死闘開幕、そしてあなたの正体は——


——吸血種同士の戦いは

正面切っての激突であれば


それは決して派手では無い

血の力をぶつけ合うモノでも


その規格外の身体性能を以て

大立ち回りを演じるモノでもない


我々吸血種は


強大な生命である、お互いを

一撃で滅ぼせるのだから


心臓を打ち砕く

ただ、それだけで


故に


小さく、速く、精密に

最短距離を最高効率で


無駄なものは要らない

そんな事をしている余裕は無い


攻撃は、光のように速い必要がある

回避は寸分違わず紙一重でなくては


防御はしてはならない

致命傷のみを避けて

傷を負うことを恐れてはならない


また、戦いに高揚してはいけない

無感情に、まるで機械のように


その戦いは、とても冷酷で

静かで無慈悲なものである——


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


先に動いたのは

ボクの方からであった


敵が如何なる策を弄しているか?

そんな事は考えても無駄だからだ


最短、最速を行く

馬鹿正直に真っ直ぐに


踏み込みの予兆は抑えた

事前の察知は不可能のはず

狙うは心臓、ただひとつだ



暗闇の向こう側で

赤い瞳が線を描く

それは軌跡となって

濃厚な死の気配を漂わせる


——閃光が交わる


そしてボクの腕は


抉るべき心臓ではなく

何も無い虚空を切り裂いた


遅れてやってくる

焼けるような痛み


片腕が切り飛ばされていた


速い!


力が削がれているという

アイツの発言は嘘か!


再生は即座に完了するが

我ら吸血種にとって`即座`とは


すなわち隙である


ヒュ


不自然な風切り音とともに


3発


ほとんど同時と言ってもいい

複雑な軌道を描いた攻撃が

この身に襲いかかる!


いずれも回避は不可能

身体で受け切るしかない


1発目は止めた

2発目は逸らした


だが


3発目だけは

どうにもならない


再生が終わったばかりの腕が

活躍の目もなく、千切れ飛んだ


とても良く洗練された

確実に戦力を削ぐ為の攻撃だ


……さすがに、何度も戦い方を

見られているだけの事は、ある


けれど

動揺はしない



例え、返す刀で左足も

奪われたのだとしても

ボクは一片たりとも動揺しない


なぜなら


まだボクは生きている

そして、たかが腕や足が

無くなったところで


支障はない!


そう


ボクが狙っている

モノに対しての支障は!


推進力は、未だ生きている

それ自体は決して攻撃ではない

ただの、鋭いだけの踏み込みだ


それ故に敵は

読み違いをした


爆発的な瞬発力で産んだ

強烈な前へ進む力を、ボクは


敵の目の前に来ても

決して緩めず、そのまま


目の前の男に向かって

その全てをぶつけた!


——体当たりだ。


必殺の一撃を囮に使い

傷を負うことを恐れず

隠し通された本命の攻撃


ドンッ!


とても重い衝撃が

全身を駆け巡った。


敵は、対応出来なかった

食らって始めて自分の

状況を理解したのだろう



彼はその衝撃に耐えきれず

両足が勢いよく地面から離れる


「——っ!」


隙が生まれた


敵の体が宙に投げ出されたことで

ほんの一瞬だけ、攻めの手が緩んだ


不意を打たれた事を理解し

瞬時に意識が防御へと移ったのだ


その判断は、正しい


致命的な傷を受けるのを

避けようとする、その動きは


だが


それは


`もし次にボクが本当に

攻撃をするのだとしたら`の話だが


ボクは


防御を固める敵に対して

攻撃をするのではなく


だんっ


地面を蹴った!


敵からは


ボクの姿がまるで煙のように

掻き消えたように見えた事だろう


それほどのスピードで

そのまま奴の背後にまわりこんだ


ボクの突撃はそもそも

ここまでセットのモノだった

初めの攻撃で仕留める気など


さらさらない

本命はこっちだ


この瞬間にこの速度を

生み出せるように準備し

そして実行したのだ。


ガラ空きの背中

今ならば、入る


この段階で

奴に防ぐ手立ては、ない!


体をひねる

足から腰へ腰から肩へ

肩から腕への連動を伝える


それは爆発的なエネルギーを産み

ボクの右腕は弾丸のように

真っ直ぐ突き出される


貫手はそのまま奴の

無防備な背中へと襲来し


まるで何も無いかのように

一切の抵抗を受けること無く


頑強な肉を裂き骨を断ち

血の防壁を打ち壊し


その先の

命の灯火へと届き

この戦いを終わらせ——


「——ッ!」


……思い出した


そうだ`この感覚`だ


間違いなく仕留めたはずの

終わりを告げるこの感覚


これまで

幾度となく味わった

同胞を滅ぼす罪の感触


だっていうのに


それだというのに


……軽かった


異様に、軽かった


彼を殺すのは

これで3度目になる



それでボクはようやく

`違い`が分かるようになった


これまで培ってきた経験

葬ってきた仲間達の感触


計3回にわたる

この男との戦闘


そして、能力!


そうだ、違うッ!


——


加速するボクの五感が

微かに、殺気を感知した!


攻撃を振り抜いた直後で

起こせる行動はもう何も無い

何処に敵がいるかも分からない


マズイ、マズイ!


永遠にも感じられる時の中で


不意に


視界が横にブレた

続いて左肩に強烈な痛み


肉が裂かれていく痛みだ!


目視すら、出来なかった

敵の攻撃に為す術がない


ボクの身体は背後から

袈裟に切り裂かれていく


そうか、こいつも

分身だったのか!


ここにボクを

招き入れたあの時から!


奴はこの奇襲を

仕掛けるつもりだったのか!


もう打つ手は無い

ボクは読み違えた

これで命運は尽きた


そう、全て終わったはずだった


本来ならば


だが、ボクは


己の手が、奴の急所を貫き

そして違いに気が付いた瞬間


咄嗟に


自分の左胸を自分で貫き

心臓を手で覆い、守っていた!


ともすれば、自ら心臓を

握り砕かんというほどの

万力を込めて、強固な城のように


結果として奴の爪は

ボクをズタズタに切り崩したが

あと一歩というところで


「——なに」


命には届かなかった。


届かせなかった。


悪あがきが幸をなした!


振り抜くこと叶わず

完璧に受け止められた彼の腕


それは、こちらが攻めに

転じる起点としては十分だ


これぞ好機


心臓を守り切ったその手で

奴の腕を掴み、引き寄せて


ぬいぐるみでも振り回すみたいに

グルッと、空中で弧を描くように


遠心力をたっぷりと付けてから……


ズドォン!


地面に叩き付けてやった


「グ——」


もの凄い風圧と轟音


あまりの衝撃に床が崩れて

男の体がめり込んでいく



ただでさえ廃墟だった家が

そんな衝撃に耐えられる訳もなく

音を立てて、ガラガラと崩壊していく


足を止めた

奴は動けない

ならばこの瞬間が


勝負を決めるチャンス

このまま打ち下ろしてやる!


だが


そう思った矢先


自分の身体が突然

持ち上がるのを感じた


なんだ!


乱れる思考

それも束の間


即座に状況を把握した


なるほど、ボクは

掴まれていたのだ


足首の辺りが握り潰されている

投げられた時に、捕まえられたのか!


それは一瞬の出来事だった


彼は地面に埋まったままで

腕の力だけでボクを持ち上げ

自分がやられたのと同じように


ぶん投げた


視界が

上下めちゃくちゃになり


とてつもない勢いで

景色が流れ始める


このままでは

遠くに飛ばされてしまう


それは、好ましくない

体勢を立て直す暇を与えてしまう


もはやチャンスは潰えたが

せめて、奴に攻める時間を

与えるのだけは避けなくては!


ボクは


上下逆さまの世界で

真上、つまり地面に向けて

両腕を突き出した!


ガリガリと地面に

切れ目が入っていく


ブレーキを掛けるのだ

しかし、これだけでは足りない


故にボクは

規格外の握力で地面を掴み

それを支えとして勢いを殺し


体を後ろに半回転させて

地面を踏み砕きながら

地上に降り立った


息を着く暇は無い


顔をあげて正面を向いた時

敵は既に詰めてきていたからだ


やはり、来たか!


敵は既に目の前まで来ていた

あと少し復帰が遅かったなら


そのまま殺られていた

背筋が冷えるのを感じつつ


ボクは


敵が繰り出してくる


軌道が読みにくく

予備動作が存在しない

非常に厄介な攻撃に対応する


1発、2発


——いなして、致命傷を防ぐ


2発目を防いだ際に

腕の肉がごっそり削れた

少し触れただけでコレだ


まともに食らったら

心臓どころじゃ済まない


こいつめ

仕留めに来たな


2発、3発、4発


——撃ち落とす、切り飛ばす、叩き落とす


それらは全て、非常に速く

そして異様に正確だった


角度、速度、タイミングが

実によく計算されている


油断できる余地は無い

針の穴を通すような

精密な作業が求められる


5発、6発


——どちらも紙一重で躱す


猛攻は確かに凄まじい

これで終わらせるという

強い意志を全身で感じられる


……しかし


それは徐々に

効率を失っていた


いや、そもそも

仕留めに来たのが分かった

連撃の最初の時点で、少し


殺意が滲み出ていた


今の彼の攻撃は


最短最速ではなかった

最高効率ではなかった


奴の動きには少しだけ

必要以上の力が込められている

確実に仕留めようとする意思が



それは恐らく

ここまでの戦い


そう


大通りでの攻防や

路地裏での奇襲の結果


そして、あの雪山で殺した

吸血種の血に刻まれた記憶が


このボク

吸血狩りのジェイミーを

油断ならない相手と認識させ


強敵であると

全力で掛るべしと

そう思っているからこその


ほんの僅かな無駄

強すぎる意思故の隙間だった


ひょっとしたら

憎しみもあるかもしれない

戦いを楽しんでいるのやも


あるいは恐れているのか

真偽の程は不明であるが


それ故に生じた無駄を

彼は今、自覚していない


そして運命の7発目


攻撃を出される前に

ボクは察する事が出来た


……取りに来た、と


次の攻撃を貰えば

ボクの命は終わる


ボクの旅は、夢と消える


頭の中は冷えている

心は透き通っていて

感情は穏やかで


まるで

眠りの中にいるよう


今まさに繰り出されようとしている

絶対必殺の貫手、勝負を分かつ決め手


ボクは



攻撃の直前、彼の目はまるで

地獄の底の炎のように燃えたのだ

殺意、明確な殺意を孕んでいたのだ


悟らせてしまった

ボクは彼がこの瞬間に

勝負を決めようとしている事を


事前に察知していた!


迫り来る死に

自ら距離を詰める


そして、今まさに

振り抜かんとする腕に

軽い掌打を加えた!


絶対必殺の一撃は

放たれることは無かった


敵から動揺を感じた

戸惑いが伝わってくる


奴の体勢が微かに乱れた


……今だッ!


生まれた隙は逃がさなかった

そのまま奴の右腕を切り飛ばす


敵の顔にハッキリと

動揺が浮かんだ


奴は体の向きを入れ替えて

残っている方の腕を振るうが


体勢が崩れているおかげで

間合いが微妙に足りていない


鼻先を掠めていく死


奴は距離を取ろうとするが

ボクは、食らいついて離さない


右腕の再生が終わる

タイミングを見計らい

再び同じ箇所を抉ってやる


立て直す隙を与えるものか!


上半身への攻撃が続いたので

下に対する敵の意識が逸れた


浮いたコマを取る

左足を根元から吹き飛ばす


これでもう下がれない

奴は再生が終えた腕で


何とか反撃に出ようとするが


そのまま1歩、奥に踏み込み

左肩を軽く押し込んでやった


結果、敵の半身が斜めに流れて

またしてもリーチが足りなくなる


残った方の腕で

苦し紛れに振るわれた

爪など、なんの驚異でもない


宙に舞う片腕


刹那


この一瞬において奴は

攻撃をする為の手段も

防ぐ手立ても失った


——ここだ


すかさず、貫手二閃!


狙いは両肩関節


目にも止まらぬ速さで

関節を貫き、破壊する


これで再生が終わっても


まだほんの一瞬だけ

敵は動くことが出来ない


マズい!と感じて

敵は1歩引こうとするが

その為の足が無い事に気が付く


何故?


普通ならもうとっくに

修復が終わっているハズ


だと言うのに


まだ完全に再生が

終わっていなかった


長さが足りていない

まだ、膝から下が、無い!


これを狙っていた!


短時間に負傷した箇所が多すぎて

ほんの僅かに再生力が分散したのだ!


そのせいで

十分に距離を取り切れない


更にもう一段階、ボクが

踏み込む事を許してしまう


暗い釜のような赤い瞳が

闇夜の中で見開かれる


死を感じたのだ


両手、片足共に

あとコンマ数秒あれば

修復が完了するだろう


しかし


吸血種同士の戦いにおいて

コンマ数秒とは、あまりにも長い


最早打つ手はない


踏み込みの勢いを利用し

ボクは、地面を蹴った


そのまま


吸血種の


海をも飛び越えることを

可能とする、その脚力で


「しまっ——」


断末魔の声すらも刈り取る

死神の鎌にも似た、蹴りを


鋭く叩き込んだ!


ヒョウ


という鋭い音が鳴る

風圧で、既に瓦礫の山と化した

かつて廃墟だったものが吹き飛ぶ


視界の端に捉えたのは


泣き別れとなった上半身が

無様に血を撒き散らしながら

落ちていく様子だった。



ボタボタと

耳を覆いたくなるような

不快な落下音が数度、鳴り


この脚に残る手応えと

湧き上がる罪の感触


そして


「……死体は、消えないね」


目の前に転がる

男の身体が、この

死闘の終わりを告げていた。


死にゆくものは


「——冗談、だろ」


その言葉を最後に

男の目から光が消え


あとは血を吹き出すだけの

残酷なオブジェに成り果てた。


「さらばだ妖精混血、復讐者よ

今度こそ、血溜まりに沈むといい」


夜明けが訪れるのは

きっと、もう間もなくだ。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「——ど、どどど、どっ……


い、一体どうしたんですかっ!?!?

あ、あぁっ!ほぼ裸じゃないですか!」


「あー……えーっと……」


戦いを終えたあと

こっそり宿に戻ると

丁度リニャに出くわして


こんな事になってしまった

なんでも、水分補給をしようと

起きてきたらしいのだが、参った


確かに服はボロボロだ

衣服としての機能はもはや

微塵も果たしてないと言える


達成感のあまり

気が付かなかった


傷はもうどこにも

残ってなどいないが


着ているものは

どうにもならないのだ


「リニャ、すまない

キミから貰った服なのに

台無しにしてしまったよ」


頭を下げて謝ろうとすると

手で制されてしまった


怒られたりするだろうか

イマイチ反応に予測が

付けられないでいると


リニャは

ボクの手を掴み


「来てください……!」


ボクの格好を見て

顔を真っ赤にしながら

乱暴に強引に引いて周り


ボクはリニャの部屋に

無理やり連れてこられた


ドアがバタンと閉まる

彼女は扉を背にして立っている


そして彼女はしばらく

俯いたまま黙っていたが


やがて


「……ジェイミーさん」


静かに口を開いた


「なんだい?」


「……あなたって、その、えっと

ひょっとしたら、なんですけど




……吸血種さん、ですか?」


こんなに驚いたのは

何百年ぶりだっただろう——

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る