大森林にて


霧の国


ここで果たすべき目的は

もう何も無い。


目標の吸血種は滅ぼした

長居する理由は存在しない。


そうでなくてもボクは

この国で少々暴れすぎた


大勢を殺し、多大な被害を出した

あまりのんびりしていれば

直ぐに吸血殺し共がやってくる。


そうなれば

逃げるのは困難だ

早いところ国を出なくては。


ボクはひとまず

ここに居るのはマズいと判断し

なるべく人目につかないように


迅速に移動を開始する。


「とは言え」


ここは周囲を海に囲まれた国だ

国を出る手段は船しかない、が


ここまで派手に暴れた以上

素直に乗船出来るとは思えない

何らかの措置が取られていると見るべきだ。


そうでなくても、前の街で

海が荒れているという話もあった

海路は無いものと考えた方がいい


「となると、やはり

来た時と同じ手段か」


選択肢は他にあるまい

陸続きならまだしも


海なのだから

泳ぐ訳にもいかない

さっさと距離を離したい


問題は


助走をつけるポイントと

飛ぶ方向だが……


「このまま次の目的地に

直行するという手もあるが


ここは一旦

間を置くべきだろう」


機械仕掛けの街以来

ボクはかなり派手に動いてる

そろそろ、各所で対策が取られる頃だ


そうなれば

吸血種に対する警戒は

より一層高まる事になる


なにより


流石にいい加減

吸血種の連中も気付くだろう


仲間を狩っている奴が居ると


今日までボクはなるべく

スピード重視で事を運んだが

そろそろ情報の拡散に追い付かれる頃だ。


吸血種は耳がいい

必ず、何処からか

その情報を仕入れるだろう


ならばこの後の行動は

速度よりも慎重さが求められる


下手に動けば

狩られるのはこちらだ

一度身を落ち着けるべきだ。


焦らなくても吸血種は

今の居場所から移動しない。


例えボクの存在を知ったとしても

いや、だからこそ彼らは動けない


何せ


死ぬのが怖くて

隠れ潜んでる連中だ


保身が大切だからこそ

根城からは動けないのだ


力を持った臆病者

それが我ら吸血種なのだから。


そうでもなければ

人間がここまで地上に

繁栄したはずが無いのだ


強い意志や目的があるならば

人間など、とっくに淘汰されている。



「……よし、この辺かな」


ボクは


人目につかなくて

長い距離のある通路を見つけ


そして


あの時と同じように

海を超える大跳躍を


行うのだった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


空を飛ぶのは

コレで2度目だ


目がくらむほどに青い空

果てを知らぬ広大な海


ボクはぼんやりと

それを眺めている


此度の跳躍では

その威力をかなり抑えてある

前回の経験を活かしたと言っていい。


そのおかげで

飛び立つ際に視覚と聴覚が

ダメになるということも無く


快適な空の旅だ。


と、


「陸地だ」


そこそこ長い旅路であったが

無事、目的地にたどり着いた


ボクの体は少しづつ

高度を落としていく


目の前に広がるのは森

人里離れた大森林だった。


ここならば

前回のように


人間に被害が出る事もなく

大事に発展する心配もない


後は、着地をどうするかだが

それも問題ない


なぜなら今回は

血の力が使えるからだ。


霧の国の時と違って

血の力を感知出来る範囲内に

吸血種は存在しない


仮にここで力を使ったとしても

敵に存在を悟られる心配は

しなくてもいいのだ。


地面が近付いてくる

いくら抑えたとはいえ

このまま着地してしまえば


少なからず周囲に影響がある

痕跡はなるべく少なくしたい


だからボクは

空中で力を発動した


途端



形を失い、文字通り霧となって

一直線に地面に墜落していくが


着地点には何の影響も

及ぼす事は無かった。


なぜか、それは


何億粒にも分散したボクの体には

破壊を起こすに足る質量が無いからだ。


せいぜいが

土の表面が削れる程度


周囲一帯が消し飛ぶことも

森が蒸発して消滅することも無く


ボクは無事に

着地に成功した。


「——今度は埋まらずに済んだね」


自身の肉体を取り戻しつつ

ボクは作戦の成功を祝う


あの時もこうすれば

あそこまで甚大な被害を

与える事は無かったのだが


なにぶん初めてだったので

加減も出来ていなかったし

起こりうる結果の見通しも甘かった。


「着地できるつもりで

ボクはいたんだけどねぇ」


正体を悟られるのを嫌がった結果

余計に面倒な事になってしまった。


「次は血の力を使わずとも

穏やかに着地できるように

工夫するとして……」


辺りを見回す

上から眺めた通り森の中だ

あちこちから生き物の気配がする


この大森林は

普通人が入り込む場所では無い

魔獣は既に絶滅して久しいが


それでも

危険な生き物が沢山いるので

まともな人間なら寄り付かない


つまり


ボクのような者には

絶好の隠れ蓑という訳だが


しかし


往々にしてそういう

人目を避けられる場所というのは


誰かが利用しているものなのだ

だから、気配は探っておくべきだ。


「——」


集中する。


意識を耳のみに集め

精度と範囲を広げていく。


吸血種の聴覚は

探知範囲が広い


その気になればこの森全てを

範囲に入れることが可能だが

それをやるには工夫が必要になる。


一気に全てを、となれば

流石に処理が追い付かないが


少しづつ探知範囲を

広げていけば


なおかつ

探り終えた地点を排除して

探知する場所を限定すれば


それも可能となる。


もっとも

人の多い街などでは


得られる情報が多すぎて

使えない方法ではあるが


今回の場合のように

大雑把に人の気配が無いかを

調べるのなら、これが最も効率的だ。


十秒ほどかけて

森全域を聞き分けていく


その過程で


パチパチという

焚き火の音が聞こえた

話し声のようなモノもしていた。


ボクはその地点の事を覚えておいて

先に、その他の場所を優先して探る


やがて

森全体の探知が終了した。


結果、`そこ`以外には

目立った変化は見られなかった。


ボクは先程の地点に

今度はピンポイントで

探りを入れてみる事にした。


より詳しく、正確に

事を把握する必要がある。


すると

こんな会話が聞こえてきた


『——この森を抜けるのに

あと大体2日って所かなぁ』


女の声だ、若い

身長は低め、落ち着いている


身動きをした際に

カチャカチャと金属音がした

鎧……ではない、もっと軽装だ


武装をしているらしい

恐らく、短剣あたりか


やや疲れているらしい

息切れの音が聞こえる


『見渡す限り草ばっかりで

いい加減、嫌になってきたぜ』


掠れた声、女のものだ


身長は高め

さっきの奴よりは年上だな


こちらの女もやはり

武装しているようだが

やや重装備であるらしい


重めの剣を背負っている


それでもやはり

鎧甲冑とまでは行かない


こいつは多分、軍人だ

呼吸音が非常に整っている

声から緊張の欠片も感じない


これは訓練を受けた人間だ


『面倒だ!焼き払っちまおう!

なんて、言い出さないで下さいね』


今度は男の声だった

軽装備、低身長、筋肉質

先程の2人よりも恐らく強い


剣を2本、帯剣している。


歳は若い

最初の女と同じくらいか

彼もまた呼吸が整っている


が、これは軍人というより

独学で鍛えた結果に思える。


その他に気配は無い

彼らはどうやら3人らしい。


会話はまだ続いていた


『言わねえよ!そこまで馬鹿じゃねえ』


『でもあなた、雪山行った時に


雪ばっかで嫌になってきたから

全部溶かしちまおうぜ!


とか言ってたじゃないですか

止めるのに苦労したんですからね』


雪山という単語に

ボクの頭に可能性が浮かぶ


もしや、と


『しょうがねえだろ

うんざりしてたんだから』


『あれほんと寒かったよねぇ

私、凍るかとおもったもの』


『あれはハードでしたね

寒い思いして死体の山を

見に行っただけですし』


死体の山


やはり、彼らが言う雪山とは

吸血種と戦ったあの場所の事か


『誰かが確認しなきゃねえからな』


『依頼ですからね、仕方ない』


『それにしても、あんな数を

相手にして皆殺しだなんてねえ


吸血種っていうのは

本当に恐ろしいわね』


吸血種、依頼、確認

なるほど、見えてきたぞ


ボクはそれだけ聞くと

その場から移動を開始した


『ほとんど埋もれてたがな

まあ、しかし、あれじゃあ


生存者は1人も居ないだろうな

そう報告して問題は無いだろう


ただ、それよりもだ』


『封印された形跡が無かった

ってことよね?問題なのは』


『そうですね、封印どころか

殺されていました、吸血種がです』


『……確かなの?それって本当に』


『ああ、間違いねえよ』


『となると、やはり』


『吸血種の仕業……ってことだな

吸血種を殺せるのは吸血種だけだ


人間じゃあ

せいぜい封印止まりだ』


「それ、仲間割れ……じゃないよね

吸血種って仲間意識無いんでしょ?」


「人間の他に吸血種を

狩ってる吸血種が居る


そういうことだな

ややこしくて頭が痛えよ」




「——全くその通りだね」


彼らの背後から

ボクは声をかけた


「ッ!?」


反応は著しいものだ

それまで談笑していた彼らは

皆、一瞬にして戦闘態勢に移った


陣形を整えて

武器を構えて


こちらを見据える


「……何者だ」


「`狩る者`さ」


彼らの間に戦慄が走った——。

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