛策だった。


吸血種の爪は鋭く、早い

人が避けられるものでは無い

また、防げる様な代物でも無い


未だ人類が到達しえない

強烈な切れ味を誇っている


故に


死は必然であった。


「ふむ、どうやら私のように

同族を殺している者が居るらしいが


情報戦に負けているぞ

私はキサマを捕捉した


遠くないうちに

討伐部隊を編成させよう

我が命を脅かすなど愚か者め


……ああ、そうだった」


私は


自らの研究室から持ち出した

対吸血種用の最新装備を回収すべく

床に転がる三つの死体の元に歩み寄り


しゃがみ込んで

装備を剥ごうと手を伸ばし


そして


…………自分の、左胸から

腕が突き出しているのを見た


「——なんだ、これは?」



どうなっている?


立ち上がろうとして

膝に力が入らなかった


振り返ることも出来ない

というか、力が入らない


意味が分からない

なにか起きたんだ


どういうことだ

どういう意味なのだ


不明


不明


理解不能


分からない


分からない


分からない、分からない、分からない、分からない、分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない、分からない分からない分からない分からない分からない


零れていく


大切なモノが

どんどん欠けていく


暗い


寒い


いや、それも当たり前か

だって今は夜じゃないか


暗くて当たり前

寒くて当たり前


ああそうだ

そうだとも


暗いから、寒くて

寒いから、暗くて


だから、だからそうだ

体を温めるものが欲しい


「——ァ」


声を出そうとしたけれど


喉が鳴っただけで終わって


しようとしたことができなくて


わたしはこころのそこからぜつぼうしたが


なんとかたすけがほしくてもがいたけれど

なにもみえないしなにもきこえなかったから


なんとかしようとなんとかなにかなにかをしないとこのままだとなんかなんかなにかをしないとだめなのになにもかんがえられなくてそれでもわたしはなんとかしようとかんがえ




「——狩られる側になった気分はどうだい?」


なにかがきこえたけれど

そのいみをりかいするまえに


わたしはほんとうに

なにもわからなくなった——

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