03――買い物へ出発
「すごいな。中身を知らないやつが見たら、めちゃくちゃ可愛い子だって思うんじゃないか?」
全身鏡で自分の姿を確認すると、春らしくて可愛らしい白のふわっとしたワンピースにチョコレート色の毛糸のカーディガンを羽織っている可愛い女の子が映っている。
「中身を知ってる私から見ても十分美少女よ、アンタ。私の妹なんだから、もっと自信持ちなさい」
姉貴は姉貴で自分に自信持ち過ぎなような気がするけど、変に卑屈になるよりはいいのかもな。オレには姉貴並みに自信を持つなんて、どうしても恥ずかしさが勝ってしまって難しいのだけど。
ちなみにオレが自分でこんなにかわいい服の組み合わせなんて選べる訳がないので、これらは全部姉貴セレクトだ。
「玄関にブーツ出しておいたから、それ履いていきなさい」
「えぇ、嫌だよ歩きにくい! スニーカーにするわ」
オレがそう言って拒否すると、姉貴は『カーディガンと同じ色のキャンパススニーカー、それ以外はダメよ』と一応の譲歩はしてくれた。っていうか、オレが履く靴なのになんで姉貴に決められなければいけないのかって疑問はあるんだが、まぁいいか。あんまり文句を言って、服とか選んでくれなくなったら困るしな。
服だけじゃなくて髪も結んでもらっているから、姉貴には本当に頭が上がらない。今日は左側に髪をひと束摘んでみつ編みを作って垂らすという、なんとも変わった髪型にされた。病院に入院して生活が安定してからしばらくは姉貴には会っていなかったのだけど、ちょっと間を空けて会った時には髪は傷んでいたし、肌もちょっと荒れていたからめちゃくちゃ怒られて色々と教えてもらったんだよな。
昼飯は多分出先で食うだろうからと食べていない。ハンバーガー屋でポテトとのセットを2つ食った後に、帰宅後普通に夕食を平らげていた男の時とは違って、なんというかこの体はあんまり量が食べられないのだ。待ち合わせ場所で合流する頃には、程よく腹もペコペコになっているだろう。どうせ食べるなら、メシはおいしく食べたい。
そんなことを考えていると、ピンポーンと呼び鈴が鳴った。どうやら母親が対応に出たみたいで、トントントンと階段を登ってくる足音が聞こえてくる。オレは当然だがイチ以外に訪ねてくる知り合いはいないし、姉貴の友達でも来たのかな。姉貴がオレの部屋にいるのは母親も知っていたので、まっすぐにオレの部屋の前に来てドアをノックした。
「ひなた、イチくんが迎えに来てくれたわよ」
母親の言葉を『は?』と脳が理解を拒絶した。確かに今の時間は午後1時を過ぎているし、部活が午前中だけだったならもう終わっている時間だ。
でも待ち合わせ場所は駅前だったのだから、わざわざオレの家に来なくてもそこで待ってたらよかったのに。めちゃくちゃ遠回りだし部活終わりならクタクタだろうに、余計に疲れることをしなくてもと呆れてしまう。
とりあえず待たせるのも悪いので、トートバックを持って部屋を出た。オレも研究への協力報酬でお金はあるんだからいいって言ってるのに、昨日の夜に母親にそのことを話したら軍資金を渡された。
どうやらまだ母親の中では、オレのことを信じてあげられなかったと罪悪感があるみたいなんだよな。オレの中ではもう全然わだかまりもないのだが、あんまり気にされるとこっちもなんか申し訳ない気分になる。そもそもの原因はオレが女の子になってしまったことなんだから、オレの意思ではないけれど。
玄関に行くと、制服姿のイチがデカい部活用バックを持って『よう』と手を上げた。
「わざわざ迎えに来なくてもよかったのに、遠回りだし面倒だっただろ?」
「昨日みたいなナンパ野郎がいるかもしれないからな、一応念のためだよ」
確かに変なヤツに絡まれてちょっと怖かったけど、そこまで過保護にならんでもと呆れてしまう。さらにオレの部屋から下りてきた母親にお願いされて、イチが帰りもちゃんと送り届けると約束してしまった。心配してくれるのは嬉しいけど、なんかすごい迷惑掛けてるみたいで申し訳ないな。
「どうせここに帰ってくるなら、カバン置いて行けよ。財布とスマホだけあればいいだろ、何か買ったら袋はもらえるし」
「おっ、いいのか? 助かるわ、そこまで重くはないけど邪魔だからな」
ドスンと玄関の床にカバンを置いて、その中から財布を取り出してズボンの後ろポケットにねじ込むイチ。軽々と持ち上げているのを見ていると、実はそんなに重くないのか? なんとなくそう思って、試しに持ち手を握って持ち上げてみようとしたら全然持ち上がらないでやんの。
バスケサークルで筋トレしている時に散々思い知ったけど、筋肉全然ないんだよなこの体。そして筋トレを繰り返しても全然筋肉がつかない、持久力も上がらないという虚弱体質が恨めしい。オレも男だった頃はこれくらいの荷物なんて、軽々と持ち上げられたはずなんだけどな。
母親にいってきますと挨拶をして、オレとイチは駅前へと向かう。その道中は他愛のない雑談をしていたのだが、突然イチが何の脈略もなくこんなことを言い出した。
「服かわいいな、よく似合ってるぞ」
「お、お前……女子にそんなことを自然に言えるキャラじゃなかっただろ。この1年で何があったんだよ、彼女でもできたのか?」
「誰かさんが休学したせいで、彼女なんか作る気も起きなかったよ。ずっと部活に集中して、他のことを考えないようにしてたからな」
なんか想像以上に心配掛けてたみたいで、すごく申し訳なく思った。何故か知らんが女子と話すのに抵抗がなくなったなら、こいつなら彼女もすぐ出来るだろう。去年の分を取り戻すぐらい、楽しい学校生活を送ってもらいたい。
待ち合わせ場所に到着すると、今日イチが誘ってくれたまゆが私服姿で立っていた。来年の新入部員を紹介すると言ったら、ホイホイ簡単に釣れたらしい。まゆの家はオレの家より学校に近いから、部活が終わった後に一度家に帰ってシャワーを浴びて着替えてから行くと言っていたそうだ。
「おう、まゆ。お待たせ」
「遅い、もう帰ろうかとおも……」
イチが軽い感じで声を掛けて、まゆが不機嫌そうに返事をしたのだが途中で言葉が途切れる。何やらオレのことをジッと見ているなと思って、ちょっと愛想笑いを浮かべてみる。女になってからは初対面だしちょっとでもいい印象を持ってもらえればと思ったのだが、まゆが突然プルプルと震えだした。
そして突然両手を広げてオレに近づくと、ガバッと抱きついてきた。現在154センチのオレよりも、160センチを超えているまゆの方が当然ながらデカいので、オレが抱きしめられる側になる。
「かーわーいーいー! イチ、この子が朝に言ってた新入生なの?」
そう言えばまゆはかわいいものが大好きだったなと、今更ながらに思い出す。ぎゅーっと抱きしめられてるその力からも、オレが自力でまゆの腕から逃れる術はなさそうだし、諦めの境地でされるがままになるしかない。
「そうだけど、とりあえずまずは離してやれ。ひなたが苦しそうにしてるぞ」
「わっ、ごめん! あまりにもかわいい子だったから、ついぎゅってしちゃった」
イチの指摘にまゆはオレから体を離すとそう謝罪して、少し乱れたオレの服を軽く叩いて直してくれた。別に苦しくはなかったのだが『大丈夫です、ありがとうございます』とお礼を告げた後で、ペコンと頭を下げた。
「あの、今年から同じ学校にお世話になる河嶋ひなたと申します。よろしくお願いします、井上先輩」
「名字とか堅っ苦しいから、まゆでいいよ。こんなかわいい後輩ができて、すごく嬉しい。よろしくね、ひなたちゃん」
そう言って、まゆは両手でオレの右手をぎゅっと握った。熱心に部活をしているからだろう、手の平が少しだけ固く感じる。手からもまゆが頑張っている様子が伝わってきて、バスケ仲間が自分がいなくなった後も努力を続けて上を目指しているのが強く感じられて嬉しくなった。
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