22――イチについてと睡魔と戦うひなた


 今日もまた午前中は持久力・フットワーク練習と筋トレをこなして、昼休憩に入る。


 食堂に行って休日出勤してくれたおばちゃん達が作ってくれたお昼ごはんを食べてから、体育館の入り口にある段差に座って同級生や先輩達と駄弁りながらぼんやりする。外で太陽に当たりながらペットボトルのカフェオレを飲んでいると、ジワジワと眠気が襲ってくる。マジで体力がないのが目下の悩みだな。今のままだと試合で全力を出してそのパフォーマンスを保てるのは、どんなに多めに見繕っても前半か後半のどっちかだけだな。


「……なんで私の頭を撫でてるんですか、まゆ先輩?」


「眠いのガマンしてたのに、油断してコックリコックリしてるひなたちゃんが可愛かったから」


 オレが尋ねると、まゆは満面の笑顔でそう答えた。なんだろう、まゆって妹とか年下に優しくしたいタイプだったのかね。その割には中学の頃を思い返してみても、そんなに後輩を猫可愛がりしてた記憶が全然ないんだが。もちろん後輩達には普通に優しく接してたし、逆に彼女達もまゆのことをちゃんと尊敬して懐いてる感じだったけどな。


 なんて返せばいいのやらとオレが言葉を探していると、他の先輩が『そう言えば』と別の話題を振ってきた。


「さっきびっくりしたよね、まさか男バスの連中があんなに声出して応援してくるなんてね」


「ひなたちゃんが可愛いからでしょ、あいつらそうじゃない女には露骨に態度違うからね」


「まぁまぁ……そんなツバを吐き捨てそうな顔で言わなくてもいいでしょ」


 眉間にギュギュッと寄って不機嫌そうな表情で言ったまゆを、隣の先輩がなんとかなだめている。なんか男子に嫌なことをされた思い出もあるのだろうか、今度聞けそうなら話を聞いてみようかな。


「でもあの寡黙なイチ君が、あんなに大きな声を出すとか思わなかったよ。たまにひなたちゃんとなんか喋ってるよね、実は付き合ってたりする?」


「……うぇ?」


 理解不能な質問が先輩から飛んできて、オレは思わず理解できずに変な声をあげてしまった。


 なんだって、オレとイチが付き合ってるとかなんとか? あまりにもあり得ない話で大笑いしてやろうかと思ったが、こういう時って苦笑すら浮かばないんだな。なんというか呆然としてしまって、次の言葉も口から絞り出せなかった。


「ひなたちゃんがイチなんかと付き合うはずなんでしょ! そんなの私が絶対に許さないんだから、今後は絶対に近付けないし話もさせません!!」


 まゆが右手をグッと握って宣言すると、オレをギュッと抱きしめた。いやいや、イチはオレの親友だから。これからも普通に話すし、この間のアザの件はあいつもちょっと力加減を間違えただけで危険はないんだよ。


 それよりも、さっきおかしな単語が聞こえたな。イチが寡黙だとか聞こえたんだが、ウソだろ? 少なくともオレが休学するまでは普通にふざけたりもしてたし、どっちかと言うとうるさすぎて監督やコーチに怒られてたヤツだったのに。


「どうしたの、ひなたちゃん?」


 胸元に抱え込んだオレが動かないのを不思議に思ったのか、少しだけ身体を離してまゆが不思議そうに見下ろしてきた。


「あの、イチ先輩が寡黙って……人違いじゃないですか?」


 オレがそう尋ねると、まゆが不意打ちを食らったかのように『ぶふぉっ』と吹き出して口を抑えた。そりゃあ、まゆは中学時代からオレ達と一緒にバスケやってるんだから、同じ違和感があるはずなんだよな。しかしそんなに笑わなくても、とちょっとだけイチを不憫に思いながら悶えるまゆを見つめる。


「ああー、そう言えばひなたちゃんは中学時代のあいつを知ってるんだよね。寡黙とか聞くと全然イメージが違うかもしれないけど、湊くんが学校に来れなくなってからあんまり喋らなくなってね」


「そうなんですか……湊お兄ちゃんがいなくなって、寂しかったんでしょうか?」


 心配も掛けただろうし、チームで一番仲が良かったヤツが急に連絡もなくいなくなったら寂しくも思うだろう。もちろんオレのせいではないのだが、それでももっと連絡とか密にしてやればよかったな。いや、こっちもそこまでの精神的余裕がなかったから、もしあの頃にイチの状況を知っていたとしてもフォローできなかっただろうけど。


「私だって寂しく思ったんだから、イチはもっとそれを感じていたんじゃないかな。事情も伝わってこなかったもんね……でもだからといって、湊くんの親戚であるひなたちゃんに馴れ馴れしいのは許せないけど」


 ああ、一瞬イチに対する同情っぽいもので穏やかになっていたまゆの顔が、再び般若のような表情に変わってしまった。まゆからしてみれば、こないだのオレの手首の跡がイチのものだと確信しているようで、知り合いだったとしても乱暴するような男を近づける訳にはいけないと正義感を滾らせているのだろう。優しいし後輩愛に溢れるいい先輩だが、たまにこうして暴走するのが玉にキズだな。


 ほら、周りの先輩や同級生達もちょっと引いてるだろ。こっちに逃げておいで、と先輩のひとりが手招きしてから両手を広げてくれたが、逃すまいとまゆがオレの身体をぎゅうっと抱きしめ直した。これがしかしまわりこまれてしまったっていうヤツだな、まぁ柔らかいしあったかいし。こういうまわりこまれ方なら大歓迎だが。


 午前中の練習の疲れと柔らかさとあったかさで寝てはいけないと思いつつも、またまた襲ってきた睡魔が怒涛の勢いでオレの脳みそを陥落させて、まるでモニターの電源が切れる時みたいに目の前が真っ暗な闇に包まれてしまった。まぁ午後の練習が始まったら、誰か起こしてくれるだろう。ってことで、少しの間おやすみなさい。

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