第32話 悪の組織

 浴場からそのまま仕事場に向かうと、ミーシャが興奮気味に駆け寄った。


「おはよう」

「聞いてウィル、私昨日すごいものを見たにゃ!」

「すごいものって?」


 ミーシャや、エンジュとビャッコ、ママと言った従業員は店のシャッター前に集っていた。

 僕は彼女の話に耳を傾けつつ、シャッターを開ける。


 店の自慢の大きな板ガラスに汚れがないか確認してっと。


「実は私、昨日強盗にあったんだけどにゃ」

「えぇ? 大丈夫だった?」

「それが、噂のヒーローが駆けつけてくれて、ピンチを救ってくれたにゃ」

「ふーん」


 噂のヒーロー、ねぇ? ビャッコに視線をやると一瞬目が合った。


「あ、ウィル、私今日は二階を担当したい」


 二階では主にママが作ったスイーツやお弁当を提供している。木造りのシックな構成で、一階と同じ板ガラスの向こう側には突きだしのテラス席があって、二階の店員は基本的に一人だ。


 ビャッコはあからさまに詮索の目から避けようとしていた。


 彼女にサムズアップして承諾すると、猫しっぽをフリフリとさせて。


「今日も張り切っていくぞー!」


 普段よりも元気な様子で二階へと向かった。

 するとエンジュが僕に近づく。


「逃げたね」

「隠しておきたいってことだろ、なら余計な詮索はよそう」


 隣にいたミーシャは僕たちの会話を聞き、二人は何を言ってるんだろうという顔をしていた。


「ねぇ二人とも、王都の事件とかって、どのくらいの頻度で起きてるの?」


 問うと、元々王都でペットショップを経営していたエンジュが体感で答える。


「割りと、かな」

「そんなに治安悪いんだ」

「私も以前、襲われそうになったことがある、返り討ちにしたけど」


 なんとなく、彼女よりも彼女を襲った悪漢の方が心配になった。


「ミーシャは?」

「私はお客さんが話しているのをちらほらと耳にするにゃ。王都の警備が手薄になったのをいいことに、最近悪い話が絶えないねぇなんて言ってたからにゃー、気をつけないと」


「じゃあどこかのヒーローさんは大変なんだろうな」

「私は昨日からあの人のファンになったにゃ」


「僕はよかれとも悪かれとも思えないな、だって助けるために前金を請求してくるし」

「前金?」


「ミーシャは彼女からお金要求されなかったの?」

「されてないにゃ」


 はぁ、人によって顔を使い分けるなよ、ヒーローを名乗るのなら。そう言えば、彼女には十分な給料を与えているのに、いつも金欠気味なのはヒーロー活動に予算を割いているからなのかな。


 僕はビャッコの一面をうかがい、納得した。

 物事には必ず理由がついてまわるということを。


 ◇ ◇ ◇


 その日も仕事を終え、くたくたになりつつも家路についた。


「昨日は不甲斐ないところを見せてしまった、だが安心しろウィル。俺がいる」


 隣を歩くファングは僕とは違い、昨日の出来事で発奮している。

 エッグオブタイクーン・ウィルの相棒は俺なんだ、と言わんばかりに。


「エッグオブタイクーン・ウィルの相棒に相応しいのは俺なのだ」


 想起したそばからその台詞を口にした彼にちょっと笑ってしまった。


「……笑ってる場合じゃないぞウィル」

「え?」

「前に誰かいる」


 言われ、前方を凝視した。


 夜道の中に一人だけ違和感をもった女性が突っ立っている。


 全身黒ずくめで、黒いコートと黒いハンチング帽姿の人は僕を見るなりかけよる。

 ファングが彼女に対峙するよう素早く前にでるのだが。


「その手袋、どこで買ったの? 可愛い~!」


 彼女は昨日購入した黒革の手袋に興味しんしんで、彼女の態度にファングも牙をおさめた。


「ねぇ、どこで買ったの?」


 名も知らない黒ずくめの彼女は自分の好みに合ったグッズを見つけ、興奮から初対面の僕の手を取る。黒革の手袋の感触をたしかめるように僕の手を撫でたり頬ずりしたりする。


「これは、その、説明し辛いな。王都のバーバリアンっていう店で買いました」

「なるほどね、バーバリアン? どこにあるのそのお店」

「それが説明し辛い場所にあるんですよね。ちょっと道も入り組んでたし」

「ふぅーん、なら僕にちょうだいよ。お礼もするし」


 彼女の一人称は僕だった、その一人称とは裏腹に彼女は女を武器にしている感じだ。それを証拠に彼女は手にとった僕の手を自分の胸にあてがった。手の平からこの世の至福ともいえる快感がする。


「ねぇ、お兄さん、疲れてるみたいだし、僕とホテルに泊まる?」


 今僕は残された理性と、自分のやましい心とせめぎ合っていた。


 彼女は今なんらかのスキルを僕に使っている、魅了系の何かを。

 残された理性がそれを知らせると、視界がもうろうとし始めた。


 黒ずくめの彼女は蠱惑的な微笑みをうかべ、僕の唇に迫ろうとして。


「その子から離れて、ウィル!!」


 彼女は空からふって来た王都のヒーロー、ビャッコに気づくと後ろへ飛んだ。

 ビャッコは僕たちの間に割って入り、艶めかしい白い後ろ姿がやけに気になった。


「……久しぶりだね、ビャッコ」

「貴方がのこのこと表に出て来るなんて、何が目的なの」


 二人は知り合いだったみたいで、ファングが動揺している。


「な、なんだ、そいつの正体はなんなんだ」


 ファングの疑問に、ヒーローやっているビャッコが間髪いれずに答える。


「その子の名前はミカエラ、王都に巣食う悪の組織の親玉だよ」


 ふーん、それはそうと。

 ビャッコ、今の君って男にとっては劇薬的に、いやらしい恰好してるよな。


「ふゎ!?」


 僕は後ろからビャッコに抱き着き、肉付きのいい彼女の身体に手をはわせた。


「やめてウィルっ、そこは駄目、ふ、ぃ……!」

「ビャッコ、お金ならいくらでも払うから、君を好きにさせて欲しい」

「いくらでも!? ってちょっとマジでやめ――やめろや!」


 ビャッコは僕の顎をショートアッパーで打ち抜き、KOさせる。


 遠のく意識の中、誰かの哄笑がやけに鼓膜に響いていた。

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