12――モヤモヤとドキドキ


 あの後も井村のチクチクとした嫌味は続いていた。生粋の女子ならここで正面から受けて立って、女子特有のネチネチとした戦いを繰り広げるのだろうが、元男のオレとしてはそういうのって面倒臭くてできない。


 ということで何か言われる度にこの間言い返したように『じゃあお前がやれよ』をオブラートに包んで言い返して、監督と部長に相談という形でチクっておいた。それが功を奏したのかこれまでオレに集中していたパシリが井村の方にも用事を振られるようになって、数日は平和な日々が過ごせていた。しかし、またオレがバンバンパシられるようになってきて、あまりの理不尽さに監督と部長に文句を言いに行った。


「だってアイツ要領悪いし、プライド高いしで面倒くさい」


 そしたら監督も部長も、こんな言葉を返してきて呆れて物が言えなかったよ。というか井村よ、あれだけ自分こそがリーダーみたいな振る舞いしておいて、指示された用事すらできないってどういうことなのか。


 仕方がないので再びオレが監督や部長の伝書鳩役と、雑用係をやらされることになった。また井村がゴチャゴチャ言ってくるのかなと思っていたのだが、彼女は部に居づらくなったのかそれから何日かして退部したらしい。あいつはプライドが高いんじゃなくて、自己顕示欲が強くてリーダーになって自分に注目してほしかったのかもしれない。


「井村さん、辞めちゃったんだね。威張っててあんまり好きじゃなかったから、私としてはよかったけど」


「そうそう。なんであの人にあんな風に偉そうに言われないといけないのかって、ずっとイライラしてたから」


 残った同級生達が陰口混じりにそんな話をしているのを小耳に挟んだのだが、オレはこういうのも苦手だな。井村がいた時には何も言わなかったくせに、いなくなった途端にオレに擦り寄るようにこういう陰口叩くのって卑怯だと思わないか? 多分こいつらは井村じゃなくてオレがバスケ部を辞めていたら、井村にオレの悪口を言っていたんだろうなと容易に想像できてしまう。


 こいつらに比べたら、まだ直接オレに不満を言ってきた井村の方がよっぽどまともに見えてくるな。まぁイライラしても仕方がないし、同級生として付き合いはするけど。それ以上に仲良くはなれなさそうだ。こういうところはむさ苦しくても、男バスの風通しの良さが羨ましくなる。あんまり陰険なことを言うヤツはいなかったし、バスケの実力や身体能力が上回っていくと一目置かれるというか仲が深まっていく感じだったから。


 もちろん女バスの中でもまっすぐにバスケの上達を目指している子もいるから、そういう子達とグループを組んで仲良くやっていこうと思う。そっちの方がストレスフリーで、楽しくバスケできそうだしな。向上心ある子には色々とテクニックとか教えてあげたくなるし、オレ自身も更なる上達を目指してモチベが上がるからどちらにもメリットになるだろう。


「うーん、別にいいんじゃない? 私の学年にも必要以上に相手に踏み込まないし、自分の内面に踏み込ませないようにする子はいるよ。でも別にバスケのプレーに支障はないし、バスケを通じて伝わってくる人柄とか雰囲気はわかってるから嫌われてもないし。ひなたちゃんもそういう感じで過ごしてみるのもアリかもだよ」


 みっちりとフットワーク練習をして休憩時間に座り込んでいると、同じメニューをオレ達より速いスピードでこなしていたまゆが、汗を拭きながら近づいてきた。何故かモヤモヤしている胸中を顔を見るなり見破られて、いつの間にか相談させられていたのには自分でも全然理解ができなかった。こいつはもしかして他人の心が読めるのではないだろうか? そんな馬鹿げた妄想が頭をよぎりつつモヤモヤを吐き出した後にまゆが言ったのが、さっきのセリフ。


 でもその言葉を聞いて、確かに仲良しごっこを無理してやる必要はないんだよなと、改めて思えたのは収穫だった。井村みたいな他人に自分の言うことを無理やり聞かせるようなヤツとは仲良くする気はないが、さっき考えたようにやる気と協調性がある子達とはうまくやっていきたいとは思っている。それでもうまくいかない場合は、まゆが言うみたいに付かず離れずのちょうどいい距離を保って居場所を確保すればいいんだよな。なんか女子になったから変にその流儀に従わないといけない、みたいなおかしな固定観念に雁字搦めになっていたのがすっきり解放された気分だ。


「ありがとうございます、まゆ先輩。でも、どうして私が悩んでいるのに気付いたんですか? 私、表に出さないようにしていたつもりだったんですけど」


 何でオレのモヤモヤに気づいたのか、やっぱり気になってさりげなく聞いてみた。いや、さりげないと思っているのはオレだけで、まゆからしたら直球ど真ん中な質問だったのかもしれないが。


「それは、その……」


 まゆは何故かモジモジとして、照れたように頬を赤くしていた。言いにくいことなのだろうか。無理に聞き出すのもよくないなと思って話を打ち切ろうとしたら、意を決したように口を開いた。


「ひなたちゃんのことをよく見てるからね。すごく、気になってるから」


 オレはしばらく空中に視線を向けながら、その言葉の意味を考える。あー、なるほど。多分イチのヤツ、オレのことを話した際に病弱で幼い頃から病院暮らしだってことも言ったんじゃないかな。買い物にも付き合ってくれたしバスケも一緒にやったから、面倒見の良いまゆはひなたオレは身内枠に入れてくれたのだろう。それで部に馴染みやすくなるように度々話し掛けてくれたり、オレの様子を見守ってくれていたのかもしれない。ありがたい話だけどそこまで手厚く面倒を見てもらってると、まゆの負担になっていないかと心配になる。


「気遣ってくださってありがとうございます、先輩。でも昔に比べると身体も丈夫になってきてますし、そこまで心配しなくても大丈夫ですよ。お世話になってばっかりなので、もし私ができることがあったら、お手伝いしますから言ってくださいね」


 気持ちを込めてお礼を言ったのだが、何故かまゆはがっくりと肩を落としてうつむいていた。あれ、何か間違えたか? なにやら落ち込んでしまったまゆにオロオロしていたオレだったが、まゆは『しょうがないなぁ』みたいな子供にイタズラされた時に浮かべるような苦笑を浮かべてから立ち上がった。


「いいよ、ゆっくり行こう。ね、ひなたちゃん」


 謎めいたセリフと共にオレに手を差し伸べたまゆの笑顔がなんだかすごく魅力的に見えて、オレは自分の頬が熱くなるのを自覚しながらまゆの手をぎゅっと握って立ち上がったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る