13――天使と出会った日(まゆ視点)


――――あの日。ジャンプシュートを打つあの子の姿を見て、まるで天使みたいにキレイだと思った。



 私には中学に入学してから、バスケを通じて仲が良くなった男の子がふたりいる。ひとりは湊くん、もうひとりはイチくん。女バスと男バスは違えど、同じ体育館で一生懸命頑張って練習して、結果として全国大会まで出場することができた。ただ、優勝はできなかったけどね。


 部長同士ということで湊くんとは、よくお互いの悩みなんかを相談し合ったりもしていた。身長が高いのとよく鍛えられた身体のせいで怖がられることが多い湊くんだけど、本当は気がよく利くし優しい人だった。そんな彼に私は少しだけ、淡い恋心のようなものを抱くようになっていた。


 3人とも全国大会ではそれなりに活躍したので、バスケの強豪私立に推薦で入学することになった。周りは必死に受験勉強しているので教室は居心地が悪く、放課後は元部長として後輩への指導ばっかりしていた。後輩達は受け入れてくれてはいたけれど、本当はすごく鬱陶しかったんじゃないかな。湊くんとイチくんも私と同じで受験モードの同級生達に居心地の悪さを感じていたのか、放課後はバスケ部の練習に参加してた。たまにストレスからか強く八つ当たりしてくる同級生の愚痴なんかを言い合いながら、私としては好きな人と一緒にいられる嬉しさみたいなものを感じていたのだけど、やっぱり告白する勇気はなくてそのまま中学を卒業して同じ高校へと入学した。


 同じ学校だからまだ3年猶予もあるし、ゆっくり機会を伺おうと思っていたのだけど、それが甘い考えだったというのをすぐに思い知った。入学して早々湊くんが休学したのだ、何やら重い病気になって今年中の復学は不可能だと湊くんの担任の先生から聞いた。お見舞いに行こうと入院している病院のことを聞いても、遠くに療養に行ってしまったと言われてしまって、私は湊くんにとってはただの友達の中のひとりだったのかなとショックを受けた。


 イチくんは湊くんの親友だから何か聞いてるのかもと話を聞くと、彼も一切話を聞いていなくて私と同じようにショックを受けていた。でも落ち込んだ私とは違って、イチくんは彼の家に乗り込んで湊くんのお姉さんに事情を聞きに行ったらしい。そして返ってきた言葉は、湊くんは急に命に関わる重い病気になって救急車で運ばれたらしい。本当に突然だったのでイチくん達に連絡できなかったのだと、湊くんのお姉さんに慰めるように言われたそうだ。


「あんなに優しいことを言う人じゃないんだけどな、湊の姉さん。なんか隠してるような気がするんだよ」


「そりゃあ弟が倒れたんだもの、普段どおりの態度ではいられなかったんだと思うよ」


 イチくんは腑に落ちないという感じでいたが、私は湊くんから自分に連絡がなかったのは状況がそれを許さなかったからなんだということがわかって、ちょっとだけホッとした。その後、夏休み中に湊くんから一言だけメッセージアプリに連絡が来て舞い上がったけれど、それからは一度も彼からは連絡が来なくてガッカリした。もちろん心配もしたんだけどね、親友のイチくんも同じような扱いだったみたいだったから、治療の経過がよくないのかもしれない。


 彼がいなくなってからも、時間は普通に進んで私も生活していかなくちゃいけない。はじめての高校生活の中で友達を作ったり、強豪バスケ部の厳しい練習に必死についていったりと忙しい日々を送っていたから、彼がいない寂しさにも段々と慣れていった。恋心による苦しさも、大事な友達がいなくなったぐらいの感じに軽減されていて、やっぱり私の中の彼への想いは淡いものだったんだなぁと自分自身に苦笑したりもした。


 どちらかというと恋愛感情と友情の違いはあれど、私なんかよりもよっぽど彼を想っていたのはイチくんの方だろう。彼が恋人を作ったらきっと執着と束縛がすごいんだろうなと思うと、未来の彼女さんの身が心配で仕方がない。前に部活の休憩中に少し雑談した時に冗談めかして言ったら、すごい目で睨まれた。精神的に荒んでるけど、そのイライラを部活へのエネルギーにしてるみたいだから、ある意味効率的な気持ちの循環なのかもしれないけどね。


 1年生としては活躍できた私は次期エースなんて呼ばれるぐらいには、部の中で居場所と地位を確保した。今年は叶えられなかった全国優勝という目標を、来年こそは叶えたいと思っている。1年生が終了して、春休みもそれなりに忙しい部活の予定をこなしていると、ある日の夜に突然イチからメッセージが飛んできた。この一年間、散々雑に扱われたからくん付けが外れてイチと呼び捨てる感じに呼んでやっている。周りには『付き合ってるの?』とか最初は聞かれたんだけど、私とイチがふたりして凄い嫌な顔をして否定するので、その内誰にも問いかけられなくなった。


 それはさておき、イチからのメッセージには『湊の従姉妹がウチの学校に入学するから、顔合わせしようぜ。バスケできるから、有能な新入部員が欲しいならツバ付けといた方がいいぞ。いらないなら男子部がマネージャーにする』と書かれていて、あの飢えた狼の巣みたいなところに新入生の女の子を放り込む訳にはいかない。そんな庇護欲マシマシで即会うことを了承するメッセージを送る。


 どこに行くのか聞いたら、その従姉妹ちゃんはジャージとかTシャツとかを買いたいらしい。いいね、年下の女の子と買い物なんて久しぶり過ぎてテンションが上がる。


 会ってみたらキレイな黒髪に真っ白な肌で顔は整ってるし目はおっきいし、どこのアイドルかと聞きたくなるぐらいのかわいい女の子がふわふわとしたフェミニンな服装で立っていたから、更にテンションが上がった。イチの背中に隠れるように立っているのを見ると、なんか控えめで大人しい性格なのかなと微笑ましくなる。しかしうわぁ、イチのあの子を見る目……執着すごいじゃん。湊くんへの友情と同じかそれ以上のものを感じて、背筋にゾゾゾッと怖気が走る。それが親愛なのか恋心なのかはわからないけどね。


 イチのことは横に置いておいて、従姉妹ちゃんはひなたちゃんという名前らしい。礼儀正しいし声までかわいいし、アイドル目指しても十分やっていけそうだなぁなんて感想を抱いてしまった。


 何を合わせてみても似合うし、最終的には下着選びまで手伝わせてもらって、本当に眼福だった。可愛い子の着せ替えでしか摂取できないエネルギーってあるんだよね、他の人がどうかは知らないけど。


 ハンバーガーを小さいお口で一生懸命食べる姿もすごく可愛かった。もう女バスに連れて帰るの決定だよ、バスケが下手でも私がちゃんと教えてあげるからね。なんて、姉気分でいられたのはそこまでで、イチの提案で向かった駅前のバスケットコートで私は運命に出会った。


 ジャンプシュートを打つ時に、光の加減か背中に翼が生えているのかと見間違えたぐらいキラキラと輝いていた。彼女の手を離れたボールは、弧を描いて正確にゴールを突き抜ける。着地する時にふわりとスカートが舞って、めくれないかハラハラしてしまった。ひなたちゃんがシュートを打つ度に私の心臓はバクバクとすごい音を立てて、顔には熱が集まって逆上せそうになる。


 嘘でしょ、女の子だよ!? 私の冷静な部分がそうやってブレーキをかけようとするけれど、まるで熱病みたいにその想いが全身を駆け巡っていく。湊くんに感じていた淡いものとは違って、あの子の隣を自分の居場所にしたいという強い気持ちが胸の中に急速に育つのを感じる。


 その時突然、ゴール下にいるイチから強い視線を感じた。これは威嚇? 敵意にも似たものをぶつけられて、思わず怯みそうになる。でも、ここで負けたらあの子の隣にいる資格がなくなっちゃう。


 強い視線で睨み返すと、イチは不敵な表情で笑った。絶対に負けないんだから、一目惚れだったとしても女の子同士だったとしても、私は自分の気持ちを信じたい。


 私とイチとの睨み合いを他所に、ひなたちゃんは無心にシュートを打ち続けていた。その決定率がとんでもなく良かったことは、言うまでもないと思う。

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