46――信頼


 試合終了のブザーを聞きながら、なんとか勝てたことを認識して安堵のため息をついた。


 少ない残り時間に10点のビハインド、通常なら勝てないと諦める状況だった。それをどういうわけか女になった代わりに得たシュート能力がひっくり返したというのは、なんという皮肉か。


 オレにとってのはじめてのインターハイは、2日目から始まった。1日目は開会式と午後から1回戦が行われていたのだが、オレたち松風高校は昨年のインターハイは準々決勝で敗退しているのでシード権をもらえていた。だから自分たちが当たるかもしれない高校の偵察に時間を使ったり、体を休めたりした。


 2日目は1年生なのだからと、ドリンクやタオルの準備をするマネージャー先輩の手伝いをしようと思っていた。しかし一緒にベンチに座っていた先輩たちに『ひなは大人しく座ってなさい』と問答無用だった。まぁ体力ないしね、ただでさえ動ける時間が短いのに余計なことで体力を使うなと言われれば黙って従うしかない。


 結局2回戦は出番はなく、3回戦でようやくインターハイで初めて試合に参加することができたのだった。


「ありがとうございました!」


 審判の礼を促す声に、対面で向かい合う相手校に向けて頭を下げる。昨年優勝校というだけあって、本当に強かった。プラス5センチぐらいの誤差はあれど、オレと同じぐらいの身長の選手が4人。この4人はドリブルで切り込むこともできるが、スリーポイントも得意というオールラウンダーを揃えていた。


 そしてうちの部長と同じように、175センチぐらいの女子にしては長身の2年生。彼女はディフェンス特化なのか、うちの部長を力の限り抑え込んでいた。ただ部長の突破力はゴリラ並なので完璧に抑え込むのは不可能だったようで、何度か彼女のディフェンスを部長が粉砕していたのを見た。


 部長が攻撃の起点になれなくて、うまく波に乗れない松風。それでも点数を重ねるが、相手はスリーポイントシュートも織り交ぜて得点してくるのでジリジリと点数が離される。


 そんなプレッシャーのかかる場面で1年生のオレが投入されたのだが、本当にオレがひなたの設定みたいに試合経験がほぼない女の子だったら、そのプレッシャーに泣いていてもおかしくないぞ。中学時代から全国大会に出場してたオレだから、こうして冷静に試合に臨むことができた訳だが。


 しかし監督から超ロングシュートの練習をさせられた時には、正直なところ役に立つかどうかは半信半疑だったがこうもピッタリハマるとは。もし自分が逆の立場で、相手が敵コートからロングシュートを打ってくる場合、対応策としてはリバウンドを取ってカウンターを仕掛けるぐらいしか思い浮かばないもんな。


 シューターとの距離が近いなら素早く接近してシュートを打たせないようにディフェンスするという手もあるけど、大抵切り込んでくる相手選手を警戒して自陣の深いところに戻るフォーメーションで普段から練習しているだろう。急に違う動きをすればフォーメーションも崩れるし、下手したらインサイドから大量に点を取られかねない。


 そんなジレンマで動きが取れなくなっていたからこそ、逆転した上にさらに点数を安全圏まで増やすことができた。強豪校なら何か対抗策を考えてくるかもしれないが、今はこの勝利を喜ぼう。次は準決勝だが、もしかしたら決勝進出や優勝だって狙えるかもしれないし。


 更衣室で汗でビチャビチャに濡れたインナーを着替えて、準決勝へ向けての軽いミーティングに臨む。ここまで来て新しいことをしても付け焼き刃にしかならないので、基本的にはこれまで練習したことを試合で出し切ろう。自分の役割を丁寧にこなそう、という再確認に終始した。


「河嶋、準決勝には出られそうか? この大舞台で観衆の目もある、普段よりも体力を削られているだろう。多少のインターバルがあるとはいえ、全国大会を経験したばかりの1年生にとっては体力的にも精神的にも削られる厳しい環境だと思う。そんな中でもいつもと同じ精度でスリーポイントを決められるか?」


 この監督は一見ちゃらんぽらんで思いつきみたいな指示を出すくせに、実のところ生徒たちをよく見ていると思う。出場した時間はわずかな時間だったが、監督の言う通りに結構な勢いで体力を削られた。きっと男の頃の自分だったなら、この程度のプレイで疲れるなんてことはなかっただろう。


 入学したての時に対戦した部長との1on1を思い出すと、今の距離より短かったにもかかわらずシュートを外したことがあった。どうやらひなたの体は虚弱な体に引きずられるように、メンタルも男だった頃に比べると少し弱いようだ。それと右腕がジンジンと少し熱を持っていて、痛みはないけれど今日はこれ以上酷使すると明日筋肉痛が起こりそうな気がする。


 そんなオレが現在の状態でいつもの精度が必ず出せるかと尋ねられれば、首を横に振らざるを得ない。


「正直なところ、自信はないです。でもさっきみたいに後半で点差が開いていた際は、躊躇せず試合に出して欲しいと思います。せっかく勝てるかもしれないチャンスがあるのに、そのための武器が自分の手の中にあるのに、黙って見ているだけなんて嫌です」


 オレがひとりで試合をしているなら諦めるしかないが、コートの中には頼れる先輩たちがいる。もしもシュートを外したとしても部長がリバウンドを必ず取ってくれるし、まゆが部長からのパスを受け取って必ず相手ゴールに押し込んでくれるだろう。副部長もスリ―ポイントラインの一歩後ろにポジショニングして、外からシュートを撃って得点してくれると思う。


 そんなオレの言葉に監督は頷いて、それからじっくりと先輩たちの顔を見回した。そしてニヤリと挑発するような笑みを浮かべると、監督は口を開いた。


「1年生がここまで覚悟を決めているんだから、先輩としては負けてられないよな!」


「はい!」


「次の準決勝に勝ち上がってくるまで、河嶋のシュートには助けられてきた。本当なら県予選の決勝で、このチームの夏は終わっていてもおかしくなかった。そして今日の三回戦もあのままだと負けていた可能性が高い」


 それは先輩たちにとっては耳が痛くなるぐらい、厳しくも正しい言葉だったに違いない。少し悔しそうな表情を浮かべた後、監督の顔をじっと見つめていた。


「だから今度は、お前たちがそのお返しに河嶋を決勝戦に連れて行ってやれ。それだけの実力はちゃんと備わっている、自分たちの力を信じて真正面からぶつかってこい」


「はい!」


 監督の思いのこもった言葉に先輩たちは力強く返事をして、試合会場に向かうための準備を始めた。きっと準決勝では先輩たちの思いを汲んで、オレの出番はないと思う。でもいつでも試合モードに切り替えられるように、気持ちだけは作っておこう。万が一があった時に、準備ができてない方がきっと後悔するだろうし。


「よし、そろそろ行くわよ!」


 監督の号令に合わせて、ゾロゾロとその後ろをついていく先輩たち。近くにいた人たちは、ポンとそれぞれオレの背中や肩を軽く叩いてから歩き出す。部長はオレの頭をクシャクシャと軽く撫で回し、最後にまゆがオレの右手を自分の左手で軽く握った。


「大丈夫、勝ってひなたちゃんを絶対に決勝戦のコートまで連れて行くから」


 表情に自信を滲ませたまゆの言葉に、オレは自然とこくりと頷いていた。そのまま手を引かれて準決勝の試合会場まで一緒に歩く。途中でイチたちとすれ違ったが、残念ながら男バスは3回戦で負けてしまったそうだ。落胆混じりの『頑張れ』というエールは、果たして先輩たちのテンションを上げたのか、それとも負けるかもしれないという現実を思い出させたのか。


 結果として相手校もこちらと同じくインファイトを得意とするチームだったので、ガチの殴り合いみたいな点の取り合いで観客が非常に沸いた試合だった。部長とまゆが率先して点を取り、副部長がうまいタイミングでスリーポイントを打って、少しずつ相手を突き放していく。


 本調子でなくとも、声は出せるのだ。オレは出せるだけの声を出して応援したので、試合終了の時には少ししゃがれてしまっていた気がする。


 最終的に4点差という接戦で、松風高校は決勝に進むことになった。試合が終わり相手校に礼をした先輩たちが、ベンチに戻ってきてオレをもみくちゃにしたことは言うまでもない。

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