05――少し遅めのお昼ごはん

 買い物しているとそれほど時間は経っていないように感じていたけど、どうやら気づかない内に結構長い間商品を物色していたらしい。


 もうおやつタイムも過ぎていたので、オレ達は休憩を兼ねてハンバーガーショップに入った。イチはなにもしてなかった癖に待ちくたびれて腹が減ったのか、ハンバーガーとポテトのセットを2つも注文して軽々トレイを持って席へと戻ってくる。まゆに席を取ってもらっている間にオレがカウンターでまゆの分とオレの分を買おうと思っていたのだが、逆にまゆの方がオレを席に座らせてスタスタとカウンターに注文しに行ってくれた。


 先輩が動いているのに自分はぼんやりと椅子に座っているのは気が引けるけど、荷物を見張る仕事はせめてしっかりやろう。とは言っても、ここにある荷物はほとんどがオレのものだから自分が見張るのは当然のことなんだけどな。


「あー、腹減った。お前ら、買い物に時間かかりすぎなんだよ」


 テーブルの上にトレイをふたつ乗せたイチは、げっそりという表情でオレに苦情を言った。『ふざけんなよ、ひとりでさっさと逃げたくせに』と恨みがましくジトッと睨むと、イチも逃げた自覚はあるのかオレから目を逸らしてジュースを飲んでいた。


「お待たせ、ひなたちゃん。あれ、どうしたの? もしかして、イチになんかされた?」


「い、いえ、大丈夫です。それよりもまゆ先輩、買ってきてくださってありがとうございます。本当なら後輩の私が行くべきなのに、申し訳ないです」


 オレが頭を下げると、まゆは『気にしなくてもいいよ』と笑ってオレの前にトレイを置いてくれた。オレは代金をまゆに差し出すが、まゆは奢るよと先輩らしく振る舞いたいのか受け取ってくれない。でもバイトもしていない高校生の小遣いなんか、個人差はあれど少ないはずだ。オレは性別が男から女に変わったっていう不思議人間として、自らを研究材料として提供して結構なお金が入ってくるので実は結構懐には余裕がある。むしろオレの方がまゆに奢らないといけないのでは? 今日はあまりないであろう部活が午後休の日なのに、こうして買い物に付き合ってもらっているのだから。


「先輩、今日はせっかくのお休みなのに付き合って頂きましたし、むしろ私が奢ります!」


「え、ええ!? いいよ、そんな……後輩に奢ってもらうなんてできないよ!」


「私もお世話になった先輩に奢ってもらうなんて、そんな恩知らずなことはできませんよ!」


 オレとまゆがお互いに遠慮して奢ると主張し合っていると、ひとりで先に食事を始めていたイチが『ブフッ!!』と大きく吹き出した。


「お前ら、早く食べないと冷めちまうだろ。いいじゃねぇか、ひなた。今日はまゆに奢ってもらって、今度どこかに出掛けた時にお前が奢ってやればいいだろ」


 『先輩のメンツを潰してやるな』と何やらわかったようなことを言っているが、こいつの場合はただなんとなく奢る行為がカッコいいと思っているだけだろう。別にカッコよくもなんともないのだが、確かに冷めて美味しくなくなったハンバーガーやポテトを食べるのも嫌だしな。ここはイチの提案に乗ってやって、次回まゆと出掛けた時には別のものを奢ってやろうと思う。


「……それじゃ、今日はごちそうになります。ありがとうございます、まゆ先輩」


 オレがにっこりと笑みを浮かべて言うと、何故かまゆは頬を赤くして照れたような顔で『うん』と頷いた。いや、ようなっていうか思いっきり照れているように見える。まゆには中学の頃にも後輩がいたし、部長としてとても慕われていたのだからそんなに照れる理由がよくわからない。


 不思議には思ったが、それよりも先に小さく音を立てる腹の虫を大人しくさせなければ。やっぱり家を出る前に何か食べといた方がよかったかもな。


 隣の席でポテトを貪っているイチはさておき、まゆがおやつに選んだのはカフェオレとアップルパイと女の子らしさを感じるチョイスだった。私はてりやきバーガーとポテトのセットなのだが、さすがに昼抜きでこの時間まであちこちの店を渡り歩くと空腹感がすごい。やっぱり元男とバレるのがオレにとって一番の恐怖だから、こうやって人のフリ見て女子っぽさを勉強して真似できるようにならないと。


 てりやきバーガーの包装をタレをこぼさないように気をつけながら解いて、パクリとかぶりつく。男だったらハンバーガーなんてあっという間に腹の中だったのだが、女子になって口の中の大きさも小さくなったのか、ひと口で食べられる量がかなり減ってしまったような気がする。口の周りが汚れないか気にしながらハンバーガーを片付けて、ポテトをチマチマと食べていたら、何やら視線を感じて視線を上げた。するとまるで子猫でも見ているような柔らかい視線をオレに向ける、まゆとイチがいた。何をそんなにほんわかしているのか、オレにはよくわからない。


 小首をかしげながらもぐもぐとポテトを食べていると、対面に座っているまゆが紙ナプキンを手にこちらに身を乗り出してきた。何かあったのかなと思っていると、どんどんまゆが持っている紙ナプキンがオレの顔に近づいてくる。もうすぐ頬に触れるかなというところで、横から大きな手がその間に割り込んできてオレの顔を乱雑に拭いた。


「子供じゃねーんだから、頬にタレつけるなよ」


 ニヤニヤと笑いながらそんなことを言うイチを、オレはムスッとして睨む。なんかバカにされてるみたいで、すごい腹が立つ。というかだな、必要のないところも紙ナプキンで拭くなよ。しかしあれだけ気をつけて食べていたのに、一体いつの間にタレが付いてしまったのか……解せぬ。


 あ、もしかしたらまゆもオレが付けてしまったタレを取ろうとしてくれたのかもしれない。だとしたらお礼を言っておかないと。そう思って『まゆ先輩も、ありがとうございます』と頭を下げたら、ちょっとだけ残念そうな表情をしながら頷いて自分の席に座った。何故かイチがまゆに向かってバカにするように鼻を鳴らし、まゆは鋭くイチを睨んでいる。一体何を争っているんだろうな、このふたり。


 オレはそれ以上気にするのをやめて、冷める前に食べきろうとまだ半分ぐらい残っているポテトを忙しく口に運ぶのだった。

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