第28話 万事休す
ファングという頼もしい相棒と共に王都の夜道を歩いていた。
目的は王都のはずれにある下宿先のエンジュの牧場家。
外壁門をくぐり、そこから街道を通って帰宅するはずだったんだけど。
外壁門の下にはレオがいた。
レオは王都で僕がはじめて雇った従業員のビャッコの兄で。
彼はビャッコから最近、ある相談を受けていたらしい。
「妹はエンジュとかいう女の教育係になったのだろ?」
「え、えぇ、それが何か?」
「妹はエンジュに恐怖していたぞ、彼女は病気だと」
病気といっても、ニュアンスはさまざまだと思うが、この場合の意味はおそらく。
「ウィル、エンジュはいつお前に危害を加えるかわからない状況だが、まぁ頑張れ」
「それだけですか!? ビャッコはなんて言っていたのかもっと詳しい話を」
「詳細は忘れた、妹の話はよくある痴情のもつれだったのでな」
痴情のもつれって、僕は彼女に何もしてない。
「ああ、だが、これだけは伝え忘れないよう言われていたんだ」
「な、なんですか?」
「妹をエンジュの教育係とやらから今すぐにでも配置換えしてくれ」
レオは「妹は世話好きな方ではあるが、カウンセラーじゃないんだぞ」と言っている。エンジュは卵化したあと、僕に迫ったけど、その後すぐに自分のスキルが暴走した結果だと弁解していた。
僕はその話をうのみにしていた、実際今までの彼女におかしな様子はなかったし。
「……そう言えば」
一緒に話を聞いていたファングが何かを思い出したかのようにしゃべる。
「エンジュは時々、ウィルの部屋の前に突っ立っているな」
「ぼ、僕の部屋の前に?」
「ああ、寒いのに服も着ずに何をしていると聞くと、寝ぼけてたと言っていた」
裸で僕の部屋の前に張っていた!? それも一回だけじゃなく数回……。
ファングの回想につられてレオも何かを思い出したかのように口にする。
「俺が聞いた話は、エンジュはウィルが使ったものを収集しているらしい。髪の毛だったり、歯ブラシもダミーのものを用意して入れ替えていたり、あとはウィルが口付けたコーヒーカップは絶対に持ち帰るんだそうだ。休憩時間中はウィルの絵と自分の絵を描いて、そこに夢小説をそなえて愉悦にひたるのが最近のブームらしく、新作の物語だとすき焼き専門店が開くと同時に結婚式をあげてウィルと二人で半永久的にや」
「もういい、もういいって!」
えぇ……えぇ? エンジュ、最初はそんな素振りなかったのに。
ごめん、僕のスキルのせいだ、彼女がこんな風にヤンデレ化したのは。
困惑していると、レオはうつむく僕の肩に手をおいた。
「とにかく、妹の件は伝えたからな」
「あ、はい」
去っていくレオの後姿を見送っていると、ファングが聞く。
「どうするんだウィル」
「どうするって、このことを彼女に勘づかせたらそれこそ何されるかわからないし」
かといって、いつエンジュの堤防が決壊してもおかしくないのか?
「ファングは先に帰ってくれない? エンジュにはこう伝えて欲しい」
「嫌だと言ったら?」
「はあ、じゃあ僕と一緒に行こう」
そこで僕は外壁門からきびすを返し、来た道を戻った。
ファングは僕の隣につけて並んで歩く。
「どこに?」
「今日はジニーの家に泊めてもらうことにするよ、彼女の家の鍵はまだ持ってるんだ」
すっかり返し忘れていた彼女の家の鍵は今も輝きを失せてない。
今、ジニーは家を不在しているようだし、家の鍵を返すといった名目で今夜は泊めてもらおう。ジニーの家はメインストリートの一角の脇道にそれた、洒落たレンガ仕立ての通りに面したアパート。彼女の家に着くと、ファングは僕を制止した。
「中に誰かいる」
「え?」
「匂いでわかるんだ、中にいるのはあの女じゃない」
……ごく、思わずつばを飲み、おそるおそる鍵を開けた。
慎重に扉を開けると、中は真っ暗で。
「嘘だ、中には誰もいない」
ファングは素面で部屋に上がった。
「驚かすにしてもタイミングってものがあるだろ?」
「絶好のタイミングだっただろ?」
彼はいつの間にこんな悪い冗談を身につけたんだ、きっとロイドの入れ知恵だな。
リビングの灯りを点け、店で出しているママ特製の卵弁当を食卓で頂く。
ファングも僕と同じものを床で食べていた。
「明日からどうするつもりだ?」
「レオの話が本当かどうか確かめる」
「どうやって?」
「そこは僕に考えがある」
僕たちは弁当をぺろりと平らげ、部屋の様子をうかがった。
この家の僕の部屋は出て行った当時と何も変わったようすはない。
多少ホコリっぽいぐらいで、ジニーが手を付けたようすはなかった。
ともあれ、今日は早く寝て、明日は早朝から教会に向かおう。
「寝るよファング」
「ああ」
部屋の灯りを消すと、窓から広大な冬の天の川がみえていた。
◇ ◇ ◇
翌朝、目を覚ます。
家の前の通りで餌をつつく小鳥たちの鳴き声で起きた、朝チュン。
「おはよう」
「……あぁああああああああああああああああッッ!!」
まぶたを開くと、目の前には件のヤンデレ、エンジュが同じベッドにいた。
布団の中で抱き合うように横たわっていて、僕の腕はエンジュの背中に回されていた。
あまりの出来事に驚いて、僕はベッドから落ちてしまった。
「ねぇ、なんで昨日は帰ってこなかったの?」
「き、昨日は、ちょっと知り合いと、あ、会って」
「その知り合いって女?」
「ちが、違うよ?」
「うん、それで、昨日帰ってこなかった理由は?」
「疲れてたんだよ、家まで歩く気力がわかなくて、こっちの方がち、近かったから」
よ、よし、即興でこうじた言い訳としては隙がない。
「だからって、昔の恋人の家に泊まるの?」
「別にいいじゃないか、それに」
「よくないから」
彼女はジニーは僕の恋人じゃないと言おうとしたところをさえぎる。
そう言えばファングはどうしたのだろう?
「ファングは?」
「彼なら……朝の散歩に行ってくるって」
今一瞬、エンジュは隣をちらっと見た。
この部屋の隣にはジニーの私室があって、なんか怪しい。
とりあえず、一旦落ち着こう。
身体は震え始めたが、何を怖がっている。
僕はエッグオブタイクーン・ウィル、不可能を可能にする男だ(?)。
「エンジュはもう仕事には慣れた?」
「一応、これでいつ例の店を開いても問題ないんじゃない?」
「二号店の話だね? エンジュには期待してるよ」
と言うと、彼女ははっとした表情をとり、ゆっくりとまぶたを閉じた。
「期待、してて」
なんか微妙に会話が行き違ってる気がする。
僕は立ち上がり、部屋を出てジニーの部屋を確かめる。
するとそこにはファングが彼女のベッドに四肢を縛り付けられていた。
ファングの口にかまされた木の棒を取ると。
「逃げろウィル」
そう言うので、ファングの視線を追うように背後を振り返る。
背後にはエンジュが立っていて、部屋の扉に鍵をかけていた。
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