雷鳴が呼び込んだ縁と屋根

結論から言えば


行き詰まってしまった。


次に目指すのは海の向こう

霧の国と呼ばれる場所だ


そこへ行くには船を

利用する必要がある


それ故にボクは

大きな港町に来た


のだが


「……ごめんな、お嬢ちゃん

やっぱり船、出せないみたいだ

なんでも海流が相応しくないらしくて」


これだ


いざ次の目的地へと思い

港にやってきてみれば

何やら揉めている様子


係員の人に話を聞いてみると

`しばらく船が出せない`なんて言う


そこをどうにか出来ないか

と、何度か交渉してみたが

やはり、答えは変わらなかった、


これには困った

いくらボクでも流石に

あの距離を飛ぶのは現実的じゃない


出来ない訳じゃないんだ

ただ、目立ちすぎる


あれだけの距離を

飛び越えるとすれば

長い助走が必要になるし


そうなれば当然人目に付く

地面は十中八九壊れるし


何より、着地点が

衝撃で酷いことになる

これじゃあ存在を悟られてしまう


何とかならないか

と、しつこく粘ってみたが


「数日……いや、数週間

場合によっては掛かるかもしれない

許してくれ、どうしても無理なんだ」


やはり、どうにもならなかった


「分かった、諦めるよ」


ここは大人しく引き下がるしかない

何度も頭を下げられながら

ボクはその場を後にした


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「どうしたものかねぇ」


海沿いに設置された

椅子に座り、途方に暮れる


完全に足止めを食らってしまった


標的を変える、というのも

時間的なロスが大きいので

選択肢にすら入れたくはない


つまり、待つしかないんだ

出航可能になるまでの間

この街で時間を潰すしかない


「……と言ってもねぇ

あんまり人間と関わると

正体、バレるからな、簡単に」


人と吸血種では

どうしても感性が違う

会話をするとなると、やはり

必ず何処かに違和感を産むことになる


ならば人の居ないところ

なんてのも、ここじゃ不可能だ


何せここは港町

それも大都市だ

人間が居ない所なんて


無い


しばらく考える

波の打つ音を聞いて

人々の喧騒に当てられて


これからの事と

これまでの事と


青い空とか

照りつける太陽とか

色々な要素を取り込んで


そのうえで

こう結論付けた


「……バレたらバレた時、か」


無理なことを無理に

やろうとすれば


それこそ綻びが出る

それならいっそ普通に

堂々としている方が良いだろう


この数百年

人間社会とは、ほぼ

関わってこなかったけど


まあ行けるさ

昔は、人の中で暮らしてたんだし


案外、良いのかもしれない

思えば最近は随分と

殺伐としていたから


沢山殺したし

沢山戦ったし


そこかしこに血の匂いが

染み付いている様な気がする


だったら


それをこの海風で

かき消してしまうというのも、悪くない


「国ひとつ滅ぼしてきた後なんだ

ちょっとだけ、気を緩めようかな」


そう考えると

少しだけ楽しくなってきた

久しぶりに見学して回ろうか


幸い、この街は発展している

なにか面白い物があるハズだ


「たまにはアリさ、こういうのもね」


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「——あんた、血の匂いがするね」


それは

まさしく唐突だった

一体誰が予想出来たのか


その声は突然聞こえてきた

まるで耳元で囁かれているみたいに

人混みの中を歩いていたら、いきなり



けれど、ボクの周りには誰もいない

そう、警戒するに値する

気配を持った者は、誰も


声は更に続けた


「この平和な時代で

いったい何人を殺せば

そんな事になるのやら」


ボクが考えていることはひとつ

相手が吸血種か否か、ということ


いや、悩むくらいなら

いっそ断定しておこう


相手は吸血種だ、そして

その正体は検討が付かない


「……動揺しないな、それどころか

歩き方ひとつ、乱れやしないとは」


声は、聞き流す

耳から耳へと抜けていく

決して頭に留めてはおかない


考えない

頭を働かせない

声の主が誰であるとか

どうしてボクを見付けたとか


そんな事は今

重要じゃない


ただ、歩くことに集中する

通り過ぎる人間、その全てが

敵であると仮定して、警戒する


いつ、奇襲されてもいいように


「そうだな、とりあえず言っておくと

俺は、お前に危害を加える気はない」


聞こえてくるこの声は

足音や、風の音といった

意味を持たない物と同じ


そう扱う


「まず、話が聞きたい

平和的に行きたいんだ


そうだな、裏路地にでも

入ってみてくれないか?」


心は揺れ動かない

言葉はボクの中に残らない

抜けていく、ただ通り抜けていく


——研ぎ澄ませ


音は、いらない

余計な雑音は必要ない

シャットアウトしろ


視覚も、なくていい

ただ感覚だけに集中する


思考は停止し

五感も制限した

辺りが真っ黒に染まる


この世界にボクだけしか

居ないかのような


何も、聞こえない

何も、見えはしない


歩くだけ

ただ前に進むだけ


前に


前に


そして


微かに

感じ取った


それはまるで

雷の先端を捉えるが如き所業


まだ、根拠の無い段階

頭が`それ`を知覚する前に

ボクは反応し、動いた


雷光


速度を表現するとしたら

それが最も相応しいだろうか


ボク自身

何が起きたか分からなかった

自分が何をしたのかを


加速し、研ぎ澄まし

吸血種としての限界

それすらも超越した速度で


体は動いていた


かろうじて

認識できたのは


左手で何かを止めた感覚と


右手で、今やすっかり

味わい慣れたトドメの感触


そして


「——冗談、だろ」


聞き覚えのある、声

それが通り過ぎていった


「……!」


途端


暗闇から引き上げられる

世界に色と音が戻ってくる

止まっていた思考も動き出す


振り返った

起きた事を正しく

認識するよりも前に


でも、そこには何も無い

いや、変わらず行き交う

人間だけしか、映らない


誰を倒したのか

それが分からない


ただ唯一、この手に残る感覚だけが

`敵を殺した`という事実を告げている


戸惑いを隠せないでいると

迎えから歩いて来ていた

人間の女と目が合った


女はボクを見て

視線をやや下に向け

驚いたような表情と

慌てるような動作と


ほんのりと

赤くなった顔で

こう話しかけてきた


「あ、あのっ……その……

む……胸のところ……が……


えっと……あの、その……っ!!」


「胸……?」


女の言動は実に不可解だったが

自分の左胸に視線を提げてみると

その理由がわかった


……穴だ


横一文字に、穴が空いていた

鋭い刃物で切り付けられたような

しかし、身体に傷は無い


これでようやくボクは

先程自分の身に起きた

出来事を把握した


それは恐らく

すれ違いざまの攻防

敵は確実にボクの急所を狙い


ボクはそれを防ぎ

返り討ちにしたのだ


なるほど

そういうことか


と納得していると


「わ、わたしの上着!

こ、これ!使って下さい!」


顔を真っ赤に染めた女が

ボクの答えを待たずして

自分の来ていた上着を激しく脱ぎ

バサバサと音を立てながら


「どうぞ!!」


と、押し付けてきた


「あ、あぁ……ありが——」


「い、良いから早く隠してください!

み、みえ、見えちゃって、ますから!」


なんて押しが強いんだ

何故この女がここまで

怒っているか分からない


「別に、胸くらい見えても

気にしないんだけどねぇ」


「ダメ!!です!!」


腕を引っ掴まれ

隅の方に連れていかれた


あんな事があった直後だし

警戒しなきゃいけないのだが


何故だか逆らえない

空気が出ていた


人目に付かない影の方

人通りに巻き込まれない端っこ

そこでボクは強引に服を着せられ


「……失礼な事してごめんなさい」


そして突然

頭を下げられた


「き、綺麗な女性の方が、その

服が破れている事に、その


気付いてないみたいだったので

つ、つい……ごめんなさい……」


怒られた理由も

謝られている理由も

イマイチよく分からないけど


とりあえず、起きた事を

順序だてて処理していこう


まず最初に言うべきは


「教えてくれてありがとう」

「い、いえ、あの全然……」


両手をほっぺたに当てて

目線と顔を逸らす女


「キミ、名前は?」

「……リ、リニャです」


「じゃあリニャ、ちょっと質問だ

この辺に良い宿を知らないかな」


「……あ、えっと、知ってます!

ていうか、私の実家がそうです!」



……正直


ボクは驚いていた


だって、久しぶりだったんだ

会話が多少すれ違っていても

態度が変わらない人間なんて


だから


つい


「泊めてもらえないかな?」



自分から関わりを

持ちに行ってしまったんだ……


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