18――合宿開始とお風呂


 それからあっという間に日が過ぎて、合宿当日になった。合宿とは言っても学校が所有している合宿施設だから、普段とあんまり変わった感じはない。


 あと、女バスだけじゃなくて男バスも一緒らしい。なんか最終日にレクリエーションとかするらしいよ、前回は入学して1週間ぐらいで休学したからこの合宿のことは知らなかった。


「まぁ別メニューだし、最後以外は関わることはないだろうな」


「どうしたの、ひなたちゃん?」


「ううん、なんでもないよ」


 隣を歩くあかりちゃんに不思議そうに声を掛けられたので、誤魔化すように首を横に振った。最近やっと普段よく話す相手なら女の子に対してでも丁寧語じゃなくて、タメ口で喋れるようになってきた。ただ油断すると男口調が出てきそうになるので、会話する時はかなりの注意が必要だ。先輩や男子、あとはあんまり喋らない同級生に対しては変わらず丁寧語で対応している。


 合宿の内容とか夜の自由時間の話なんかをしていると、あっという間に合宿所に到着した。入り口でまゆと目が合って、微笑みながら小さく手を振ってきたのでこちらも振り返す。なんだかこっそりとしたコミュニケーションみたいで、ちょっとだけ照れくさい。


「お前達、仲が良いのは結構だが早く中に入って準備しなさい。合宿期間は3日間あるが、3日しかないとも言える。無駄にするも有意義に過ごすも、お前らの意識ひとつだぞ!」


 齋木監督がオレ達のやり取りを見ていたのか、茶々を入れた後で全体に激を飛ばす。それはそうだろう、ダラダラするのと目的意識を持って練習に取り組むのでは成果は段違いだと思う。

 部員みんなが『はい!』と返事をして、駆け足で建物の中に入っていった。オレとまゆもその後に続く。大部屋ふたつを部員で半分ずつざっくりと分かれて使うらしい。その場で本当に適当に分けたから、すぐ傍にいたオレはまゆと同じ部屋になった。早速練習に向かうために着替えをはじめたのだが、この人数で女子高生が一斉に着替えると下着がカラフルで目がなんかチカチカする。


 ちょっと居心地は悪いけど、大学のバスケサークルでおもちゃにされながら着替えた経験がここで活きた。なんとか平常心を保ちつつ、表情も変えずに着替えを終わらせる。そして替えのTシャツとタオル、汗拭きペーパーなどを持ってきた小さなバッグに入れて体育館へと急いだ。


 初日は午後からだったので、基本的な足トレ……つまりフットワークトレーニングや基礎体力トレーニングを重点的にやった。監督曰く『この時代に根性論なんて、と自分でも思うけど。試合で体力がゼロだったとしてもなんとかして動かないといけない時や、点差がほとんどなくていつも以上に力を発揮しないといけない時。これだけ練習してきたんだからまだ動けるはず、という自信が気持ちの拠り所になるの。それはバスケの試合だけじゃなくて、将来社会人になって人生で壁にぶつかった時にアンタ達の力になる!』


 その言葉はある程度以上の実力のある運動部に入った経験があるなら、思い当たる人も多いのではないだろうか。あと一歩足が前に出ていれば取れたルーズボール、踏ん張りが利けば手が届いてスティールできたであろうボール。毎日欠かさず繰り返しシュート練習していたからこそ、最適な場面で効果的にフリースローを決めることができたりな。


 身体がクタクタになるまでメニューをこなして、ようやく夕方に練習から解放される。夕飯を食べたらミーティングがあるらしいが、それまでは風呂に入って自由時間なんだそうだ。


 うちのバスケ部は男女共に強豪校の割に部員数が少なめだ、女バスも全学年合わせて50人いないからな。特に今年は1年生が10人しか残らなかったから、来年が心配だなとこの間部長とまゆが話しているのを聞いた。まぁ最悪控えも含めて10人もいれば大会には出られるから、部員数よりも個人の質が大事だと個人的には思う。


 一旦解散にすると、先輩達はゾロゾロと合宿所の大浴場を目指して移動を始める。ざっくりと25人ずつで順番に入ろうというゆるい指示が出たが、運動部の縦のヒエラルキーによって当然オレ達1年生は後半に割り振られた。女の子のお風呂タイムは時間が掛かることはわかっているが、さすがに先輩達も合宿前日にきちんと色々なお手入れは終わらせているみたいで、30分で交代するようにとルールを決めた。オレ達に気を遣ったのか、それともこれまで自分達が先輩にやられてきたことを後輩達にはしないという善意からなのかはわからないが、ありがたいことだ。


 ホカホカと湯気を出しながら大浴場から出てきた先輩達は、汗を流してスッキリした様子だった。着替えやら化粧水やらを抱えたオレ達が出入り口の近くで待っていると、前半組で一番最後に出てきた2年生の先輩が『もう誰もいないからどうぞ』と教えてくれた。周囲を見ると2年生の残りの先輩達とオレ達1年生だけっぽいな。


 脱衣所で適当な棚のひとつを確保して、中のカゴに汚れた衣服と風呂から上がった後に着る服を分けて置く。なるべくくっつかないようにしなきゃな、汗で汚れてるし。この合宿所には無料で使える洗濯機と乾燥機が備え付けられているらしいから、後で洗おうか。帰るまでビニール袋に入れたままにしてるとカビるし臭いも取れなくなっちゃうしな。


 肌色過多になっている周囲に視線をなるべく向けないようにして、タオルで前を隠しながら早足で浴場へ突撃した。女子と一緒に着替えはずいぶんと慣れたけど、やっぱり全裸となるとカァッと頬が熱くなる。湊としての倫理観の残滓なのか、それとも単に女子になったオレが同性の彼女達を、性的対象として見ているのかはよくわからないのだが。


 ちょっと冷ための温度に設定して、茹だった頭を冷ますためにシャワーを頭上から勢いよく浴びる。段々と落ち着いてきたので普通の心地よい温度に戻して、プラスチックの椅子に腰掛けたところで背中をトントンと優しく叩かれる。


 同級生の誰かかと思って振り向くと、そこには何も隠していない全裸そのままのまゆがいた。反射的に『ぐりん!』と顔を正面に戻しながら、なんとか焦りが声に出ないように平常心を心がけて話し掛ける。


「せ、先輩も後半組だったんですか? 部長達と前半さきに入ってるのかと思ってました」


「せっかくだからひなたちゃんと入ろうと思って、迷惑だったかな?」


「いえ……そんなことは全然」


 本当に迷惑などということはない、ただオレがまゆのことを直視できないだけで。中学の頃から知っている同級生の裸をこんな形で見るというのは、なんだか罪悪感がすごい。


「じゃあこれもせっかくの機会だから、背中を流してあげるね」


「先輩にそんなことをしてもらうわけには……というか、それは逆に後輩の私の仕事なのでは」


 反論してみたけど、『いいからいいから』と強引にオレが身体を隠していたタオルを奪って、ボディーソープを出して泡立てるまゆ。絶妙な力加減で洗ってくれるから、恐縮しつつも気持ちがいい。


 『ふぃー』とオッサンみたいなため息を思わずついてリラックスしていると、急に脇の下からまゆの両手が伸びてきて、オレの胸を優しく鷲掴みにした。優しいのに鷲掴みというのは言葉的におかしいのかもしれないが、そうとしか言えないぐらいダイナミックな掴み方だった。


「ふゃ!?」


 思わずこんな変な声が出ても仕方がないだろう、ぶっちゃけ標準よりも小さいはずのサイズだが、身体は中学生ぐらいの肉体年齢なのだから仕方がないはず。そう、仕方がないのだ。


「ちゃんと前も洗っておかないとね~」


「先輩! 前は自分で洗いますから!!」


 両手で胸を隠して抗議するが、何故か今度はまゆの両手がお腹の方に下りてくる。これはマズイと思ったオレは、慌てて立ち上がった。おそらく跳ねた泡がまゆにかかったのか、『ぷあっ』という声が聞こえたが天罰だと思ってもらいたい。ちょっと冗談がすぎる。


「もう! 冗談はほどほどにしてくださいね!!」


 振り返って怒っていることを伝えるために仁王立ちして言うと、まゆはオレを座ったまま見上げながら『ひなたちゃん、キレイなピンク色なんだね』とにっこり笑顔で言った。


 全然反省してないな、こいつ。 オレはがっくりと脱力して、交代とばかりにまゆの後ろに移動して背中を流すことにした。さっさと終わらせよう、なんだか疲れてしまった。

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