交渉決裂、衝突——


「じゃあ、あの、ここ!

お部屋なので、これ鍵です!」


「ああ、ありがとう

仕事の手を停めさせてまで


悪いね」


「い、いえいえ!仕事なので!

あと、途中で投げ出すのは少し


気に入らなかったので!」


「そうか」

「はい……!」


「そうだ、この上着返すよ

もう人の目も無いしね」


「え、いいですよ!別に!

だって破けたままですし!


あの、そんなんで良かったら

もう貰っちゃってください!」


「なら、お言葉に甘えようか」

「はい!では、ごゆっくり!」


「うん」


……さて


ボクは拠点を手に入れた

これも人の縁というやつか


リニャは気のいい奴で

面倒見がよく人に好かれている


宿に案内される道すがら

彼女は何度も声を掛けられていた


その度にリニャは困ったように笑い

手を振る、実に愛くるしい人間だった

ボクも何回か話しかけられたな。


宿は平凡で清潔感があり

ボクに宛てがわれた部屋は

こじんまりとして心地がいい


いつまでお世話になるか分からないが

あそこならば、良い住処になるだろう


で、だ


ひとまず拠点を手にしたボクだが

解決しなくてはならない問題がある


その為にも


「外へ行こうか」


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


確か、この辺だったよな


訪れたのは襲撃地点

声が聞こえた場所

大通りの中心区だった。


相も変わらず人が多く

この街の発展度合いを

伺えるというもの


よし、やろうか


怪しい挙動にならないように

品物を見るふりをしたり

軽く世間話をこなしたり


表面上だけでも

溶け込むよう努力しつつ

必要な情報を収集する


集めるべきものは幾つかある

望み薄だが、まずは敵の正体


吸血種であることは間違いない

まさか街のど真ん中で堂々と

真っ向から殺しに来た挙句


それに、あのやり口

あんな真似が出来るのは

今のこの世に吸血種だけだ


問題は、ボクのことを

どうやって見つけたのかだ


力を使っていないにも関わらず

向こうはボクの事を一方的に

発見し、襲いかかってきた


聞こえてきた声についても

全く検討が付かない状態だ


完全に後手に回っている

あの時、殺られなかったのは

運が良かったと言うべきか


あるいは

単にこちらの力を

図るための捨て駒か


だとしたら

死体は一体どこだ?


しかもそれどころか


「……まさか血痕ひとつ無いとは」


ボクは確かに核を砕いた

この手に中に残る感触が

それを証明している


確実に殺したはずなんだ


それだというのに

痕跡が何も無い


「目撃者のひとりも

見つからないだなんて」


聞き込みの結果は、完全にスカだ

誰ひとりとして何も見ていないのだ


おかしいことだらけだ

まさかここに来て、こんな

トラブルに見舞われるとは


「切り上げるか」


これ以上は何も得られまい


隠蔽工作が完璧なのか

相当綿密な計画なのか


「そういえば」


あの時に聞こえてきた声は

確か、路地裏がどうと言ってた


誘い込むつもりだったのか

気を逸らすためのハッタリか


しかし現状それくらいしか

手掛かりが無いのも事実だ


「行ってみるか」


大通りの隅の方

建物の影になっている場所

人の寄り付かない、街の裏方


そこを見つめて

呟くのだった


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


攻撃に意識を回し

先手必勝を至上とし

敵地かもしれない路地裏に


ボクは足を踏み入れたのだが


「……ただの路地裏だねえ」


ひたすら暗くて狭い

長く続く、細い通路


多少警戒してはいたが

拍子抜けするぐらい何も無い

これは、完全にお手上げかな


今回の1件は、あの時

あの襲撃を持って終わっている

などと考える事は出来ない


それにしてはあまりにも

不可解な事象が多すぎる


きっとまた近いうちに

同じような事が起きるだろう

それは確定事項と捉えるべきだ。


最悪のケースに備えて

海を飛び越えるために


助走を付けられそうな道を

探しておくとしような


近くの正体不明の敵よりも

遠くの所在の知れている敵だ


島に上陸のち

速攻で標的を始末

そして現地にて待ち構える


追ってくるなら船か

あるいはボクのように

力技で突っ込んで来るか


2択に絞る事ができる


非常に強引かつ

危ない手段だが

少なくとも向こうに

主導権を握られる事は無い


……案外良いかもしれないな

よし、その線で行くとしよう


こういうのは

速度がモノを言う


暗くなるまでに

丁度いい地点を見付けて

明日の朝には実行に移す


もし可能であれば

今夜中にでも出発しようか


「よし決定だ」


振り返り、歩き出す

今から日が落ちるまでには

まだまだ時間が沢山ある


やれることを

やれるうちに


歩く

路地裏から抜けて

大通りに向かって

胸の奥に決意を携えて


リニャには悪い事をした

せっかく部屋をくれたのに


最速で事が運んだ場合は

もう顔を合わせないだろうから


まだ馴染まない上着を掴む

さっきリニャに貰った服だ。


「……ひと声くらい

掛けてから発つとするか」


あの人間には

少なからず恩がある

そのくらいやっても

バチは当たらないだろうよ——


「……ん?」


何か、感じた


言葉にして出力するには

あまりにも小さく薄い、何かを


理解する前に

把握するよりも早く

理屈や認識を無視して


スイッチを切り替える

考えない、悩まない


ただ構えるだけ


静かな時間が流れる

不気味な程に穏やかで

しかし何かの前触れのように


風は吹かない

陽の光も差し込まない


そして


やがて


「——そうだよな、飛び込んで来るよなあ

残ってる手掛かりは、ここだけだもんな」


聞き覚えのある声が

再び頭の中で響いた


敵の姿を補足次第

即撃破できるように

感覚を尖らせる


「怖ぇな、姿見せなくて正解だ

否応なしに殺る気だろ、お前」


「…………」


心は揺れない

頭の中は無色透明


何も考えない


「まるで床に話しかけてる気分だ

これ程までに手応えが無いとは」


「…………」


「こりゃあ、ダメそうだな」


「…………」


「おい、今から姿を見せるぞ

間違っても攻撃してくるなよ


争う気は無い

殺されちゃたまらん」


「…………」


瞬きを一回

薄い瞼が世界を隔て

再びそれが開かれる頃


そこには男が1人立っていた


「よお、さっきぶりだな——」


認識と行動は同時だった

敵か味方かも分からない

目的も不明、正体も、何もかも


けれどもボクは飛ぶ

奴が言葉を言い切る前に


一直線に詰めた!


「っ!?」


驚きで目が見開かれる

意表を突いた証拠だ


迫る、迫る、迫る


あと、もう少しで

必殺の間合いに到達する

奴は戦闘態勢にすら入れていない


このまま攻撃すれば

まず間違いなく当たる


だが、忘れてはならないのは

奴は一度、ボクの速度を見ている


どういう方法か不明だが

そのうえで生き延びている


不確定要素は残っている

このまま攻撃を振るっても

仕留めきれないかもしれない


ならば——


「ふっ……!」


蹴った!


真っ直ぐに、一直線に

突っ込んでいく進路を


地面を蹴ることで

その力の向かう方向を変えた


不自然なほど直角に

脚力以て、慣性を全て

真横に変換する


そのまま壁を蹴って

壁から壁へ、跳ね返るように

勢いを殺さず、増幅し続ける!


「っ!?」


吸血種の動体視力は

普通ではない、異常だ


しかし、それを持ってしても


やつに


ボクの動きは捉えきれなかった


目線が外れる

追いきれなくなる


取った!


振るわれるのは

残酷な吸血種の爪


威力が速度で倍増したそれは

もはや切り裂くと言うよりも


打ち砕く、と


そう表現するのが

相応しい程の損傷を与えた


人の形を保てなくなり

腰から上が丸ごと吹き飛ぶ

飛び散る肉片、散らされる命


ボクは付きすぎた勢いを

何度も壁を叩き壊しながら

徐々に、徐々に殺していく


仕留めた

今度こそ確実に

この目で結末を見た


心臓どころの話では無い

それ以上の過剰火力だった


ボクは地面に降り立つ

そして背中を振り返った


そして目にした


「……なるほど、こういう事だったか」


無い


何も無かった

振り返ったそこには

死体はおろか血溜まりすら


ボクはこの目で見たのだ

飛び散る血潮、地面に倒れ込む下半身

壁一面を染める真っ赤で、凄惨な肉片


それが


まるで、全てが嘘のように

夢でも見ていたかのように


まるっきり

綺麗さっぱり

一切合切が消え失せていた。


「——マジか」



「この俺が、二度も」


知っている声


「それも、まさか同じ相手に

真っ向から打ち破られるとは」


みたび聞いたこの声


「策士策に溺れる、か

人間はいい言葉を考える


考え無しに殺しにくる相手が

よもや、ここまで恐ろしいとは」


ボクはもう

構えを解いている

必要ないと感じたからだ


「……降参だ、もう俺には

お前と戦う力は残ってない


今から場所を言う

そこに、来てくれ


……その爪は

しまっておいてくれよ」


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「やあ、初めまして」

「はは……白々しい」


とうの昔に崩れてしまった

ボロボロの廃墟に、男は居た


「もう、襲ってくるなよ

次はもう本当に死んじまう」


「さて、話を聞かせてもらおうか」


「……仕方ない」


諦めたように

そして自虐的に

男は笑ってそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る