第41話 奇跡の卵
祭りの当日、王都はかつて壊滅に追いやられたというタイクーンドラゴンの襲撃を受けることになってしまった。タイクーンドラゴンは二体出現し、王都に未曽有の危機がもたらされそうになった。
しかし、ママと騎士団、冒険者の活躍あって危機は去った。
黒いドラゴンはレオの大剣によって致命傷を負い、少女の姿に戻った。
今はファングと一緒に僕の手で牧場へと向かっている。
そこには聖女のフレイヤがいた、すぐにドラゴンの少女の状態を診てもらった。
「……この子の命はもうじき、天に召されるでしょう」
「何か方法はないんですか?」
「王都で治療スキルを持っているものもいますが、彼女の素性を考えると受けさせてもらえないかと」
少女はかぼそい息で、必死にパパのことを呼んでいた。
「パパ、パパ、パパはどこ、パパァ、うっく、嫌だよ、パパを残して独りで死ぬのは、嫌だよ」
彼女は手でパパを探していた。
僕は彼女のパパじゃないけど、その手を取り、彼女が死にゆく不安を紛らわそうとした。
「あ、パパ、傷がね、痛いんだよ、すごく痛いんだよパパ」
「大丈夫、今治してくれる人がやって来ると思うからさ」
「ありがとう……ねぇパパ、なんで私、みんなにいじめられたのかな」
「誤解みたいなものだよ、みんなが君のことを知ってくれればいじめたりなんてしないさ」
「……うん、そうだと、いいなぁ。でも、私はもうすぐ死んじゃうんだね」
誰かの死を看取るのは堪えがたいものがある。
例えそれが、僕たちを襲ってきた恐怖のドラゴンであったとしても。
僕は彼女の手を強く握りしめた。
「君の名前を教えてよ」
「私の、名前? 名前はないから、パパが名づけていいよ」
「ルリ、君の名前はルリにしよう。ルリは今から天国に行くんだ」
「天国? どんなところ?」
「僕もいずれ行く所だよ、ルリは天国に先に行って――パパを待っててくれよ」
僕は彼女のパパなんかじゃないのに、せめて安らぎを与えたくてあえて名乗った。
目から涙が出てくるんだ。
彼女は僕の実の娘じゃないのに、彼女を失うことを急に恐怖して、切ない気持ちから涙が止まないんだ。
「……ねぇ、パパ」
「何?」
次第に彼女の息は細くなっていく、まるでその時が来たことを告げるように。
「最期に、私を抱きしめて、キスして」
取っていた彼女の手から流れるように両手を背中に回し、彼女をあつく抱きしめた。体に死にゆく少女の冷え切った体温の感覚が伝わって来て、心に空虚な穴を開けさせる。
「パパ……怖いよ……私まだ死にたくないよ……パパ……」
「ごめん、ごめんな、ルリ。例えルリが死んでも、パパはずっと抱きしめてるから」
「パパ……」
――ありが、とう。
最期の別れを告げるように、ありがとうと残すと彼女の体から生気が抜けて行った。僕は目に涙を溜めながら彼女と向き合い、最期に望まれたキスをほどしてあげたのだった。
隣で様子を覗っていたファングが息絶えたルリの頬を舐める。
「この子は王都を襲ったドラゴンの化身だウィル、遺体はどうするんだ?」
「僕が引き取ることはできないかな?」
「遺体を引き取ってどうする、悲しいからって現実逃避するのはやめるんだ」
「できれば彼女に生きててほしかっただけだよ、それの何が悪い」
「彼女は王都を襲ったのだぞ? 生きていても厄介なことにしかならない」
「それは、あまりにも薄情じゃないかッ!!」
ファングだって彼女が亡くなって悲しんでいるのはわかっているのに。
僕はファングのいいように、憤りを感じるのは何故だった?
二人でそのまま口喧嘩に発展しそうになると、そばにいたフレイヤが制止した。
「二人とも、ご覧なさい」
言われ、差された方を見ると、ルリの遺体があった場所に黒い巨大な卵が出来ていた。
「まさか」
と思いつつ、僕は卵に手のひらを当てる。
卵は何かを孕ませていて、ドクンドクンと胎動している。
ファングはその光景に驚きつつも、ある一つの可能性を口にした。
「まさか、ウィルの卵化は、死んだ奴を蘇らせることが可能なのか」
「だとしたら、僕は恐ろしいスキルを手に入れてしまったのかもしれない」
本来なら僕のスキルは鶏卵を生成するだけの取り立てもないものだった。
だけど王都に来てから僕のスキルは覚醒し、とんでもないものに進化している。
自分が恐ろしくなったわけじゃないけど、何故か心に冷ややかな風を感じるんだ。
フレイヤは僕の覚醒したスキルがもたらした光景をこう評していた。
「これぞまさに奇跡の光景、ウィルのスキルによって生まれた奇跡の卵なのでしょう」
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