第29話 第三の犠牲者

 もし、僕がこの先自叙伝でも出すとしたら。


 今日の出来事は必ず載せたい。

 エンジュは僕ことエッグオブタイクーン・ウィルの初めての人だ。


 僕の、生まれて初めての、ストーカーだった。


「え、エンジュ? どうして鍵閉めたの?」

「……つい」

「そ、そうなんだ。とりあえずファングの拘束を解くけど、いいよね?」

「うん」


 にしても、ファングの自由をこうもあっさり奪うのは凄いな。

 ファングはまだまだ成体じゃないらしいけど、それでも凄い。


 ファングの拘束を震える手で解いていると、エンジュに抱きしめられた。


「ウィル、あの」

「な、に?」


「……貴方のスキルは危険だね。卵化した対象はみんな、貴方に依存するよう出来てる。まるで卵からかえったひな鳥がすりこみを起こすように、みんな、貴方なくしては生きられなくなる」


 え?


「それって、つまりエンジュは自分の異変を自覚してるってこと?」

「そこまで変だった?」


 う、うん。話を聞く限りそうとう。

 そう言うとエンジュは仕返しのように腕に力をこめ、僕を咳立たせていた。


「私が自ら招いた落ち度だったけど、これだけは言わせて欲しいの」

「う、うん、何かな?」

「他の人には今後使わないで」


 エンジュはその忠告を与えると、ファングの拘束を僕に代わって解いてくれた。

 ファングはエンジュを睨みつけるのだが、彼女に何か耳打ちされてそっぽを向く。


「ウィル、こいつを連れて教会に行くのだろ?」


 そう言えばそうだった。

 けどそれは、エンジュの謎めいた本心を探るための予定だったから。


 今の彼女は僕のスキルによって、僕に依存していると告白してくれた手前。

 彼女に覚えていた危機意識はもうない。


「その必要性はなくなったかな」


 しかしエンジュは僕の手を取り、強引に外へ連れ出した。


「行こうよ、教会」

「何かあるの?」


 彼女に手を引っ張られ、レンガ仕立ての坂道を小走りであがる。

 僕は背後から陽射しを受け、前を行く彼女の髪に反射して。


 彼女は美しい銀色の髪を大気に溶け込ませ、出会った時と同じく微笑んだ。


「結婚式があるでしょ?」

「え? 誰の?」

「私と貴方の」


 セイセイセイ、セ――――イッ!


 などと言う事案があり、エンジュのおかげで僕は自身のスキルへの理解が深まった。彼女が言ったように、もうこれ以上誰かを卵化するのはやめようと思う。誰かに依存されても、僕にできることは少ないから。


 そう思っていた矢先、僕のスキルによって卵化してしまった第三の犠牲者が出てしまう。


「ねぇ、ビャッコは来た?」


 エンジュに強引に教会に連行された日のこと。

 その日も僕は王都に構えた卵専門店でギルドのみんなと一緒にてんてこ舞い。


 なのに、今日出勤するはずだったビャッコが遅刻を決めていた。

 普段からちょくちょくあったけど、今日の忙しさはすでにキャパオーバー気味で。


 ビャッコは出勤したかどうか、ミーシャに尋ねていた時だった。


「ウィル!! エッグオブタイクーン・ウィルは!?」


 男の怒号が店内に響き、声のした方をみやるとレオが血相を変え、仁王立ちしていた。


「ここにいますよレオ、店内で大きな声出さないでくださいよ」

「妹が大変なことになった! ついて来い」


 マジか、何がどう大変なのか知らないがファングを連れてビャッコの部屋に向かえば。


「え? なんで?」


 ビャッコの部屋には、彼女の白い毛並みを体現したかのような巨大な卵があった。

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