21――勝負の結果
「これでノーミス30本目!? ちょっとマジで50本入れちゃうんじゃない、コレ!」
「監督があれだけ自信満々でベンチに入れるだけはあるってこと?」
リングに触れもせずに中心をボールが通り抜ける事30回、周囲からはそんな声が聞こえてくる。というか、うちの学校でやった練習試合にちょこちょこ出させてもらってた時に、オレがシュートを打つ姿は見てたはずなんだけどな。ちなみに練習試合では8本打って全部入ってるから、試合でのスリーポイントシュートの決定率は100%だったりする。
もちろん目標はそのままずっと100%を目指すけど、そう簡単に決めさせてくれる相手ばかりじゃない。段々と確率が落ちてくるだろうけど、できれば最低でも7割は決めていきたい。10本打って7本決まれば21点を一人で稼ぎ出せる計算になり、チームの勝利に大きく貢献できるのだから。
というか、女バスのメンバーは別にいいよ。自分達の公式戦での控えメンバーに席がひとつ空くかどうかの大事な場面だし、もしかしたら次に選ばれるのが自分かもしれないと思ったら食い入るように見てしまうのは仕方がないと思う。
しかし途中から入ってきた男子メンバーよ、お前らはウォーミングアップの手も止めて何をやっているのかと。その中にはイチもいて、何やら満足そうな表情で両腕を組んで偉そうに体育館の壁にもたれかかっていた。まるで『ひなたは俺が育てた』とでも言いたそうな雰囲気だが、お前に育てられた覚えはないからな。一緒に練習を重ねて成長してきた覚えはあるが。
そんなことを考えているうちに、また一本シュートが決まる。湊だった頃はロングシュートが大の苦手だったのだが、ひなたになってからはこの程度の距離でフリーならば正直なところ外す気があんまりしない。前にも考えたのだが性別が反転した結果、苦手分野が得意分野に反転してしまったのかもな。その証拠に男の頃はフィジカルが自慢だったけど、今や体力に不安のある筋力もない女子だし。
サクサクとクイックモーションでシュートを打っていると、女バスのあんまり知らない先輩から『あの子、緊張って言葉を知らないの?』って言葉が聞こえたけど失礼な。オレだってちゃんと緊張すべき時にはする、ただそれが今じゃないってだけなんだよな。でも1点差を競うような試合だと緊張よりもヒリヒリした熱い気持ちになるし、もしかしたらオレって緊張とは無縁なのかもしれないけど。
段々と手が重くなってきて、ちょっと力加減を間違えそうになる。いくら腕の力だけじゃなくて膝を使って全身でシュートを打っていると言っても、50回近くも繰り返せばこの非力な体には結構な負担になる。この動作が膝を刺激して、もっと身長が伸びて欲しい。希望としては160センチ半ばぐらいは欲しいんだが、あと10センチも果たして伸びるのだろうか。
集中力が欠けてきたのか雑多な思考が増えてくると、ボールがリングに当たる事が増えてきた。それでもリングの上をクルクルと回ったり、跳ねたりしつつもなんとかリングの内を通り抜ける。
「あと3本!」
突然大きな声がして、女バスも男バスも見学していた全員が声の主に視線を向ける。その先にいたのは、イチだった。あいつ、オレの意識がぼんやりし始めてきたのに気付いて、大声を上げたのか? いや、多分応援の気持ちもあるんだろうが、目立ちたかったんだろうな。
そしたらイチに続くように、男バスのヤツ等が『頑張れ!』とか『あと3本!』とか声を出してくれた。なんか中学の頃の公式戦の雰囲気を思い出して、頭に薄くかかった霞みたいなものが薄くなっていく。なんか全国行きの切符が掛かった最後のフリースローみたいな空気になっているが、監督のメンツとオレのベンチ入りだけが掛かった部内でのただのお遊び勝負なんだよな。でもこの空気に飲まれるように、まゆを皮切りに女子部の子達まで応援の声を出し始めた。ひとりだけ空気に乗り遅れた気分で、少し恥ずかしく思いながらシュートを打ち続けた。
最後の一本がリングに吸い込まれるように通り抜けた後、ワァッと周囲から歓声が上がった。ただシュート練習を黙々とするだけならここまで気疲れはしないだろうけど、これだけの人数に注目されながら一本も外さないようにシュートを打つというのは何倍も気力も体力も消耗する。それを思い知った気分だった。
いつも仲良くしてくれている同級生のあかりちゃん達とまゆが、走り寄ってきて身体を支えてくれた。そこまで辛い訳ではないのだが、触れる肌の暖かさが疲れを癒やしてくれているような気がしてされるがままになっておく。べ、別に柔らかい感触に下心がある訳じゃないからな。
そうしていると男子部の監督が体育館に来たみたいで、まるで天敵に見つかった小動物みたいに男子部の部員が飛び跳ねるようにして監督の前に集合している。オレ達も監督の前に集まって、彼女が話すのを待った。
「さて、勝負は私の勝ちだな」
そう言って齋木監督はドヤ顔をした。いや、勝ったのはオレなんだがと言いたくなるが、こういうタイプには言っても無駄だから口を噤んでおく。
「8割入れれば良かったのに、まさかパーフェクトとはな」
感心しているのか呆れているのか、監督はオレの方を見て苦笑しながらそう言うと、部員全員の顔を見回して言った。
「練習だから入って当然とか、試合で決められるかどうかわからないとか。そういう負け惜しみは言わないでくれよ、河嶋はきっちりとチームに貢献できる実力を示した。もしもそれでも納得ができないなら、少なくとも河嶋と同じ状況で同じ結果を出してくれ。見ててやるから」
その言い方は指導者としてどうなんだと思うけど、部長達3年生やまゆがうんうん頷いているから普段からこういう感じなのだろう。
そんな監督に呆れつつも、昨日不満を漏らしていた先輩やそれ以外にも同じ気持ちを抱いていた人達には、どうか他人を蹴落とすよりも自分の実力を伸ばす方向で頑張ってほしいと思う。
オレのこのシュート力も自分の努力で手に入れたものではないけど、せっかくだからたくさん練習してもっと伸ばしていきたい。例えばどんなに厳しいマークがついても、それを越えてシュートを決められるように。または今よりも長い距離での決定率をあげられるように。向上できる点はまだまだいくらでもあるからな。
なんて偉そうなことを考えているけど、ベンチに入れるだけで試合に出られるかどうかはわからないんだから、オレももっと頑張らないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます