14――1年生だけの留守番


 ゴールデンウィークは部活漬けだった。オレ達1年生は仮入部から正式入部になって、相変わらずの厳しい基礎練習だけではなく先輩達と同じ練習に参加できる機会も増えてきた。


 5月に入ってそろそろ公式大会の予選が始まるということで、ほとんどの休日は他校との練習試合が組まれる。強豪校で全国大会常連だからね、こちらから声がけしなくても他校の方から申し込んでくれるらしい。ウチの高校で試合をすることもあれば、相手の高校に出向くこともある。


 当然のことながら去年の3年生が引退してからオレたちの入学までに、新チームをどう作り上げていくか監督と先輩たちで話し合ってある程度は形になっているはずだ。オレ達1年生はそれを補強するような感じで、練習試合に参加させてもらっている。例えばオレの場合は点取り合戦みたいな試合になってなかなか点差が広がらない時に、スリーポイントシュートでジリジリと点差を引き離すとかね。


 相手校に出向く場合は、1年生のオレ達は留守番で学校で決められたメニューをこなすように指示されている。30人ほどいた仮入部部員は、正式入部の時にはたった10人しか残っていなかった。それだけ練習が厳しいってことなんだよね、その中に2人だけ全くの初心者がいるんだけど、まゆから彼女たちをさりげなくフォローしてあげてほしいという指令をもらっている。


「お願いを聞いてもらったお礼に今度一緒にデートに行こうよ、お買い物とか」


「先輩にそんな風に気を遣ってもらわなくても、私にできる限りのフォローしますよ? いつもお世話になってますし」


「……ひなたちゃんは、私と一緒にお出かけしたくない?」


 いやいや、そんな風に膝を折ってうるうると潤んだ瞳を見せなくても。


 なるほど、まゆが遊びたいのね。同級生を自分の遊びに付き合わせるのは気が引けるけど、後輩のオレだったらあちこち引っ張り回しても問題がないってことか。仕方ないな、入学前の買い物以降、色々と世話になっているし。可愛い後輩ムーブでまゆが満足するまで、ちゃんと楽しませてあげよう。


 指切りまでさせられてまゆと約束した後、2・3年生達は相手校へと出掛けていった。大会とかもみんなで出掛けることが多々あるので、練習試合とはいえ移動は学校所有のバスなのだ。

 シュート練習とかもするためにボールも持っていかないといけないからな。男バスはマンパワーでどうとでもなるから近隣の学校なら電車で移動するのがデフォルトらしいが、女バスは近い学校でもバス移動。男バスからブーイングが聞こえそうなぐらいの待遇の差だと思う。


 まぁ女子は部活の道具以外にも自分達のケア用品とか、着替えとかで荷物が多いから仕方ないね。男子部は下手したらシャツも着ずに、ジャージの上だけ着て電車に乗ったりするし。イチなんか中学時代にパンツすら履いてなかったことがあったもんな、直接ジャージのズボンを履いていて同じ男ながらちょっと引いた記憶がある。


 それはさておき。先輩たちがいなくなった体育館は、いつもより少しシンとしていた。監督から預かっているメニュー表によれば、午前中は相変わらずの体力を伸ばすためのしんどい基礎メニューだ。それを発表すると『ええー』と不満そうな声を上げる同級生たちだったけど、オレが決めた訳じゃないしなぁ。早く終わらせて休憩にしようとハッパを掛けて、準備運動を始めた。


 ランニングやフットワーク練習、ラダーなどを小休憩をはさみながらこなしていく。攻守の入れ替わりが激しいバスケに意外と合っているトレーニングは、シャトルランだと思う。終わるころには汗がびっしょりで、Tシャツに染み込んで色が濃くなるぐらいになっていた。体育館に死屍累々と横たわる同級生たちに長めの休憩を告げて、ゼーハーと荒い呼吸を繰り返しながらオレは部室へと向かった。Tシャツが肌に張り付いて気持ち悪い、早く着替えたい一心で足を進める。


 びしょ濡れのTシャツを雑に畳んでからビニール袋に放り込んで、着替え用に持ってきていたTシャツを着る。まだ汗が額に滲むから汗臭くないように、軽く制汗剤をふりかけておく。


 汗を引かせるために、部室を出て体育館の出入り口にある段差へちょこんと腰を下ろした。心地よい疲れと身体の芯に残る熱に、涼し気な自然の風が気持ちがいい。目を閉じてぼんやりとしていると、オレと同じように着替えを済ませた同級生たちが数人こちらに歩いてきた。


「河嶋さん、おつかれー」


 近づいてきたのは4人、その中で一番社交的で同級生全員とそれなりに仲がいい瀬名さんが、手を振りながら軽く言った。別に無視する必要はないので、オレは少しだけ笑みを浮かべてひらひらと胸の前で手を振り返す。


「あー、練習キッツい」


「さすが強豪校だよね、中学の時とは全然違う。このメニュー。もうちょっとどうにかならないかな」


 足を引きずりそうになりながら歩いているのは、赤坂さんと飯田さんだ。ここまでのメニューに関しては強豪校かどうかは関係ないけどな、運動部ならこれくらいはやらされるだろうっていう基本メニューだし。


「それは私に言われても……ただ監督からもらったメニューを皆さんに伝えているだけなので」


「わかってる、わかってる。言ってみただけ」


 オレがそう言い訳すると、飯田さんは苦笑しながらそう言ってオレの隣に座った。何故か瀬名さんがオレを挟んで飯田さんの反対側に座り、赤坂さんとまだ一言も喋っていない石崎さんが一段下に並んで座った。


「でも、ひなたちゃんもすごいよね……あ、ごめん。名前で呼んでもいい?」


「別にいいですけど、その場合は私も瀬名さんをあかりちゃんって呼んだ方がいいですか?」


 話し掛けてきた瀬名さんが突然そんなことを言い始めたので、オレも適当に返事をする。なんとなく名前で呼ぶ流れになって、赤坂さんはこころちゃん、飯田さんは栞ちゃん、石崎さんは柚凪ゆなちゃんと呼ぶことになった。女子を面と向かってちゃん付けするのなんてほとんど経験がないオレとしては、これから呼ぶ度に緊張しそうだ。変に思われても困るし、早く慣れないとな。


「ちょっと噂に聞いたんだけど、ひなたちゃんって中学では部活してなかったって本当?」


「……うん、事情があって」


 そうだよな。あんな風に部長との1on1で勝ってしまったり、1年生のまとめ役とかやってたら不思議に思うよな。家族や先生達と決めた設定を素直に話せばいいだけなんだけど、絶対にこの場の空気が確実に重くなるだろうから話しにくいんだよなぁ。


「それは聞いてもいい話なの? 話しづらかったら、無理には聞かないけど」


 あかりちゃんの言葉を継ぐように、今度はこころちゃんが一歩踏み込む。聞きたいなら話すけど、なんか変な空気にしたら申し訳ないな。そう思いながら、オレは暗くならないようにいつも通りに設定を話し始めた。


 小さな頃から虚弱で、家で暮らした日数よりも病院に入院している日が多いぐらいだったこと。年齢を重ねるごとに少しずつ丈夫にはなったのだけど、中学生活の殆どは院内学級に通っていたこと。リハビリとして従兄弟のお兄ちゃんとその友達に、バスケを教わっていたこと。辻褄が合わなくならないように、なるべく正確にゆっくりと話した。


 シン、と場の空気が静まったのを感じた。ここは『今はもう入院しなくてもいいくらい元気になったから、大丈夫なんですよ』と明るく言って、話を流すべきか。そんなことを考えていると、背中をポンポンと優しく叩かれた。両隣にいるあかりちゃんか栞ちゃんのどっちの手なのか考えていると、栞ちゃんが何やら優しい笑みを浮かべながら口を開いた。


「でも今は治ったんでしょ、こうやって部活の厳しい練習にもついていけてるんだし。しかし、なるほどね。そういう理由があったんだね」


「シュートとかドリブルはすごく上手なのに、体力があんまりないってアンバランスだねって思ってたの。でも、そういう環境だったからなんだね」


 両隣にいるふたりがうんうんと頷いていて、そんなふたりを見て残りのふたりが苦笑する。なんか騙しているみたいで罪悪感で胸が痛むけど、本当のことを話したところで信じてもらえる訳もないしな。気持ち悪いとか言われて距離を置かれたら、多分オレ立ち直れないし。どっちにも損しかないのだから、こうして嘘の設定を真実みたいに話してやり過ごすのが賢いやり方だと納得するしかない。


 そもそもオレが女になりたいって望んでこうなっているんじゃないし、わざわざ自分から他人に傷つけられるかもしれないような行動なんか取りたくないわ。マゾじゃねーんだぞ、オレは。


 脳内でそんなことを考えつつ、表面上は穏やかに笑みを浮かべて4人の雑談に交ざる。これも受け入れてもらうための努力だと思うことにしよう、円滑な関係を築くためなんだから仕方がない。

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