第40話 黒いドラゴンの女の子
二匹の巨大なドラゴンが王都上空で争っている。
誰もが見たことのない熾烈な光景に、王都の人間は見入っていた。
二匹のうちの一匹は僕の従魔だと、少しうそぶくとビャッコは嘆息を吐く。
「ウィルだったらそのぐらいやっちゃいそう、危ないからファングくんから離れないでね」
「君はどこへ行くんだ?」
「敵は私の両親の仇でもあるんだ、何もしないわけにはいかない」
「……わかった」
フレイヤから聞かされていたこととはいえ、ママがもたらした災厄の犠牲者は相当な数にのぼるらしい。僕は、その話を今は隠そう。あのドラゴンの正体がママであり、ビャッコたちの仇はママであることを。
ビャッコは隣からいなくなり、レオを筆頭とする冒険者の集いに合流していた。
広場には大勢の冒険者が群れをなし、王都の騎士団の隊列が並んでいる。
王都にいる人間はみなわかっているみたいなんだ。
この状況は未曽有の危機だと。
「ウィル、お前の従魔が押され始めている、不味くないか?」
「え?」
ファングに言われてみると、黄金色したドラゴンが黒いドラゴンに組みつかれ王都の外壁門になだれかかった。ママは黒色のドラゴンにマウントを取られる格好で下からブレスを吐いていた。
しかし相手のドラゴンは寸前でかわし、お返しのブレスをママに向けて放った。
「っ! ファング、助けに行くぞ」
「チィ、最悪な状況だな!」
ファングは障害物の上を渡ってママに近づく。
「ウィル、いくら俺でも連中とまともに戦えないぞ、作戦を考えておけ」
「作戦って言われても」
背後を見ると、僕たちに続くように広場にいた戦力がドラゴンの下へ移動している。
「……あのドラゴンの目を潰そう! 方法は問わない」
「そういう注文が一番困るのだ!」
ファングは疾風のごとき速さを活かし、一番のりで二匹のドラゴンに近づいた。
マウントをとられ、上からブレスを浴びせられたママは今沈黙している。
ママの意識が失せているのを確認した黒いドラゴンは歯牙をむいた。
「ファング! やらせるな!」
「ああッ!」
って! ちょっと待ってファング! もしかして君の狙いって!
猪突猛進の体当たり――ッッ!!
ファングは疾走する速度を上げると、息を吐かせないまま黒いドラゴンの頬目掛けて体当たり攻撃を仕掛けた。ドラゴンは一瞬だけどぐらっと体勢を崩し、衝撃によって僕は空中に放り出された。
僕はそのまま黒いドラゴンの眉間に落ちて、近くにあった突起に手をかける。
黒いドラゴンは僕を意に介さないまま、ファングに向けてブレスの掃射を吐いていた。
「くそ! なんで! 王都を襲ってるんだよ君は! うわ」
握力が足りなくて、落ちる!
力不足でママの喉元にドサっと音を立てて落ちると、お尻を痛めてしまった。
「痛っつつつつ……?」
「……」
黒いドラゴンは不思議そうな眼で、僕を見ていた。
僕は持ち前の営業スマイルで黒いドラゴンに居直る。
「やぁ、王都は初めて? も、もし君さえよければこの後デートでも」
混乱から自分でもよくわからない台詞を口にしていた。僕と対峙したドラゴンは見つめ合ったあと、ゆっくりと口を開き喉の奥を光らせ、火炎のブレスを放とうとしていた。とどのつまり、僕は何が言いたかったのかというと――ですよね! そう言いたかった。
ドラゴンは僕のジョークには付き合うつもりはなくて、ブレスを解き放った。
まぶたを思い切りつぶり、父と母に胸中で別れを告げることしかもうできない。
「……あれ、まだ生きてる」
しかし僕はどうやら彼女のおかげで命をつないだようだ。
死と隣り合わせの状況なのに、彼女は美しい紅蓮の髪の毛からいい匂いをただよわせていた。
「ウィル! 平気ですか!?」
「ジニー、ありがとう」
見ると、ジニーは手にした盾でブレスを防いでいる。
彼女の盾には以前はなかった守護の力が宿されたかのように輝いていた。
「普段の貴方らしくない無謀ですね!」
「それもそうだけど」
「とにかく話は後で聞きます、ドラゴンのブレスが止んだらウィルは安全な場所に」
ジニーから避難するよう言われたとき、僕たちの下にいたママは意識を覚ましたようだ。ママは巴投げの要領で下半身を跳ね上げさせ、黒いドラゴンごと外壁門の後ろの森林地帯に投げつけた。
僕は再び中空を舞うと、ガシっ、と何かに片腕をつかまれた。
「エンジュとヒノワか!」
「死にたいの? 無茶しないで」
大鳥の姿をした従魔のヒノワが器用に足で僕の腕をつかんでいた。
エンジュはそのまま上空に向かうよう指示し、僕は旋回しながら眼下を見やる。
下では黒いドラゴンがジニー率いる騎士団と戦っているみたいだ。
冒険者たちが両者の隙を突くかたちでドラゴンに攻撃を仕掛けている。
先ほどまで居た黄金色のドラゴン――ママは人間の姿になり、崩れた外壁門で倒れていた。
「エンジュ! ママが倒れてる! あっちだ!」
「ヒノワ、お願い」
ヒノワは大きな翼をたずさえてママの下に向かった。
僕は崩れた外壁門の上におろされ、ママに駆けつける。
「ママ! 大丈夫か!?」
「……平気、よ。ママは、不死身なんだから」
「よかった、とにかく怪我の治療しなきゃね」
「ウィル、お願いが、あるの」
――あの子を、殺さないで。
ママはしょうすいした声音で、僕にあの黒いドラゴンを生かすよう懇願していた。
「あの子は、まだ幼い、それなのに誰かを憎んで、憎んだまま死なせたくない、の。お願いウィル、あの子を助けてやって」
「……」
ママの頼みに、つい口を閉ざしてしまう。それでもママは僕の腕をつかみ、助けて欲しいって言うんだ。そこにファングが駆けつけて、僕は彼に手をやりながら決心した。
「エンジュ、ママを頼んでもいいかな?」
「いいけど、どうするつもり?」
「僕は、ファングと一緒に黒いドラゴンと交渉してみるよ。ファング、ドラゴンの所まで乗せて行ってくれないか?」
今この状況で一介の商人が何か出来るとは思えない。けど、ママが自身を傷つけてまで、守ろうとした命がある。かつては王都の災厄とまで呼ばれたママが、改心したかのように命を守りたがっているんだ。
僕はファングの背に乗って、ドラゴンと人が争っている戦場に向かった。
「ブレスが来るぞ! 全員私の後方に下がれ!!」
ジニーはママをも倒したドラゴンのブレスを盾で見事に防いでいる。
騎士団に向けて吐かれたブレスの隙をつくように、ビャッコが横から飛び蹴りを入れていた。
「
ビャッコの蹴りはクリーンヒットし、ドラゴンは体躯を曲げて涎をまき散らしていた。
その隙を突こうとレオが冒険者に発破をかけ、総攻撃を仕掛ける。
「タイクーンドラゴンを討ち取った奴は英雄として未来永劫讃えられるぞ! 行け、行け!! ここで倒さねば勝機は残り少ない、全身全霊の攻撃を奴に叩き込んでやれ!!」
地上からの攻撃に堪えられなくなったドラゴンは空へ羽ばたこうとしていた。
しかし、ドラゴンの上空にはすでにジニーが待ち伏せしていて、光輝く盾を押し出してドラゴンの正面からぶち当たり、覚醒した力でドラゴンを圧倒し、地面に叩き落としていた。
――痛いよ、パパ。
ふと、僕の耳朶に聞き覚えのない幼い子供の声が聞こえた。
「どうするのだウィル、連中は存外うまく立ち回っている。このまま行けばあの黒いドラゴンが討伐されるのも時間の問題だぞ」
――痛いよ、パパ。
――なんでみんな私に痛いことするの。
――パパ、ねぇパパ、私悪くないよね。
――パパ、パパ、パパはどこにいるの。
謎の声が脳裏で聞こえて来た時、黒いドラゴンは咆哮を上げた。
レオはそれを勝機と見切ったのだろう、彼はドラゴンの首に大剣を突き出した。
「――――――――ッ!!」
ドラゴンは首に致命傷の傷をつけられ、ついに倒れてしまった。
周囲にいた騎士団と、冒険者の面々が倒れたドラゴンの姿を確認する。
「おい、これはどういうことだ、ここにいるのは女の子だぞ」
「ドラゴンが人に化けたんじゃねーか?」
僕はファングにいって、彼女の近くに向かってもらった。
中空から人垣を乗り越えて、倒れていた女の子を拾い。
「ファング、この場から離脱するぞ」
「……わかった、しかしなウィル」
――もう後には引き返せないぞ?
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