第14話 【最終話】手にした幸せ
執務室でライムンドからの分厚い手紙に目を通し終えたリュドヴィックは、大きな窓からアルトワ国がある方角を眺めた。
目の前には見渡す限り広大な畑と青空が広がっており、当然ながらアルトワ国は微塵も見えない。
「名前もアルトワ国にこだわる必要はないしな……」
リュドヴィックの言う通りで、アルトワ国はオルリアン国の属国となった。暫定的に国を治めているのが、ポワティエ公爵家だ。
当初の予定ではポワティエ公爵家はオルリアン国に併合されるはずだったが、アルトワ国の貴族達に泣きつかれてしまい泣く泣く断念したのだ。
アルトワ国王はあのような男だったので、実質アルトワ国を動かしていたのは宰相であるポワティエ公爵だ。その彼がいなくなれば、アルトワ国は立ちいかなくなる。公爵としても、自分が守ってきたに等しい国と国民を捨てることはできなかった。
だからといって、全てを許して受け入れた訳ではない。
ポワティエ公爵は手始めに、王族だけでなく、フィリーネやリュドヴィックを虐げるのに協力した貴族連中も全て罰した。その上で、新生アルトワ国として国の立て直しを図っている。そこには、もちろん、レアンドル翁の意向も大きく反映している。
しかし、ポワティエ公爵はコハリィが側を離れたのが辛く、見通しが立ち次第すぐにでも引退を考えているそうで……。やることが山積みだとライムントが頭を悩ませている……。
もちろんレアンドル翁は、王家・タシュ家・モンフォール家を許したりはしていない。
夜の瞳の色を増して、宣言通りフィリーネ以上の苦しみを与え続けている……。
「まぁ、これはココには言う必要のないことだな。ココの改良土が好評で、アルトワ国の今年の生産高は過去最高になりそうだ。ということだけ伝えておこう」
時計を見ればお昼の時間を過ぎている。
「ココは、また昼ご飯を食べ忘れているな……」
今日も研究に熱中しているコハリィを連れ出すために、リュドヴィックは研究棟に向かう。
ここはオルリアン国にある、リュドヴィックの領地だ。
至れり尽くせりの領地で、コハリィが喜びで飛び上がった研究棟も立派なものだが、農作物の実験を行うための畑だけでなく薬草畑も広大だ。オルリアン国は、コハリィの理想に叶った場所を提供してくれたのだ。
アルトワ国と違ってコハリィの能力を正当に評価してくれたのは、コハリィだけでなくリュドヴィックにとっても嬉しいことだ。
リュドヴィックの唯一の不満は、この理想郷にレアンドル翁夫妻も一緒に住んでいることだ。
すぐに別居を申し出ようとしたが、コハリィに止められてしまった。
「これだけ広大なお屋敷の管理は、わたくしではできません。かといってリュド様だけに押し付けるのも気が引けます。お爺様とお婆様が手伝って下さるなら、とても助かります。それにリュド様と共に暮らせる喜びを、お爺様とお婆様から奪ってはいけません」
とコハリィに言われてしまえば、リュドヴィックは受け入れるしかない。
リュドヴィックの型破りな計画を、実現可能なものに変えてくれたのはレアンドル翁だ。大事な娘の忘れ形見であるリュドヴィックの頼みを、一も二もなく聞いてくれた温かい肉親だ。感謝していないはずがない。
だが、同じ血を引いている性なのだろうか? レアンドル翁夫妻もコハリィのことが大好きで、二人の時間の邪魔をしてくる……。
ポワティエ公爵と離れてホッとしたのも束の間、新たなるライバルの登場にリュドヴィックも頭を悩ませている。
「リュド様」
珍しくリュドヴィックが迎えに行く前に、コハリィが研究棟から出てきた。これは奇跡だ。
コハリィはお腹を押さえて、リュドヴィックが一生守ると決めている笑顔を見せてくれた。
「お腹がペコぺコです」
「ココを研究室から引っ張り出す口実にしようと、温室に昼食の用意をしている」
「温室は大好きですけど、それが口実になるのですか?」
「以前に温度の変化で薬草の成長具合を確認すると言って、ルネリナ草を植えただろう? さっき赤い花が咲いた。見たいだろう?」
「赤ですか? 変異種です! 早く行かないと」
コハリィは手を叩いて喜ぶと、リュドヴィックを置いて走っていく。
「俺がココの一番になるためには、まだまだ長い道のりが必要そうだ」
呟きが聞こえたのか、コハリィが立ち止まって振り返る。
「リュド様と研究は別物なのです。どちらも大切です! 両方諦めなくていいと仰って下さったのは、リュド様ではないですか!」
コハリィはリスのように頬を膨らます。
(ココと出会い、ココと共に生きると誓った。それが第一王子としてではなく、リュドヴィックとして生きる始まりだったのだと、今なら分かる)
「終わったのだな……」
長い長い王子としての十八年間が思い出される。
コハリィは「これら始まるのですよ」と、リュドヴィックの手を握って笑顔を向けてくれる。
この笑顔が一生自分に向けられる。それだけで、リュドヴィックは泣き出しそうな程の幸せを感じる。
「初めて会ったあの時にココを手放していたら、俺は王太子という鎧をつけ、色のない世界に生きていただろう。ココと共に生きるという願いを実現させる為に全てをかけてきた。念願が叶ってこうやって隣で微笑むココを毎日見ることができ、一緒に暮らせる日々を手に入れて、俺は本当に幸せだ」
そう言ったリュドヴィックも駆け引きのない純粋な愛情から生まれた笑顔を、ココだけに向ける。
「私も、幸せです」
ココが流す涙を見て、こんな幸せな涙があるのだと初めて知った。
この幸せを守りたい。俺に幸せを与えてくれるココを、一生かけて守り幸せにする。それが俺が手に入れた、夢であり希望だ。
おわり
◆◆◆◆◆◆
これで完結です。
最期まで読んでいただき、ありがとうございました。
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『死に戻ったら、前回疎遠だった兄に懐かれました。残念な兄は私を助けてくれているつもりです』
↑弟の婚約破棄を阻止して、俺は愛する婚約者と幸せになってみせる! を気に入って下さったからなら、楽しんでいただけるお話だと思いますので、是非読んでみて頂けると嬉しいです。
『王妃様の置き土産 ーポンコツな天才努力家は、王妃様の残した謎を解けるのか?ー』
↑になればいいなと思っています。
【完結】弟の婚約破棄を阻止して、俺は愛する婚約者と幸せになってみせる! 渡辺 花子 @78chan
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