第22話 破局

 卵の専門店に続き、僕は二号店としてすき焼きのお店を開こうと思っていた。


 きっかけは一緒に暮らすジニーが討伐して持ち帰った魔獣肉。


 まるで牛の霜降り肉のような味わいから、これは行けると思った。


 ファングはその霜降り肉に匹敵する肉を生成するスキル持ちだったし。


 二号店の成功は、目に浮かぶように見えていたのに。


 当の従魔であるファングは、ジニーに向けて歯牙を剥きだす。

 ジニーは自分をなぶり殺しにした張本人だと言って。


「……これは、一度話す必要がありそうね、ウィル」


 ジニーは言うなりファングに大盾を構えると。

 ファングをかばうように、エンジュとロイドが前に立ちはだかった。


 僕はみんなの殺気に尻もちをつくと、マケインが僕の前に出た。


「ウィル、貴方の命だけは私がなんとしてもお守りします」


 と言って、その場にいる僕以外は得物を構え始める。

 セイセイセイ、セ――――イ!


 ジニーがファングの前で戦闘態勢をとっているエンジュとロイドを説得する。


「そこを退け二人とも! そいつは王都で賞金首になっていた魔獣らしいぞ」


 説得に、ロイドは拳をかざして反論していた。


「賞金首だろうと、ファングは俺の大切な犬ころ様だ。殺らしはしねぇ」


 犬ころと呼ばれたファングはロイドをちらりと見るが、ジニーに唸り続ける。


「それに、ファングはウィルさんの従魔だぞ? ここで殺処分にでもしたら、ウィルさんは重い罰則を背負うことになるぞ」


 ……そう言えば!

 従魔の登録する時に、従魔士の責任事項にそんなこと書いてあった。


 ありがとうロイド、気づかせてくれて。

 そこで僕は両者の間に割って入ることができた。


「とりあえずみんな武器を納めてくれ」


 どこから取り出したんだ、って思わずにいられない所作だな。


「今後どうするかは、すき焼きを食べながら話そう」


 喧嘩や暴力沙汰はこの場にいる誰もが望むところじゃないだろ。

 一匹を除いて。


 して、僕らはすき焼き鍋を囲みつつ協議を始める。


 ファングはジニーに噛みつかないよう紐にくくりつけておいた。


「とにかく、ウィルは明日にでもその魔獣との従魔登録を解約してきてください」

「いや、ジニー、ファングには有用価値があって、それはできない」

「有用価値とは?」

「今君が食べているすき焼き肉は、ファングのスキルによって生成されたものだから」


 ジニーはその話を聞くと、摘まんでいた肉を溶いた卵の中に落とした。

 ファングがショックを受けた彼女の様子に、皮肉染みた笑い声をあげる。


「女、貴様と違ってウィルは俺に価値を見出しているんだ。無価値なお前は消えろ」


 ファングくんったら酷い。

 ロイドはファングの言葉に続く。


「ファング、もしもウィルさんから捨てられたら俺がお前の主になってやる」

「それには及ばん」

「なんでだよ」

「俺のような価値ある存在は、エッグオブタイクーン・ウィルといった偉人にしかあつかえないのだ小僧」

「子犬みたいなお前に小僧呼ばわりされたくねーな」


 ジニーは話の流れにわなわなと体を震わせる。


「私は無価値ではない、私は昔とは違い、王都で活躍している、私は無価値じゃない」


 ジニーはうつむいて、過去の自分と問答しているみたいだ。

 彼女の反応を受けて、ファングは調子に乗る。


 何やらエンジュとひそひそと話した後。


「落ちこぼれ」


 ジニーの最大の禁句を言い放った。

 堪えかねたジニーは席を荒げて、家を飛び立ってしまう。


 ジニーが出ていくと、僕一人いたたまれない心境になる。

 だってここは彼女の家だし、なぜ彼女が飛び出ていく結果になるんだ。


「……はぁ」


 とため息つくと、マケインが突っ込んだ。


「はぁ、とため息ついている場合じゃないかと思いますよウィル」

「でも」

「悪いことはいいません、彼女を追いなさい」


 ……わかったよ、マケイン。

 僕はその場をマケインに託し、急ぎ足でジニーを追った。


 アパートの表階段から通りを左右に見渡したけど、すでにジニーはいなかった。

 階段を下りてレンガ仕立ての小洒落た坂道をのぼり、メインストリートに出た。


 大通りには帰路につく人々がいて、その内の一人を捕まえた。

 ポケットにしまっていた財布から彼女の新聞の切り出しを取り。


「あの、この人を見ませんでしたか?」

「ん? ああ、今噂の女騎士様ね、見てないなぁ」


 う、勘が外れた。


 などとジニーの聞き込みを始めれば、街灯の下にいた女性が声を掛ける。


「エッグオブタイクーン・ウィル、私と遊んでよ」

「また今度、それよりもこの人見なかった?」

「……見たわよ」

「本当? どこに向かったかな?」


 言いながらチップをはずむと、彼女は腕に組みつき頬にキスをした。


「その落ちこぼれ騎士がどうかしたの?」

「ちょっとね、家を飛び出て行っちゃったから、で、どこに向かった?」


 聞くと女性は背後を指さした。

 その時、僕は背後から異様な熱気を感じ、おそるおそる振り向く。


 振り向いた先ではジニーが怒り心頭の様子で突っ立っている。


「ウィル、一体何があったのですか、ともあれ失望しました」

「誤解だ! 僕は家を出て行った君を探してただけで」

「無駄ですよ、貴方がたとえ私に追いついたとしても、あの魔獣を取るんでしょ?」

「それは、その」

「……という訳で、ウィルにはあの家を出て行ってもらいたく思います」


 ああ、最悪だ。

 彼女は寒い中走った影響で頭を冷やして戻って来たみたいだけど。


 彼女は僕がファングに執着しているのを悟り、関係を断つつもりでいる。


 それを証拠に彼女は深々と頭を下げた後、面をあげて。

 今までの同居生活を清算するよう氷の微笑みをとっていた。


「今までありがとう」




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