第23話 従魔牧場

「出て行けだと? 何様だ女」

「何様はお前の方だ犬、ここは元々私の家なのだから、当然の結果だ」


 怒り心頭のジニーはつかつかと家に帰り。

 そのあとをしぶしぶついて行くと、こうなった。


 ロイドとエンジュはマケインにうながされ、帰っていき。


 今この修羅場に立ち会っているのは僕とジニーと従魔のファングだった。

 ジニーは僕の部屋に向かい、僕の荷物を勝手にまとめ始める。


「ウィル、私になんでもかんでもやらせないで下さい。自分の荷物でしょ?」

「わ、わかったよジニー、僕とファングは出ていくから、落ち着いて」


 そう言うとジニーは手にしていたオタマをカン! と鍋底に投げつける。


 彼女は部屋にこもり、ベッドの上で毛布に包まり。


 僕は荷物をまとめ、彼女の部屋の前に立ち止まった。


「……ジニー、君と過ごした半年間、楽しかったよ。できれば君とまた海に行きたかったけど、ごめんね」


 さようなら。

 別れを告げたあと、僕はファングを連れて王都の教会を目指した。


 あそこは縁ある場所だし、一泊ぐらいなら許してくれるだろうと思って。


「どこへ向かってるんだ?」

「教会にある家、知り合いみたいなものだから泊めてくれると思う」


 にしても、ジニーが退治した魔獣の正体がファングだとは思いもしなかった。

 じゃあ、昨日食べたお肉って、ファングの?


 心の衛生的に悪いのでこれ以上考えるのはやめよう。


「ごめんねファング」

「何に対して謝ったのだ?」


 い、色々と。


「君は生まれたばかりなのに、心労かけて」

「……俺はこのような経験も貴重だととらえている」


 ――それまでは誰かと隣り合うことなどなかった。


「ウィルは俺を選んでくれた、とは思わないが、独りは辛いからな」

「……」


 彼の言葉が、心に刺さった。


 そしてつい前世を思い返してしまう、孤独死をした最期を。

 誰に看取られることもなく、独りで死の淵につくのは、涙しても語れない悲しみがあった。


 教会に向かって歩いていると、僕たちに声を掛ける人がいた。


「ウィルとファングくん」


 声の主はエンジュだった。

 彼女は街灯の下に立っていて、僕たちを手招きしている。


「あ、さっきはお見苦しい所見せちゃって……?」


 エンジュに近づくと、ふと姿を消す。

 すると彼女は数十歩先に姿を出して、ふたたび手招きしている。


 僕は夢でも見ているのか?


 隣にいたファングが僕に選択肢を与えるよう言った。


「どうする? 俺はあの女よりはこの女の方が信頼できるが」


 あの女=ジニー、この女=エンジュ、ではあるが。


「ファング、できればあの、とか、このとかっていう言い方は避けた方がいいよ」

「で、どうする」

「そうだなぁ……ついて行ってみるか」


 エンジュについて行くことを選ぶと、彼女はホラー映画のように笑っていた。

 やっぱ辞めようかな、背中に悪寒が走る。


 ふと夜空を見上げると、王都の上空を厚い雲がおおっていた。

 エンジュは王都の中心から離れていくと、雲の隙間に煌々とした月がある。


 結果的に、ジニーとの生活は喧嘩別れする形で終わってしまったけど。


 王都に取り巻く晩秋の季節の光景に、僕は先の幸運を予感していた。


 ◇ ◇ ◇


「ウィルとファングくん、こっち」


 エンジュの消える影を追っていくと、王都の外壁をくぐり。

 その先に牧場のような物が見えた。


 牧場の納屋からオレンジ色の光が漏れて、エンジュの足元を照らしている。

 彼女の隣にはファングを大きくしたかのような古代狼が座っていた。


 僕はエンジュに近づき彼女の両手を握りしめた。


「ここってもしかして君の従魔の牧場?」

「そうだよエッグオブタイクーン・ウィル、欲しい従魔でもいた?」

「いる、警備役として彼らは使えるからさ」

「それだったら、後でみんなを紹介してあげる……それでファングくん」


 エンジュは僕の手をほどき、ファングに視線を合わせるようしゃがんだ。


「この子たち、お腹空かせてるみたいなの、例の肉をくれないかな?」

「代わりにエンジュは俺に何をくれる?」

「当面の貴方達の居場所を提供してあげる」

「その交渉乗った、では受け取れエンジュ、俺の肉を」


 ファングが右手の先にブロック肉を出すと、エンジュの従魔が早くも口をつけていた。


「いくら食わせればいいんだ?」

「最近食べれてなかったから、出来るだけ一杯」

「わかった、なら」


 なら、と言った後、ファングは巨大な肉の塊を生成する。

 まるでマンモス象の肉に匹敵しかねないほどの大きな肉だ。


「でけーな、これは解体し甲斐があるぜ」


 納屋に隣接されていた家からロイドが出て来た。

 そして彼は巨大な肉の塊を職人芸で解体していく。


 その様子に、エンジュが声を掛けるまでもなく、従魔たちは歓喜して。

 あるものは遠吠えを発し、あるものは興奮して飛び跳ねたりしている。


「ウィル、肉じゃなく、卵が好きな子もいるから、卵もお願いしてもいい?」

「わかったよエンジュ、今日からお世話になります」


 その晩から、僕はエンジュの従魔牧場に仮住まいさせて頂くことになった。


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