第11話 国王の怒り
臙脂色の絨毯に焦げ茶色の重厚な家具が並ぶ王の執務室には、深緑色のカーテンから光が差し込んでいた。部屋の中央にある金糸の刺繍が施されたソファには、呼び出された者達が既に着座している。
王は一人掛けのゆったりとしたソファに座り、その隣に王妃が座っている。向かいのソファには、顔の青いフェリクスとエドメ。その横にはエドメの父であるモンフォール侯爵と、王妃の兄であるタシュ侯爵とフェリクスの側近でタシュ侯爵の息子であるクレールが立っている。
少し離れた後方に宰相であるポワティエ公爵がいて、今到着したライムントがその隣に並ぶ。公爵の後ろには姿勢の良い老人が立っている。
リュドヴィックはソファを勧められたが固辞し、コハリィと共にソファの後ろに立った。
「これで全員揃ったな」
王が話の口火を切った。
碧く冷たい目をした王は、自分以外には興味を示さない男だ。そんな男が関係者を集めて話をするということが、婚約破棄騒ぎの影響の大きさを物語っている。
「さて、フェリクス、エドメ」
王に呼ばれた二人とその家族は身体をビクッと震わせるのに合わせて、部屋の張り詰めた空気も揺れる。
「昨日の騒ぎで、何か申し開くことはあるか?」
二人共何かを言いかけたが、これ以上騒ぎ立てない方が得策だと言いくるめられているらしく、ぐっと堪えると「ありません」と声を揃えた。
王はモンフォール侯爵、タシュ侯爵、王妃と順に冷たく光る碧い目を向けた。
「誰のための、何のための駆け引きだったが知らないが、自分達の評判がどれほど酷いものか分かっているのだろうな?」
王の言葉は王家を、自分を貶めた者達への皮肉だ。
王の激しい怒りを感じてフェリクス、エドメ、モンフォール侯爵、タシュ侯爵、王妃の五人がうつむき、きつく唇を噛みしめる。
昨日の婚約破棄騒動は、フェリクスとエドメだけの醜聞では済まなかった。
モンフォール家とタシュ家、そして王家までもが、愚かな権力争いを繰り広げ、せっかくの卒業パーティーを台無しにしたと、怒りと嘲笑の対象になっているのだ。
そんな政治不信の中で、唯一の救いがリュドヴィックだ。
王家を守る訳でもなく、自身が王太子に相応しいとアピールする訳でもない公平な態度であの場を見事に収めたリュドヴィックは、本人が望まないのに『まどろみ王子』を勝手に返上させられていた。
貴族や平民の間では早くも、見目麗しいリュドヴィックが王太子になることへの期待が高まっている。
「これほどまでに愚かなことをした理由はなんだ?」
王は声を荒げたりはしないが、五人に対する失望と怒りを隠さない苛立った声だ。
自分が一番大事な王にしてみれば、自分の失態ではないのに自分の治世に傷がつくことが許せない。例えそれが自分が情勢を把握できていなかったがために起きた事件でも、自分以外には興味のない王にしてみれば自分の足を引っ張られたとしか感じられないのだ。
王は何も言わない二人に痺れを切らし、保護者達に視線を移した。
「なぜこんな馬鹿な真似をさせたのだ?」
今度は大人三人に言葉をぶつける。
もちろん誰も答えることはない。答えれば答えた分だけ、王の怒りを買うからだ。それだけ中身のない愚かな争いだった。
王もそれが分かっているから我慢がならない。こんな下らないことで、自分の価値を下げられるなんて許しがたいことだ。
王はまずフェリクスに怒りをぶつける。
「婚約破棄などという第三者の好奇心をくすぐる言葉をわざわざ使って、自分の浮気を宣伝する必要がどこにあるんだ? エドメを見返したいなら、他にやることがあっるだろう? その程度の能力で王太子が務まると、本気で思っているのか?」
王のその言葉で、手にしていたはずの王太子の座が崩れ落ちて行くのが見えた。フェリクスは身体中から力が抜け、何も考えられない。
次はエドメだ。
「王太子妃は王太子妃でしかない。女王になどなれるはずがない。何を勘違いしているのだ。フェリクスごときと比べて能力が高いと鼻にかけている時点で底が浅くて話にならんわ! ましてや、一芝居うって王族を嵌めようなど、思い上がるのも大概にしろ! 随分と多くの令嬢からお前の行いに対する苦情が届いているようだから、一人一人に詫びて許しを乞うてくるがいい」
エドメはあまりのショックに涙も出ない。身体の機能が全て停止したのか、ただ茫然と何も考えられないまま座っているだけだ。
最後の三人に行き着いた時には、王の怒りは留まることを知らない状態まで膨れ上がっていた。
「いい年をした大人が子供を使って権力争いをした結果がこれか? 子供の評判も王家の評判も落とした落とし前は、どうつけるつもりだ?」
王を蔑ろにして自身の権力を増大させようと画策していたことがばれたのだ。三人の大人は、何も言えず固まったまま動けない。
「責任ある立場にある者が、子供と同じように扱ってもらえると思うな! どう落とし前をつけるつもりだ? 答えろ!」
子供同様に何も言わない三人に、王の怒りが爆発した。
タシュ侯爵が一番最初に動き出し、「全てを息子に任せ、私は隠居いたします」と床に頭をこすりつけて許しを請う。
「お前の隠居ごときが落とし前になるか! 私の治世に損失を与えたのだ、もっとまともな対価を示すのが当たり前だろう」
タシュ侯爵には、王の言っている意味が分からない。賠償金を支払うにも、毎年国に治める額を考えるとたかが知れている。何が対価になると言うのだろうか? まさか……。
「私の命で、陛下の怒りを鎮めることができるなら……」
タシュ侯爵は首筋がうすら寒く、体中の水分が冷汗となり流れ出ていくのを感じた。
しかし、王はタシュ侯爵の決死の覚悟を鼻で笑った。
「お前ごときの命で償えるか! 領地替えだ。北の山間部にある王領に移り、三年以内に豊かな土地にしろ」
王は事も無げに言ったが、北の王領は人が住むのもままならない極寒の土地だ。夏でも雪が残っている場所があると聞く土地で植物が育つとは思えない。事実上、死の宣告を受けたようなものだ。
「本来なら爵位も身分も返上させたいところだが、王妃がいる手前それもできない」
そう言われた王妃は隠れてホッと息をつく。兄には悪いが自分は今まで通り暮らせそうだと胸をなでおろしていた。
だが、王の言葉が王妃の安堵を切り裂いた。
「さっさと離縁したいところだが、離縁は私の経歴に傷がつくからな。タシュ侯爵に北の土地に離宮を作ってもらい、お前はそこで病気療養しろ。もちろん王家は、金など出さない。贅沢など二度と考えるな」
王妃の手から滑り落ちた扇子が、絨毯の上で音もなく跳ねた。
「モンフォール家は爵位返上身分剥奪とする」
王はモンフォール侯爵を一顧だにせず言い捨てた。
モンフォール侯爵は、声もなく崩れ落ちた。
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読んでいただき、ありがとうございました。
本日二話目の投稿です。
残り三話です。
ここから本当のざまぁが始まりますので、引き続き読んでいただければ嬉しいです。
よろしくお願いします。
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