たった五文字で足りるのだから


「……あなたって、その、えっと

ひょっとしたら、なんですけど



……吸血種さん、ですか?」


ボクを強引に部屋に連れ込んだ

リニャは、とんでもない事を聞いてきた


「——」


死ぬ寸前にありながらも

決して止まることが無かった

優秀な頭脳が煙を立てて停止する


導き出される結論が

いつまで経ってもない


存在しない

どう答えて良いやら

悩んでも悩んでも分からない


いや、正確には

あるにはあるのだが


それを選択した場合に

起こりうる先の展開が


少々面倒なので、なかなか

足を踏み入れる覚悟が付かないのだ


もし正体がバレたら

何より彼女に迷惑がかかる

この街に居られなくなるかもしれない


それは困る

そんなことになれば

ボクはもう船に乗れない


それでは


霧の国に入る方法が

愚行と言わざるを得ない

正面突破しか取れなくなる


せっかく苦労して

あんな敵を倒したんだ

出来ればそれは避けたい


……が


この風貌では

誤魔化しようもあるまい


どうしてボクは

宿にもどるまでの間に

無惨な事になった服を

整える頭が無かったのだろう


戦いの直後で気分が

ふわふわとしていたから


それか、人間社会から

長いこと離れすぎていて

常識感覚が失われていたか


とにかく

これはボクのミスだ


それに

リニャが突然ボクの

正体を言い当てたのだから


それだけの根拠が

あっての事なのだろう


下手に誤魔化しても

無駄なような気がする


……結局


「その通りだよ、リニャ」


素直に答えることにした


それと、あれこれと考え

頭をフル回転させたおかげで

止まっていたの思考も動き始めた


危なかった


あんな事になるのは

それこそ数百年ぶりだったから

つい、戸惑ってしまった


「やっぱり、そうなんですね」


彼女なりの確信があって

ボクを吸血種と断定した


というボクの見立ては

やはり正しかったようで


彼女はうんうんと

納得するように頷いている


そして、


「あの、答えてくれて

ありがとうございます


アナタは今、本来なら

私の問に答える必要は

何も無かったはずです


なのに、きちんと解をくれたのは

その、なんというか、嬉しかったです」


思い描いていた厄介な展開

そのどれとも違う反応が返ってきた


何故、お礼を言われるのだろう

ボクはただ効率を考えただけだ


意味の無い言い訳をする

無駄な時間を惜しんだだけだ

感謝されるいわれは無いハズ


けれど

彼女にとっては

その小さな体を折り曲げ


頭を下げるだけの

価値があったようだ


こういう時

たしか言う言葉があった


そう


「どういたしまして」


感謝には、こう返すのだと

かつて共に暮らしていた

人間の男が教えてくれた


「……あ、そっか、これもなんだ

そうだよね、そりゃあ違うよね」


何を納得しているのかは

推論を立てることは出来る


きっとリニャは今

ボクの行動を思い返しているのだ


それで、


`あれは吸血種だったからなんだ`


と考え


ボクのおかしな行動や

噛み合わない価値観について

納得しているに違いない。


「それで、キミは敵になるのかな

ボクのことを国に報告するかい?」


現在、吸血種というのは

見つけたら即刻殺害という

非常に肩身の狭い対応を取られている


故にこの状況は

ボクの立場的にも


彼女の立場的にも

すごくマズイ事になっている


だから彼女が

どうするつもりなのか

という探りを含めて


揺さぶりをかけたのだが


「へ?敵?……はっ!わ、わたし

密告する気なんて、ないです!」


反応は存外に

友好的なモノだった


「あれ、私ってもしかして

今、命の危機……ですか?」


「まあ、そこは警戒すべき

ポイントだろうね立場的に」


彼女から見れば

自分の立場はこうだ


`相手にとって不都合な情報を

唯一持っている無防備で丸腰な女`


危険でないはずがない

死に直面していると言ってもいい


「……でも、なんだかジェイミーさん

私のことを殺しそうに見えませんけど」


「どうしてそう思えるのかな」


何をどう見れば

その確証が得られるのか

ボクはとても気になった


すると彼女はこう言った


「今も、私はこうして生きていて

なおかつ、話が出来ているからです」


「……なるほど」


なるほど、とは

彼女の理屈に対して

言ったモノではない


それはつまり


「己の命を以て立証とする、か

随分と頑強な精神力をしているね」


そう


精神力に対して

心の強さに対しての

言葉だった


「伊達に呼び込みやってませんから!」


胸をドン!と叩いて

得意げにしてみせるリニャ


逞しい人間が居たものだ

そういえば、あの時も彼女は

明らかに怪しいボクに声を掛け


上着を貸し与えたばかりか

部屋まで提供してくれたのだから


それも今更という気がする


「そうだ、上着

本当にすまなかった


改めて謝罪させてくれ

せっかく貰った物なのに」


「はっ!そ、そうだった!

ジェイミーさん格好が……!」


ボクの謝罪なんてそっちのけで

彼女は途端にアワアワし始めた


「あの!待っててください!

今、変えの服を探しますから!」


ボクが何かを言う前に

彼女は部屋の片隅にある

衣装棚を勢いよく開け放ち


カチャカチャと

着るものを見繕い始めた


そんなに酷いことに

なっているのだろうか?


と気になり

近くにあった姿鏡に

自分の姿を映し出してみた


すると


「これは、なかなか過激だね」


きっと人がこの状態を見れば

生きたまま切り刻まれたのだと

この身に起きた事を想像するだろう


ボクはあの妖精混血の男の攻撃を

1発まともに身体に食らっている


その時のダメージが

衣服にとって致命傷だ


左胸から腰にかけて

まるごとくり抜かれた様な

有様になってしまっている


あとは


攻撃をいなした際の余波や

紙一重で躱した故の損傷


あとは単純に


吸血種の持つスペックに

人間用の服が耐えきれずに

破れてしまった箇所があったり


とにかく、見るも無惨な

状態になってしまっている


……ああ、そうか


それでボクはようやく

自分の正体がバレた原因の

ひとつに思い至った


「確かに、こんなにボロボロなのに

服だけで、身体のどこにも傷がない


なんて違和感だろうね」


心臓さえ無事なら

例えどんな傷を負っても

コンマ数秒あれば完治するので


負傷という物に対して

意識する機会が無いのだ

故に、服の状態にも気付かない


そういうことか

仕組みが理解出来た


とするとやはり


今後も戦うのなら

ボクの無茶に耐えられる用に

血でコーティングしておくのが

案としては1番良いだろう


「えっと、あの、ジェイミーさん

コレとコレ選んでみたんですけど


どちらが好みですか……?」


右手には

清潔感溢れる

女らしい装いの物


左手には

品位と品格そして

優雅さを感じさせる


動きやすそうな

男装の装い


どちらも一目見て

その出来栄えの良さから

中々の品であると推察できる


結論はもう出ている


「左の方かな」


「あ、ですよね!実は私も

こっちのがイメージと合うなーって

その、思っていたんですよ!えへへ」


人間と価値観が合うのは

なかなか珍しい経験だった

なんだか少し嬉しい気分だ


「いやーでもジェイミーさん

美しいからきっと何を着ても似合——


ってうわぁ!?な、な、な

なんで脱いでるんですかあ!?」


ポイポイと、身に付けている

ボロ切れを床の上に投げ捨てながら


ボクは淡々と答える


「着替えるためさ」


「で、でも、でもっ……その

だ、ダイタン過ぎるって言うか


う、うわー……ジェイミーさん

ものすごく身体、キレイ……!」


「そう?なら、もっと見るかな?」


褒められて気を良くした

我ながら単純な事だと思うが


キレイと言うのからには

存分に見せてあげたいと

思うのは当然のことだろう


ボクは腰に手を当てて

彼女の方へまっすぐ向き直る


「きゃっ!そ、そんな……!

い、いいです!あの、だいじょ……」


などと言いながら

リニャはしっかりボクの

身体を観察しているのだが


ボクとしても


こんなにまじまじと

カラダを見られたのは

初めての経験だったので


なんだか新鮮な気分だ


「……なんだか、その

普通の人間とはやっぱり

こう、全然違うんですね」


「そりゃ違う生き物だからね」


「いえ、その、そうではなくて

悪い意味とかじゃ、ないんです


ただ、凄いなって

美しいなって、私は

思っただけなんです」


それはきっと

身体に対して、だけではあるまい


もっと本質的な意味が

込められている様な気がしてならない


「ふ、服着てください!」


「おっと、そうだ」


つい気が逸れてしまう

自分の中の事にばかり

気を向けてしまって


周りのことが

疎かになっていた


ボクはその後から

一切何も考えず、喋らず

服を着終えるのだった。


「わあ……似合ってます……!」


「そうか、良かった」


見た目など

特に気にしないのだが

そう言われるのは悪い気がしない


「……ジェイミーさん」


雰囲気が変わった

恐らく真剣な話だろう


「聞こうとも」


彼女は少し驚いたような

意外そうな顔をして、すぐ


元のキッとした

真剣な表情に戻った。


「私はあなたへの対応を

変えるつもりは、ありません


なので、どうか安心して

好きなようにしてください


大丈夫です!

密告したりなんかしません!」


高らかに

リニャは宣言した

まっすぐボクの目を見て


人間が


ボクの正体を知ってなお

変わらぬ縁を結んでくれると

そう言ってくれたのだ。


こういう時に

なんと言うかは分かる


よく知っているとも


「ありがとう」


たった五文字だ

それだけで人間は

最大級の感謝を伝えられる


この気持ちを表すには

それだけで十分なのだと

そう教わった記憶が蘇る


「じゃあ部屋に戻るよ

本当に、色々ありがとう」


「はい!また、明日に!」


元気な挨拶を背中に聞かせて

ボクは部屋の外に出て行った


今までとは違う

重みを身に感じつつ


「……リニャは不思議な人間だね」


そんな独り言を零しつつ……。


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