煌々と輝く吸血殺しの光


視線が向けられている

3方向からの凄まじい敵意


ボクの出現によって

彼らの間に走った動揺は

ほんの一瞬だけだった。


すぐに建て直したな

イレギュラー慣れしている


精神力が強い

目も死んでない


歴戦の戦士と言ったところか

かなりの場数を踏んでいるな


だが、それであれば

交渉が通じる余地がある。


「君たちの会話は聞いていた


さて、あの雪山で集めた情報

それは誰が求めたものかな?」


「……おい、こいつ」


「まさか」



ボクの正体について

察しが着いたのだろう

警戒の度合いが跳ね上がった


だが、そのおかげで

突然飛び掛ってこられる心配は

する必要が無さそうだ。


適度な恐怖心は

交渉に優位性を持たせる

主導権はこちらが握った。


「あなたは、吸血種ですか?」


若い男が

ボクの目を見て尋ねた

肝が据わっているな


だが


「そうだとも」


「……!」


分かりきった事実の確認

余程認めたくなかったのだろう

彼は、どうやらボクを恐れているな


己を鼓舞するために

わざと口を開いたのだ


沈黙に飲み込まれるのを

嫌ったのだ、だからこその

当たり障りのない質問なのだろう。


「俺たちを殺すのか」


そんな彼を庇うように

かすれた声の女が発言した


「状況次第だ、とりあえずは

ボクの質問に答えて欲しいね」


「……言えねえな」


女は


口元に笑みを浮かべて

額に流れる汗を誤魔化すように

そう言った


あれは覚悟をしている目だ

このあと自分の身に起きる事を


それは彼女だけでは無い

周りの2人も同様だった


「なるほどねぇ」


自分の命可愛さに

情報を売らないとなると

彼らにはやはり雇い主が居るな


個人的な理由で

調べたものじゃない


それに

あの死の山に赴くにあたって

三人という人数は


全滅した部隊の状況を

調べるにしたって

あまりにも少ない


それも

あれ程に奥深くまで行くとなると

これ以上無いくらいの自殺行為だ


にも関わらず

彼らは無傷で生還しているし

仲間を失ったようにも見えない


となれば

3人は相当な実力者だ

この手の仕事のプロと見ていい


つまりこれは組織の中で

ある程度の地位に居る者


大体的に部隊を動かせない

個人の依頼であると推測出来る


そこまで分かれば

彼らが何処に情報を

届けようとしているのかは


自ずと導き出せる


ボクはあの時、あの雪山で

殺された人間達を見ている


生存者は居ないものかと

見て回ったのが幸を成した


兵士たちの装備から

どこの国の人間か

ボクは分かるのだ


知りたいことは9割知れた

あとは、その個人とやらを

特定するだけだ。


「——嫌な目をするわね」


ずっと喋らずにいた若い女が

短剣をボクに向けながらそう言った。


「`まるで見透かされているよう`かな?」


「……」


図星って顔だ

どれだけ実力者でも

場数を踏んでいたとしても


咄嗟の表情の変化を

完全に隠すことは出来ない


ボクの

吸血種の目は

それを逃さない


先程立てた仮説は

これにより確定した


彼らはボクと

口を聞いた時点で

情報戦に敗北しているのだ。


「やるつもりですか」


「そうしてほしいかい?」


「御免こうむりたいですね」


まてよ


おかしいぞ

なぜ彼はボクとの会話を

積極的にこなしてくるんだ?


先程までの彼ら三人は

それぞれボクに怯えていた


下手な動きは出来ないと

平静を保とうとしていた


それが今はどうだ

緊張感が薄れている


思えば


あの若い女が口を開いた瞬間から

場の空気が変わったように感じる


それは同時に

自分たちが見透かされていると

分かった途端、という事でもある


ボクが姿を現した瞬間から

既に陣形は整えられている


情報は渡せない

死を覚悟している


であれば


ボクとの対話を

試みている裏の意図は


「——そうか、時間稼ぎか」


その、ボクの呟きが

全てのトリガーになった


「——フッ!」


重装備の女が

一呼吸の間に詰めてきた


背中に背負っていた

大きな剣を構えながら


纏っている装備の重みなど

まるで感じていないかのように


その後ろで

若い女が


仲間の突撃と同時に

短剣を2本投げ放ったのが見えた


あの武装

嫌な感じがするな

恐らく対吸血種用のモノか


あれは受けられないな


そして


あと1人

ボクの見立てでは


この中でいちばん強いだろう

若い男の姿が、どこにも無かった


吸血種の視力を持ってしても

捉えきれなかったのだろうか?


いや、それは無い


コレはただ単に

姿が見えないだけのことだ


そして吸血種相手に

それを決行するとなると

考えられる可能性はひとつ


——封印


先程の会話は

その準備の為の時間稼ぎだった

という訳だ


圧倒的な戦力差も

ただの一撃入れられれば

全てを覆せる人類の反撃の牙


突撃と、投げ物で気を引き

ひとりが姿を消して隙を伺う


奇襲としては

素晴らしい完成度

完璧とはまさにこの事だ


まあ


もっとも



`そうか、時間稼ぎか`


ボクの、あの言葉によって

奇襲を仕掛けるタイミングが

`ズラされて`さえいなければの話だが——!


瞬間


森の木々の合間合間から

極小の赤い針状のモノが

無数に飛来した


「なに!?」


今更気がついても、もう遅い


彼女たちは何も出来ない

事前に予知していたのでも無ければ


あの速度で襲来する攻撃を

回避できる道理は、ない。


辛うじて

目に見えるかといった

極小の赤い線のようなソレは


「ぐああああーー!!」


瞬く間に

彼女らの体の関節全てを貫き


苦悶の悲鳴を養分にして

赤い血の花を咲かせていった。


その針は

ついでに


飛んでくる短剣と

突撃してくる彼女の武器も

同時に、粉々に破壊していく


攻撃を受けて


短剣を投げた女は

そのまま力なく

地面に倒れ込む


あの傷ではもう戦えない

彼女達が戦線に復帰する事は


もう無い


元より殺す気は無い

しばらくの間そこに倒れていろ

ボクが最後の一人を相手するまでね


そう思い


姿の見えない敵に

集中しようとした


——その時


「なに?」


目の前の女が


力が入らないはずの四肢で

それでも彼女は踏ん張って


なおも突貫を続けようと

していることに気が付いた


有り得ない!


あの攻撃をまともに受けて

それでもまだ体が動くなど


決して!


しかし

現にそれが起きている

だとすれば考えられる可能性は——!


「血の力に対する耐性か!」


「ぐっ……あああああ!」


彼女の


折れそうになった膝は

直前で息を吹き返した


そのまま


機能停止寸前の四肢に鞭打ち

気力だけの、死に物狂いの大突撃


悟った


初めから彼女の目的は

捨て身の特攻だったワケだ


投げ打った短剣も

振りかぶった剣も


全ては

対吸血種用の装備である事を

逆手にとったブラフ、目眩し


わざとボクに警戒させて

そして血の力を使わせた


何としても一撃を耐える

という強い意志の元に


「抑えろォーーーーッッ!!」


背後で叫び声がした


そして

振り返らずとも分かった


煌々と輝く

忌々しい封印の煌めき

死神の冷たい指先が


今まさに、ボクの肩に

掛かろうとしていることを!


決死の覚悟


死を厭わない

真の戦士の心構え


勝てない相手だと知っていて

それでも諦めない不屈の魂


いくら耐性があるからって

直撃を喰らって無事な訳がない

今すぐにでも力尽きそうなハズだ


耐性とは言うが

それはすなわち


ほんの、ひと時

戦えなくなる時間を

伸ばしただけにすぎない


しかしそれでも

そのひと時があれば


それさえあれば

仲間が勝負を決めてくれるだろうと

そう信頼しての、捨て身の突撃なのだ


なるほどね。


血を流しながら

大地を踏みしめる

目の前の勇敢な戦士


ボクの背後で

必殺の一撃を叩き込まんとする

仲間の期待を一身に背負う勇者


枕元で語られる物語ならば

それは華々しい勝利に彩られ

めでたしめでたしと終わるのだろう


でもね



「——狙いは良い」



現実は



「——でもダメだ」


非情だ


「……なっ!?」


その時!


捨て身の突撃を計った彼女の


……先程


彼女の体を貫いた

無数の針状の血液は


かつて雪山でボクが戦った

あの吸血種の技から着想を得て


独自の改良を加えて

使用したものだった


加えた改良とは

あの攻撃の真の意味とは!


四肢を破壊する槍ではなく

肉体を物理的に拘束する為の


糸の役割!


つまり


ボクの血が、彼女の手足に巻き付き

そして締め上げ、拘束しているのだ!



言わば糸に繋がれたマリオネット


いくら耐性があったとはいえ

決して無傷ではない身体では


何重にも折り重なっての

拘束に、成す術がない!


「ク……クソッ!!」


抵抗虚しく


彼女はそのまま

後方へと吹き飛ばされ


木々を薙ぎ倒しながら

遥か彼方へ消えていった



その結末を見届けることなく

ボクは振り返った。


そして、迫って来ている

死神の姿を両目で捉える


目が合う


彼の、その手には

吸血種を終わらせる輝きを放つ

一対の剣が握られていたが


あと一歩


間合いが足りていなかった。


「——っ!」


彼はそれでも

決して諦めなかった


両手の剣よりも遥かに

煌々と輝く命の光が

この人間の目に宿っている


夜闇を切り裂き

明日を手に入れる


仲間の想いを背負って

このどうしようもない死地を

なんとしてでも踏破する為に!


「滅びろ——!」


足りない一歩を埋めるべく

肉体の限界を超えて踏み込み


そして


あの白鞘の吸血種よりも遅い斬撃が

ボクにとって驚異になるはずもなく


彼は


剣を振るう暇もなく

両腕を根元から失い


続いて目と喉を潰されて

彼は泥のように崩れ落ちた。



「あ、アリシア——?」


いちばん最初に戦闘不能にした

短剣を投げてきた若い女が


ボクの目の前で倒れている

男の名前を呼び、絶望の表情を浮かべた。


「アリシア!アリシア……!」


アリシアと呼ばれた男は

見る見る間に命を零していく

呼吸も出来ず、血も止まらない


傷は直せて命が助かっても

目は二度と見えるようにならない

失った腕は、もう何も触れることは無い


絶望


後悔


僅かな闘志


女の中でぐるぐると

その3つが代わる代わる

表出しては、移り変わる


ボクはそんな彼女に向けて


「キミに選択肢を与えよう


仲間をこのまま死なせるか


ボクの眷属となり

その治癒力をもって救うか


——さあ、選ぶといい」


倒れ伏す彼の頭を

踏み付けながら、そう告げた



「……なにが、選択肢、なのよ

アリシア……アリシア……ッ!」


彼女が下した決断は

言うまでもないだろう——。

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