20――合宿2日目の朝と目覚めのぬくもり


 ミーティングが終わった後、部員達の間に流れる空気はすごくピリピリしていた。


 3年生の中には『気にしなくていいよ』とか『全員があんな風には思ってないからね』とオレを励ましてくれる先輩が何人かいたけど、2年生からの視線が痛い。


 たくさん運動した後だから普段だと美味く食べられるはずの夕飯の味がわからなくなるぐらいで、本気で消化不良を起こしそうだった。


 チクチクと視線が身体に刺さるみたいに感じて、本当に面倒くさい。とりあえず食事をさっさと済ませた後は消灯まで自由時間なので、オレはとっとと歯を磨いて化粧水だけ顔に馴染ませてから素早く布団の中に入った。寝てしまえば雰囲気とか視線も関係ないしな、こういう時はさっさと寝るに限る。


「ひなたちゃん、もう寝ちゃうの?」


 いつの間にか隣の布団にまゆが潜り込んでいて、寝転んだままそう尋ねてきた。病室では女性と同じ部屋で寝たりして一緒に生活してきたけど、腕を伸ばせば届く距離に誰かが寝ているのは初めてだな。そんな事を考えながら、オレはこくりと頷いた。合宿初日ということもあって基礎練習多めのメニューをこなした後で、この精神的にゴリゴリと削られる視線攻撃だ。心身共に疲労するのも当然と言えるだろう。


 オレの目がショボショボとしているのに気付いたのだろう、まゆもそれ以上は話し掛けずにそっとしておこうと思ったのか、おやすみと言ってから布団を掛け直してくれた。それからすぐに意識が暗闇に落ちていって、眠りに落ちたようだ。


 夜中にトイレに起きる事もなく、目が覚めたら次の日の朝だった。ゆっくりと目を開けると、隣の布団で寝ているはずのまゆが、何故かオレと同じ布団で寝ていた。しかもガッシリとオレの身体をホールドしているから動くこともできない。ちょうど胸の位置に頭を抱え込まれているので、ちょっと息苦しい。なんだろう、オレを窒息させるつもりだったのだろうか。


 仕方がないので腕を頑張って動かして、まゆの身体を軽く叩いたり揺すったりして起こそうとした。なかなか起きてくれなかったのだが、しばらくするとようやく意識が浮上してきたのか『うー……むぅ?』と呻いてから薄く目を開いた。


「……どうしたのー、ひなたちゃん。といれー?」


「いえ、確かにお手洗いにも行きたいですけど。もう朝ですよ、先輩」


 寝ぼけた声で言うまゆに思わず冷静に返してしまったが、問題はそこではない。とりあえず動けないので離して欲しい事を告げると、まゆは何故か名残惜しそうにオレの身体から離れた。


「そもそも、なんでまゆ先輩が私の布団で寝てるんですか? 先輩の布団はおとなりですよね?」


 どうやらまだほとんどの部員が寝ているみたいだから、小声でボソボソとまゆを問い詰める。


「私達が寝ようとしたら、すごく気持ちよさそうに眠っているひなたちゃんがいたから、布団の中も暖かそうだったしつい……」


 まゆの言い訳を聞いてみたけど、まったくもって理解ができなかった。しかしいくらグッスリ寝ていたとしても、全然気付けなかった自分に驚いてしまう。そりゃあ暖かかっただろうね、オレの体温で程よく温もっていただろうし。


 オレがジトっとした視線を向けた先には、眠そうにまゆが小さくあくびをしていた。一体何時まで起きていたんだろう、この先輩達は。合宿じゃなくてパジャマパーティだと勘違いしているのではなかろうか。


「色々話してたらさ、あっという間に深夜だったの。でも今日の夜はぐっすり眠れそう、練習中にフラフラしないかちょっと心配だよ」


「無理はしないでくださいね。体調が悪くなったら、監督とか……私でもいいので、教えてください」


 オレがそう言うと、まゆは『ありがとう』と言ってそっとオレに抱きついた。いや、だからブラもつけていない胸を、オレの顔に押し付けるのはやめなさい。


 そうやってオレとまゆがジャレていると、他の先輩達や同級生も起き出してきた。布団をそれぞれ畳んで片付けて、着替えや洗顔などを済ませる。なんだろう、なんか皆こっちをチラチラ見てくるな。不思議に思ってオレがそっちを向くと、まるで悪い事をしているのが見つかったみたいに急いで視線を逸らしてくるし。


 昨日の監督の話が尾を引いているのか、それともそれ以外の理由なのか。前者だったとしたらオレには気にしないことしかできないし、後者はもうまったくもって見当もつかない。なのでオレはあくまで自然体で、普通に過ごす事にした。オレが何か悪いことをした訳でもないしな。自分の行動が原因ならそれを直したりして改善もできるけど、この状況では何もできない。


 でもまゆ以外にも、コソッと励ましてくれる人達もいるから人間関係って捨てたもんじゃないなとも思う。仲良くしてくれている同級生4人組が普段通りに声を掛けてくれたり、他にも部長とか副部長とかが背中を優しく叩いてくれたり。もしかしたら皆が気まずそうにしているのは、部長達がオレが寝た後に何か言ってくれたからかもしれないけどね。実際のところはよくわからんけれども。


 朝食を終えて身支度や体育館へ持っていく物をバックに入れたり準備してから移動し、準備運動代わりにストレッチやランニングなどをこなす。筋トレをしている最中にようやく監督が体育館に姿を見せて、オレ達を集合させた。


「それでは、早速始めようか。河嶋、練習は必要か?」


 そりゃあ今日の調子がどうかを見ておきたいから普通は欲しいでしょ。と胸中で呟きながら余計な事は言わずに『お願いします』とだけ言った。ゴール下に部長が立って、直接パスをオレに送ってくれるみたいだ。早速ボールが緩いスピードで飛んできて、それをキャッチしてから気負いもなく軽くシュートを打つ。


 『シュパ』とネットとボールが擦れる音がして、ボールがトントンとコートを跳ねる。今日も調子がいいことを確認して、部長からのパスを受けてあと数本シュートを打った。フリーの状態でスリーポイントライン付近から打つなら、あんまり外す気がしない。その証拠に打ったシュートは全部ゴールに吸い込まれていった。


 短い練習を終えて、いよいよ本番に入る。連続で50本、スリーポイントシュートを決められるかどうか。勝手に決められた勝負とはいえ、やる前からどうせダメだろうと諦めるつもりはない。


「それでは始めようか。結果がどうなっても、これは勝負だからな。後で文句を言うのは禁止で。それでは、始め!」


 監督のそんな締まらない開始の合図が体育館に響く。それを聞いてから、オレはまるで湊だった頃の試合中と同じぐらいに集中して、丁寧に最初の一本目のシュートを打った。

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