妖精混血


「妖精との混血だと?」


荒唐無稽な話を耳にした

限りなく有り得ない話だ

そんなものが存在出来るはずがない


我々は強い生き物だ

それ故に他種族と交われない

血が、それを許さないのだ


ましてや混血など

子を設けることなど

不可能なのだ


それをこの男は

自分がそうだと断言した

よりによって妖精と


いつ?どの段階で?

どのようにして?何故?

疑問は尽きることがないが


質問はしないことにした

この男、得体がしれない


「事実だ、変えようのない……な」


信じたくは無い

それに足る確証もない

が、そうでもなければあの


不可解な力について

説明が出来ないのも事実だ


妖精という生き物は

空を飛び、神秘を操る


仮に今回の襲撃が

かつて滅びた妖精達が

行ったものだとして


殺しても死ななかったり

テレパシーを飛ばしてきたり

突然現れたり、という芸当が


可能か?と問われれば

できると答える他ない


仕方ない


「信じよう、キミの言葉をね」


「……お前、随分と頭が柔らかい

普通は信じないと思うんだがな」


「素直さは美徳だよ」


何事も柔軟に考えるんだ

とは、ボクの師匠の言葉だ

実体験からもそれは正しいと言える


「じゃあ最後に質問だ」


知りたい事は知れた

あとは、今後のことについて

方針を決める為の話に移ろう


「キミは何故

ボクをここに呼び

そして姿を晒した」


問答開始だ


「……言っただろう、降参だ

俺はここから動けないんだ


お前が俺の分身を

始末してしまったからな」


「まだ戦う力はあるだろう?

復讐する気は無いのかい?」


「ないね」


「じゃあ、なぜ逃げなかった」

「言っただろ、動けないってな」


「やろうと思えば出来るはずだ

ボクの目は誤魔化せないぞ」


男は口を開こうとして

頭を振ってから、俯き


こう言った


「……目的がないからだ」


「目的」


「そうだ、俺の生きる目的

守るべき居場所も何も無い


お前への復讐だけが

生きる理由だったんだがな


計画はこの通り失敗

初めに真っ向から打ち破られ

最後に裏をかかれて殺された


今の俺では勝ち目は無い

ただでさえ力が削られてる


勝てない相手には挑めない

かと言って逃げるにしても

行くあても、目標もない


だから

お前をここに呼んで

委ねようと思ったんだ」


陽の差し込む角度は

いつの間にか急斜を極め

まもなく当たりが暗くなることを


示している


この場にはボクと彼だけ

明日を諦め今を捨てた

あわれな吸血種が1人


こんなボロ屋を拠点にして

復讐のためにここまで生きて

それが叶わないと知り、諦めた


男はそう語ったのだ


ボクは

吸血狩りジェイミーは


思う、そして考慮する

検討し検証し、判断する

やがてひとつの結論を出した


恐らく

正しいだろう答えを


ボクは確かめるように

少しづつ、彼に語りかけ始める


「……キミは執念深い奴だ」


「仇討ちの為に計画を練り

ボクを付け回し、襲撃した


二度に渡る戦闘において

キミは、未だ無傷だ


用意周到な男だと思う

そして、実に狡猾だ」


「……」


男は喋らない

黙ってボクの言葉を聞いている

その目に、強い意志は感じない


ボクは言葉を続ける


「意表を突かれたと言ったな

しかし、話が通用しない事は

最初の攻撃で分かったはずだ」


「……」


男の態度は変わらない

それは、不気味な程に


「2度目の襲撃、あれをボクは

キミが予想しなかったとは

思ってはいない」


そうだ、違和感があった

彼の話にはおかしな所があった


「キミはさも、全てを諦めたように

これが自分の失敗した哀れな計画だと


無防備に、戦う意思を捨てて

自分の居場所に招き、聞かせた」


「……」


空気が止まった

風が吹いていない


無風状態だ


「キミはボクの戦い方を

性能を、そして性格を


大通りでの攻防

裏路地での奇襲


そして

あの雪山で殺した吸血種

3つのパターンで知っている」


日が沈み始める

世界は闇に覆われていく

遠くの方に栄える街は明るく


夜の闇を切り裂くように

昼間よりも輝いている


「……用意周到で、執念深い

キミのような男が降参だと?


集めたボクの情報を投げ出し

一矢報いることなく諦める?


冗談も大概にしろよ、妖精混血」


「…………」


男の顔から表情が消えた

瞳の奥で何かが揺らいだ


闇に飲み込まれる廃屋


そして


「——微塵も油断しねえとはな」


まるで人が変わったように

先程までの諦めたような態度が

まるっきり嘘であったかのように


男は

敵意を隠すこともせず

不快感を顕にそう言った


「やっぱり」


それだけでボクは

己の見立てが正しい事を知った


「普段から不意打ちしてる奴は

こういう気配に敏感なのかねぇ


ええ?」


それは


みたび聞いた彼の声

そのどれとも、違うものだった


まったく

役者な事だ


もしうっかり気を許して

近寄りでもしていたなら

恐らく仕留められていただろう


「結局、真っ向からやり合うしか

ないって訳かよ、ふざけやがって」


悪態がひとつと

いたずらに振りまかれる殺気

まるでこちらを誘うかのように


ギラッと

闇の中で何かが光った

真紅の瞳だ


「——やろうか」


「いいだろう、今度こそ

血溜まりに沈めてやる」


それが開戦の合図となった——。

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