第12話 王妃の告白
「さて、リュドヴィック」
王がリュドヴィックと向き合うが、リュドヴィックは一切の表情を消し去っており、何を考えているのか全く分からない。底の見えない息子に、王は薄気味悪さを感じていた。
「お前は四年前の熱病で脳に異常をきたし、まともな状態ではなくなったと聞いていたが……。私を謀ったのか?」
王はリュドヴィックに冷たい視線を送り威嚇したつもりだったが、リュドヴィックはそれを平然と受け流す。
「その話なら私ではなく、フェリクスとエドメに聞いたらいかがですか?」
リュドヴィックの言葉に疑問を感じながら王は、フェリクスとエドメに視線を移す。
呆然自失状態だった二人の顔色は土色で、ガタガタと震えている。エドメに至っては、目の焦点が合っていない。
王は明らかに何かを隠している二人にうんざりだ。
「話せ」
どちらも王の声が聞こえていないのか、声が出せないのか、返事は返ってこない。
「話せ!」
王の怒鳴り声に反応したフェリクスが、回らない舌でしどろもどろに話し出す。
「よ、よ、よ、四年、前……、わ、私が……、エドメに、見せた、く、薬、を、エドメが、あ、兄上に、のま、飲ませたのです……」
「薬? 何の薬だ? 副作用でも出る薬か?」
フェリクスの目から涙があふれている。ガタガタと震えが止まらず、寒さに堪えるように両手で自分を抱きしめている。王は軟弱者が何の真似だと不愉快この上ない気持ちで、フェリクスを見下ろした。
エドメがリュドヴィックに薬を盛って失脚させていたとは、全く思いもしなかった。しかもフェリクスはそれを知っていて止めないだけでなく、秘して王太子になろうとしていた。
そんな二人を見抜けず王太子と王太子妃にしようとしていた自分は棚に上げ、この二人の愚かさと逃げたリュドヴィックに王は立腹した。
自分達の為に王子を毒殺しようとは、当時十四歳の子供が犯したとは思えない大罪だ。
フェリクスは今まで胸の内に隠していたその重い事実を、壊れたように吐き出し始める。
「……はは、母上、が、元王妃に、あ、兄上の母親に、のま、飲ませて、いた、薬を……エドメ、が兄、上に、飲ませた……」
執務室にいる全員の視線が王妃に集まる。
王妃は一瞬で十年分老けてしまったと思えるほど、小さくクシャっと縮んでしまった。それでも王妃のプライドなのか、歯がガタガタと鳴るのを必死に力を込めて抑えている。
フェリクスの告白に一番衝撃を受けたのは、間違いなく王だ。
錆びて壊れかけのロボットが「ギギギ」と音をさせながら無理矢理首を回すように、王は横に座る王妃にゆっくりと驚愕の顔を向けた。
「お前が、お前が、フィリーネに毒を盛って命を奪ったのか?」
到底信じられない言葉を口にしている自分の声を聞いて、王も激しく動揺する。もし事実なら、国を揺るがすことになる。
リュドヴィックの母であるフィリーネは、アルトワ国よりも遥かに強大な大国であるオルリアン国の王女だ。
先代の国王がオルリアン国に請い、何とか実現させた政略結婚だった。その元王女に側妃が毒を盛って殺したなど……、絶対に知られる訳にはいかない。オルリアン国に知られれば、この国は破滅だ。
王は手で口元を押さえ「……な、な、な、何てことを……」と、唾をゴクリと飲み込んだ。
「とにかく、このことは誰にも漏らすな! 少しでも漏れ広がったら自分達の首が飛ぶと思え!」
王は不安を隠せず顔を真っ赤にして叫び、隣に座る王妃の椅子を蹴り飛ばし怒りをぶつける。
「どうして俺の足ばかり引っ張るのだ。何事もなく穏やかに国を治めてきたのに、その俺にどうして泥を塗るのだ!」
王の声は、最後は悲鳴に近かった。
椅子を蹴り飛ばされ床に転がり落ちた王妃が、先に落ちていた扇子を拾い上げると、王の顔めがけて投げつけた。バチンと大きな音をさせ王の顔に当たった扇子が、パサリと床に落ちた。
「何事もなく穏やかに国を治めた? オルリアン国に守ってもらっていただけじゃないですか! それだって、フィリーネを妻にと交渉を重ねた先代のおかげでしょう? おかげでわたくしは決まっていたはずの王太子妃にもなれなかった上に、側妃になんてされて……。どうしてわたくしだけが、こんな目に? どうしてですか? どうしてですかっ!」
全てを失った王妃は溜まっていた不満を爆発させ、顔に扇子の跡が残る王に詰め寄った。王妃と向き合ったことのなかった王は痛む顔を押さえて、王妃の気迫にのまれている。
「わたくしがフィリーネを憎むのは、当たり前じゃない! そんなことくらい、わたくしのことを少しでも考えれば陛下にだって分かったはずよ。でも陛下は、わたくしだけでなく、フィリーネのことも見ていなかった。国を守るために手に入れた人質は、存在さえすれば国に利益をもたらすから放っておいて問題ないと思いましたか? おかげで孤独で寂しいフィリーネに薬を盛るなんて容易いことでしたよ? ふふふふふふふ……陛下が大事なのは自分だけ。自分と自分の評判だけなのよ。自分以外は、全て煩わしい取るに足らない些末なことなのよ。わたくしだって犠牲者よ!」
まさかの王妃の反乱に動揺し恐れをなした王は、それを隠すために高圧的な態度を取る。
「……自分の犯罪を俺になすりつけるとは、見下げ果てた奴だな。私は王だぞ、国民だけではなく家族にだって目を配っている!」
王のその言葉には、王妃だけでなくリュドヴィックも呆れた顔を隠さない。
「家族に、目を配っている? …………あははははははははははははははは」
淑女らしからぬ大声で笑い出した王妃を、気が狂ったと誰もが思った。
「陛下が家族に目を配っていたら、そもそもフェリクスだってこんな馬鹿な真似をしませんでしたよ。リュドヴィックだって、気が触れた振りをする必要もなかったでしょうね!」
王は王妃の言っている意味が分からず、何度も瞬きをする。
それを見た王妃は、「ほら、貴方は何も分からない……」とため息をついた。
「フィリーネに似て美しく優秀なリュドヴィックが、何事につけてもフェリクスを上回るのが許せなかった。フィリーネを殺して、せっかく王妃になれたのに、国王の母になれないなんて冗談じゃない! だからリュドヴィックを虐げ続けたわ。リュドヴィックを守る使用人も全て辞めさせ孤立させたのに、陛下はそれさえも気が付かなかった。だからエドメに薬を飲まされたリュドヴィックは、自分を守るために気が触れた振りをしたのよ。これでも王は、家族に目を配っていたと仰いますか?」
王は全く気付いていなかった。リュドヴィックの使用人が全て入れ替わったことにも、気が触れた振りをするほど追い詰められていたことにも、全く気が付いていなかった。
それでも王は、自分を独りよがり利己的な人間だとは思いたくなかった。だから否定の言葉を求めてリュドヴィックに目を向けた。
♦♦♦♦♦♦
読んでいただきありがとうございました。
あと二話で完結です。
引き続き読んでいただければ、嬉しいです。
よろしくお願いします。
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