白光


さすがのボクでも

着地の衝撃を殺し切る事は

とてもじゃないが出来なかった。


まず土台からして

あの規模の衝突に

耐えることができない


それ故にボクの体は

着地地点、周辺の全てを

灰燼に化しただけでは飽き足らず


硬い地表を貫き

遥か地の底に至ってもなお

留まることを知らなかった


地上の光が届かない

暗い地の底を砕いて

切り開いて落ちていく


何とか爪を突き立てて

勢いを殺そうと踏ん張る


ガリガリと

岩盤を削る音がこの

に響く


やがて


「……ようやく、止まった」


安堵の溜め息が漏れた

ひょっとしたらこのまま

二度と這い出でること叶わない


地の底の底まで

潜り砕いてしまうかと思った


「さすがに無茶をしすぎた」


かつてこれほどまでの

速度を出したことはない


だいぶ加減を間違えたようだ

なにせ、海を飛び越えるなど

初めてだったんだから


あと3割ほど

少なくて良かった。


果たして今後に活かされるのか

皆目見当もつかない学びを得た。


もっとも


ここは、もう既に敵地ど真ん中

加減なんて微塵もしないのだが


あまりにも

派手な登場を果たしたので

恐らく、敵に存在を悟られただろう


こんな


密所に詰め込まれた

ネコみたいな有様は

さっさと脱さなくては


……仕方ない

血の力を使うか


身体能力だけでの打開は

おおよそ不可能だと判断した


詳細な位置を知られる上

こちらの正体が確定するので


近くに吸血種が居る状態で

力を使うのは愚行なのだが


この場合は仕方ない

他に手がないからね



ボクは


真上の天井に向けて

拳を、深く突き刺した


そして手のひらから

血を滲み出させて

壁の中を侵食させる


少しづつ、少しづつ


なるべく

存在を悟られないように

ほんの少しづつ力を使う


意味があるかは分からないが

やらないよりは、きっとマシだ


血はとてつもない勢いで

当たりに浸透、侵食していき


やがて

ボクの頭上全てが

血の支配下に置かれた


ここまで来れば

もう隠蔽工作など無意味


力を抑えて

使う必要も無い!


ボクはただ

意志を込めた。


頭の中で像をイメージし

血の浸透したこの地下空間

全てを、自分の肉体と定める


——ヒビ割れ


初めのうちは

ほんの僅かな亀裂だった

それが徐々に広がっていく


地下、あるいは地面、岩盤

地底、人々がそう呼ぶもの


それは単一の物体ではなく

この世界全てを覆う殻のようなもの


すなわち

大地そのもの


ボクはそこに力を行使し

とあるひとつの念を込めた


その結果が、この亀裂だ。


ヒビは広がっていく

決して留まることを知らず

彼方まで、無限に広がっていく


大地という、膨大な「1」を

細かく切り分けていくように


亀裂が無数に広がり、やがて

ボクの埋まっている地下から


陽光照りつける地上まで

ついに到達した、その時——!


「散れ」


その言葉を合図とするように


ボクの

目の前に広がっていた

分厚い大地の壁、全てが


文字通り


——


まるで引き潮のように

急激に、目の前の巨大質量が

根こそぎ全て、消し飛んだ!!


そう


無数に広がった亀裂の通り

鋭く、小さく、細かく、大量に


無数に分離した

´大地の欠片´が


剣となって

地上世界を襲ったのだ



はるか上空から

人間たちの悲鳴が聞こえてくる

その被害は想像を絶するだろうが


吸血種を殺せれば、それでいい


たとえ何十万と

被害が出ようとも

ボクには関係のない事だ


「……さて」


地中と呼べるモノは全て

表の世界に向けて放たれ、消えた。


ボクはそれを見て

1秒のタイムラグもなく

すぐさま、地上に向けて


跳躍を開始した


ただし、真上にではなく

斜めに、壁に向かってだ


ボクはそこから

壁を踏み台にして

方向転換、再び飛んだ


吸血種の待つ

地上に向けて——。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「——誰か……!誰か、助けて……!


子供が……子供が……

私の子供が……あああ……」


人間の、叫び声が聞こえる

ボクの所業で傷ついた人達

目の前で愛する者が死んだ者


地上に飛び出したボクは

その全てをこの目に焼き付けて


大穴を遠く離れ

この地獄を後にした


先へ、先へ向けて

グングンと加速する


その目的は——


「逃げているな」


物凄い速さで遠ざかっていく

吸血種の気配を追うことだった


そして


気配が分かるという事は

血の力を行使しているという事


これでお互いに

互いの位置が分かったが


奴は全力で逃げている

恐らく、先程のボクの攻撃が

相当な痛手になったのだろう


本来


吸血種相手に

血の力を用いた攻撃は

ダメージとならないが


さっきの攻撃は

あくまで物理的なもの


言わば石ころで

殴り付けたようなもの


その石ころ内部に血を浸透させ

体の一部のように操り、そして

敵に叩き付けただけの事だ。


物質そのものは

吸血種の血の力によって

造られた物ではないが故に


効く


この一撃で、あわよくば

倒してしまおうと考えたのだが

やはり、そう甘くはなかったか。


しかし

それにしても


「随分と逃げ腰じゃないか

どうした、何を考えている」


目標の吸血種は、なぜか

一向に戦おうとしないのだ

ずっと逃げ続けている。


真っ直ぐに


まるで目的地が

あるかのように


国外に逃げるつもりか?

ボクがやったのと同じように


あるいは

おびき寄せるつもりか


まあいい

もしそうだとしても

真正面から食い破ってやろう


もうすぐ追いつく

足はボクの方が早い


——居た!


逃げ回る奴の背中を

視界に捉えた瞬間


斜め上から

爆撃するように

そいつ目掛けて突っ込——


「っ!?」


もうとして


途中で無理やり軌道を曲げた


そして本来なら

ボクが通っていたであろう

軌道上に、白光が煌めいた!


それを尻目に

ボクは標的の男から

やや離れた場所に墜落した


「——ほう、勘づくか」


感心したような声が

耳に、よく届いた。


瓦礫の山から飛び出す

辺りは異様に開けている


そして


吸血種の男

老人の風貌をした

ボクの殺すべき相手が


広場のど真ん中に立っていた


「よもや、こんな馬鹿げた手段で

ワシを殺しにくるとはの、ふむ


呆れるほど分別がないのう」


「——」


ボクは


ひと言も、喋れなかった

一瞬たりとも油断出来ない


この老人は

それほどの相手だ


よく見ると、左手には

白鞘の刀が握られていた


なるほど、さっきの

白光の正体は´ソレ´か


本来、吸血種は武器を扱えない


武器が、その異様な身体能力によって

振るわれる事に耐えられないのだ。


だが


さっきのあの一撃は

間違いなく全力だった

そして壊れてる様子も無い


そもそも

食らっても問題ないなら

ボクが咄嗟に避けるはずがない


よって、あれは

ボクの命に届きうる

武装だと認識する必要がある。


「お前の、さっきの攻撃なあ

痛かったぞ、とてもとても……


——のう、小娘」


凶暴な眼光が

向けられていた。

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