04――まゆと服選び


 まゆとイチと3人で並んで、ショッピングモールの中を雑談しながら歩く。話題の中心はやはりオレで『これまでどういう生活をしていたのか』とか、『入学したらバスケ部に入ると聞いたが本当か?』とかそういうものが多かった。


 家族や教授達と話し合って、整合性や細かい部分は教授の知人の権力で半ば無理やり作り上げた現在のオレの設定をまゆに話す。イチには昨日話したけど、復習がてら聞いてもらおう。


 オレこと河嶋ひなたは生まれてからずっと虚弱で、入退院を繰り返していた。年齢が上がるにつれて少しずつ体が丈夫になっていったのだが、これまで体育ですら見学で運動をしてこなかったので全然体力がない。そんなオレを見かねて従兄弟の湊お兄ちゃんとイチ先輩がたまに来てバスケを教えてくれたので、ズブの素人よりはバスケが上手ということになっている。自分のことをお兄ちゃんと呼ぶのはものすごく気持ち悪いな、背中がムズムズする。


 そんな嘘てんこ盛りな話をまゆは信じてくれて、幼い頃のオレの境遇に同情までしてくれた。本当にいいヤツだよ、こいつは。バスケは体力作りに最適だよ、バスケが少しでもできるなら是非女子バスケ部に入って欲しいと、入部するって言ってるのに熱心に勧誘してきた。


「はい、お世話になるつもりです。ただ全国大会でもいいところまで勝ち上がれるチームだと聞いているので、私なんかでついていけるのかは不安ですが」


「うーん……もちろん運動部の宿命だから筋トレとかフットワーク練習とか持久力のためのランニングとか、そういう基礎的な練習からは逃れられないけど。でもうちのチームは得意なことを伸ばせる環境ではあるよ、監督が苦手なことよりも得意なことの方が伸びやすいっていう持論を持っている人だからね」


 だから基礎練習を乗り越えれば大丈夫だよ、無理そうならできるところまででもいいから頑張ろうとまゆは励ましてくれた。


 得意なことをより伸ばす方針の監督なのか。正直なところ男子バスケ部の監督はスポ根的な昔ながらのスパルタ指導だったのは覚えているが、湊としての高校生活は正味1週間ぐらいしかなかったから、女子バスケ部の監督のことなんてまったく記憶にない。中学卒業後の春休みから高校の部活に参加していたから、男子バスケ部の同級生や先輩の顔もそれなりに覚えているが、女子の方の部員についてもまゆしか知らないしな。


「ダメだったらサポートに回るっていうのもアリかな、とちょっと思っているんです。もちろんバスケが好きなので、それは最終手段なんですけどね」


「その場合は男子バスケ部のマネージャーだな、個人的にはひなたの実力なら絶対に選手を続けた方がいいとは思うが」


「アンタ、なに勝手に決めてるのよ! こんな可愛い子を男バスになんて、オオカミ達の巣穴に放り込むようなものじゃない。ひなたちゃん、女子部で一緒にバスケしよ。女の子同士だから気兼ねしないし、男子達みたいにセクハラとかもしないからね」


 まゆは好意で言ってくれているのだろうが、オレとしてはまだまだ女子同士で接する方が気兼ねするんだよなぁ。男にセクハラされるのは断固拒否だが、女の子と同じ場所で着替えたり練習で身体がぶつかったりするのは、こっちがまゆ達を騙してセクハラをしているみたいでちょっと卑怯な気がする。バスケサークルでずいぶん慣れた気がするけど、まだ少し抵抗があった。


「……そうですね、まだ時間はありますから。もうちょっと考えてみます」


 気持ちはもう女バスで選手として頑張るつもりなのだが、善意で言ってくれているふたりに即答するのもはばかられて、とりあえずそう返事をしたオレだった。






「このTシャツかわいくない? ひなたちゃんに似合うと思うんだけど、ほら可愛い!」


 ここはショッピングモールの中にある、ファストファッションのお店。コラボTシャツなのか知名度の高いゲームに出てくるお姫様が、ドーンと真ん中に描かれている。別に何が描かれていてもいいんだけど、色がショッキングピンクなんだよなぁ。オレの髪色は黒だから案外コントラストで似合うかもしれないが、ちょっと派手過ぎないだろうか。他にもオレンジとか赤とか、派手目の色を選んでくる。


 そう言えばバスケサークルの先輩方も目がチカチカしそうなぐらいカラフルなTシャツを着ていたから、多分女バスの人達も同じような着こなしをしているのだろう。果たしてオレが同じような服を着て浮かないだろうか、別にサークルの時も着ていたシャツに何か言われたことはないので大丈夫だとは思うんだけどな。男だった時に着ていたシャツなんか、真ん中にドーンと『めんつゆ』とか『とんこつ』って毛筆で書かれている無骨なものだったし、いまさら気にしても仕方がないか。


 オレのセンスはアテにならないのだから、ここは素直に女子が選んだものを買うのがいいのかもしれない。まゆだってれっきとした女子だしな。とりあえず洗い替えも考えて、さっきの3枚にプラスして青と緑のTシャツをレジに持っていった。1枚1990円だから予算的にも安く買えてよかった。


「部活の時に穿くズボンって学校のジャージしか使っちゃダメとか、決まりってありますか?」


 男子バスケ部では短パンでもOKで、ジャージの場合も市販品でよかった。ただし練習試合や公式戦の時は部のジャージを着なければいけないという決まりはあったが、それ以外は何でもありだった。残念ながら女子バスケ部についてはどんな服装だったのかとかまったく記憶がないので、もし決まりがあるなら先んじて買って無駄になったらもったいないし、一応確認することにしたのだ。


「公式試合や練習試合はみんなで同じジャージを着なくちゃいけないけど、それ以外はみんな好きなものを着てるよ。学校のジャージ高いしね、予備も考えたらお金かかっちゃうし」


 女子でも汗をかけば臭くなるし、次の日に同じジャージは着たくないだろう。運動部女子は臭いには気を遣っていて制汗剤を振りかけるので、彼女達から漂ういい香りはそれの匂いだとバスケサークルで教えてもらった。ボディーシートでしっかりと汗を拭くことも大事らしい、ひんやりとしたシートで上半身を拭いてもらった時は気持ちよくて汗の臭いもほとんど消えていたからな。


 同じフロアにあるスポーツ用品店に行って、黒と紺と赤の3本のジャージパンツを買った。これで買い物は終わりかと思ったら、まゆが『スポブラは持ってる?』と聞いてきた。持っているけど、サイズが合っていないのかちょっとキツくなっているんだよな。でもまだ全然使えるし『大丈夫です』と答えたが、まゆは無言でオレの腕を掴んで試着スペースに放り込むと、レジでメジャーを借りてきてオレの服を剥ぎ取った後でサイズを測り始めた。


「ちょっ、先輩! わざわざ測らなくても……」


「ダメだよ、せっかくこんなにキレイな形なんだから。ちゃんと育てないとね」


 そう言いながら下乳をフニュフニュと揉まれて、思わず『んっ』と変な声が出た。そこからはもうされるがままで、店を出た時には追加でスポブラ3枚が入った袋を持ったオレがいた。すごい疲れた、もう帰りたい。


 ちなみにイチはファストファッションのお店に入った時には自分だけ逃げ出して、店外にある休憩用の椅子に腰掛けてスマホを弄ってやがった。見捨てられて生贄にされたオレとしては、今度隙を見て復讐してやろうと思っている。この恨み晴らさでおくべきか。

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