45――三回戦(第三者視点)


「入った! ここで伏見女子が松風を突き放しにかかります。厳しいマークをうまくかわしてからのシュート、難易度の高いプレイがここで炸裂!!」


「これはチームメイトもテンションを上げざるを得ないでしょうね、完璧なシュートでした」


 アナウンサーらしき風体の男性がテンション高く言うと、隣に座る筋肉質な男性も楽しそうに相槌を打つ。ここでブーッと大きな音でブザーが鳴り、両校の選手がベンチに集まっていく。


 伏見女子74点、松風高校が64点。終始激しい点取合戦が繰り広げられるこの試合、いつの間にか10点ものビハインドがついていた。


「奇しくも昨年の三回戦と同じ対戦カード、このまま伏見女子が連勝するのか。それとも松風が逆転して昨年の雪辱を果たすのか。見所ですね、佐々木さん」


「そうですね、どちらも強豪として素晴らしい実力を持っていますからね。10点差とはいえ、引っくり返る可能性も十分にあります」


 実況と解説がそれぞれコメントしているうちに、再度ブザーが鳴る。タイムアウト明け、松風高校の選手がひとり交代されていることに実況が気づいた。


「どうやら松風高校、選手をひとり入れ替えたようですね。背番号21番、手元の資料によると1年生のようです」


「後半の残り時間も半分を切ったこの状況で、1年生の投入とは思い切りましたね」


「試合経験は県大会の決勝戦の1度きりのようです、2度目の出場がこのインターハイの大舞台。本人の緊張は如何ほど……ああっ!?」


 実況が交代選手の情報を読み上げていた途中で、いきなり大きな声を上げた。なんと先ほど交代したばかりの1年生が自陣ゴールに近い位置から、ロングシュートを高い軌道で放ったのだ。


 会場が水を打ったように静かになり、誰もが相手ゴールに向かうボールを目で追っている。入るはずがないと自陣のゴール下に集まり、リバウンドのために体勢を整える伏見女子のメンバー。


 だがしかしその思惑を打ち破るかの如く、バスケットボールは伏見女子のゴールリングを突き抜けた。信じられない光景に、観客の歓声がワッと会場内に響き渡る。


「交代してすぐ、超ロングシュートを決めました。松風高校、背番号21番の河嶋ひなた。なんと1年生です、ラッキーシュートだったとしてもこれは大きい。一気に点差を詰めた」


「……ラッキーではないかもしれませんね」


「佐々木さん、それは一体どういうことですか?」


 思案顔で小さく呟いた解説者に、実況は喰い付くように尋ねる。


「河嶋さんが打ったシュートがまぐれであれなんであれ、松風高校側にとっては敵陣深くに切り込むチャンスだったはずです。得点できなくてもキャプテンの綾部さんが長身を活かして、ゴール下でリバウンドしたりタップシュートで押し込んだりを考えるでしょう。しかし松風高校のメンバーは浅い位置でボールの行方を見送っていました、まるでシュートが入ることがあらかじめわかっていたかのように」


「つまり、今のシュートは狙ったものだったということですか?」


「現時点ではっきりそうだとは言えませんが、もしもこの後も彼女がロングシュートを打ってそれが入った場合はそうなんでしょうね。展開を見守りたいところです」


 解説の佐々木がそう言ったところで伏見女子が放ったシュートが外れて松風の主将である綾部が、ルーズボールをしっかりとリバウンドする。そこから流れるようにエースである井上にパスを出し、井上はそのままコートの中央より少し自陣寄りの左サイドに立っていた河嶋ひなたに速いパスが渡る。


「ひなたちゃん!」


 先輩の呼びかけに応えるように河嶋は流れるような無駄のないフォームで、またも超ロングシュートを放った。相手チームのゴール下には敵も味方も誰もいない。慌てて戻る伏見女子メンバーと攻め入る松風メンバー。しかし彼女たちが伏見女子ゴールに戻り切る前に、ボールがゴールリングのど真ん中を通り抜けた。これで2本目、信じ難いことだがどうやら本当にこの2本のシュートはまぐれではなく狙ったものだったらしい。


「これは……目の前で起こったことがまだ理解できていませんが。もしかしたら、河嶋選手は超ロングシュートを武器にしているということでしょうか?」


「確かにここまでのシュート2本、彼女のポジション取りや味方の動きもそれを前提に動いていたように思えますね。偶然という可能性もまだありますが、これは伏見女子は厳しくなりますね」


 解説の佐々木が言うように、伏見女子のメンバーの動きからは動揺が見て取れた。その隙をついて、井上まゆがボールをスティール。稲妻のようなスピードで相手ゴールを目指して切り込んでいき、ひとりでゴールを決めた。


 この時点で松風のビハインドは2点、なんとしても突き放さなければと焦る伏見女子のオフェンスを松風メンバーは堅牢に防いだ。ボールを奪い取ると、高速のパスが河嶋ひなたへと飛んでいく。1年生ならば慌てても仕方がないと思えるような状況だが、彼女は冷静にそれをキャッチして何の気負いもない様子で3度目のロングシュートを放った。


「入ったーっ! 松風の河嶋、これで3本目。まるで精密射撃のように、ゴールドリングを突き抜けた!! そしてこれで松風高校が逆転、1年生があっという間に試合を振り出しに戻しました」


「これはもう偶然とは言えませんね、河嶋さんは明確に狙ってロングシュートを打っていると思われます」


「なるほど、ちなみにそう思われた根拠はなんでしょうか?」


「ひとつめはシュートを打つ時のスピードですね、狙いをつけてボールを放つところまでのスピードがとても早い。これは何度も反復練習をして身につけたと思われます。ふたつめはボールを遠くに飛ばすための体の使い方を、ちゃんと会得しているところですね。彼女の華奢な体でぶっつけ本番でロングシュートを打ったところで、まず届かないでしょう。膝をトリガーに全身を使って、発射台のようにしてシュートを打っているのではないかと」


 元日本代表選手だった佐々木が解説しているうちに、更に得点を量産していく河嶋ひなた。ありえない光景に観客席もざわつき、昨年の優勝校である伏見女子も点を取り返そうと猛然と攻める。しかし試合の流れというか、勢いは松風高校が持っていた。点を取られても取り返し、ジリジリと点差を離していく。


 結局試合終了のブザーが鳴る頃には松風が92点、伏見女子は80点と逆に12点差をつけて勝利していた。コートの中央で礼をし合った後、この勝利の立役者になった河嶋ひなたは先輩たちにもみくちゃにされていた。それを実況席で見ながら、実況アナウンサーは解説の佐々木に尋ねた。


「彼女のシュートを止める場合、佐々木さんだったらどんな方法を考えつきますか?」


「そうですねぇ、河嶋さんがシュートを打とうとしてから止めに行っても間に合わないですからね。ボールを受け取ってからシュートを放つまでのスピード、あれは脅威ですよ。とりあえず彼女が出てきたら、マンツーで徹底マークできる選手をひとり付けるぐらいしか今は思い浮かびません」


「出場時間が短かったのと彼女の役割がはっきりしていたので、対策を立てるデータが不足していますからね。次の試合も出場するのか、非常に楽しみです」


 あれだけの成功率を誇る選手を、何故短時間だけしか出場させないのか。フルタイム出場させていれば、もっと点差を離して勝つことも難しくはなかっただろうに。会場の中ではそんな風に考えたバスケ関係者も少なくはなかったが、なにしろ選手本人の情報が少なすぎてその問いへの自分たちなりの答えを出せる者はいなかった。


 とにもかくにも、昨年優勝校を破って準決勝進出を決めた松風高校のインパクトは大きい。河嶋ひなたが明日も試合に出るのであれば、今日よりもさらに判断材料は増えるだろう。


 本日は解説担当で呼ばれた佐々木も、明日からはフリーだ。本来ならば東京へ帰るつもりだったが、次の松風高校の試合を見てから帰ってもいいだろう。これまでのバスケットボールの定石とは違い、遠くから正確無比なシュートでゴールを狙うというプレイを見事に実現させた少女。そんな彼女へプロチームでコーチに就いている佐々木が興味を抱くのは仕方がないことなのかもしれない。


 佐々木や強豪大学のスカウトが注目しているとはつゆ知らず、話題の中心になっている少女は先輩たちに囲まれながら照れたように笑みを浮かべているのだった。

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