第15話 王女の誘惑

 翌朝のことだった、今朝も早朝からジニーは姿を消してて。

 代わりに励ましの言葉が書かれたメモを残していた。


 僕は大衆浴場へ向かい、汗を流して歯を磨き、外見を整える。


 その後は家に戻り、出勤する予定だったけど。


「お帰りウィル」


 家になぜかジニーがいた。

 とうとう騎士団辞めたのか? と盛大な勘違いをしていると。


「ウィル、何をやったの? 私にだけは正直に答えて欲しい」

「事情がのみ込めないよ、何かあった?」

「……第二王女、アナベル様がウィルの召喚を命じられた」


 よし! フレイヤはあの後、王室に連絡してくれたようだな。

 狙いは見透かされていたけど、結果的によし!


「私が水先案内人、緊張から震えが止まらないよ」

「大丈夫だよジニー、僕は何も悪くない」

「今まで色んな人に職質してきたけど、その返答は最悪」


 だから僕はジニーに連れられる形で王都の中央にある王城へと向かった。

 王城に向かう途中、僕の店に立ち寄り王女様への献上品をみつくろう。


「こんな感じで大丈夫だった?」


 僕の代わりに急きょ休日出勤になったビャッコに、色々とそろえてもらったが。


「一つ欠けてる、白米も用意して」

「え?」

「白米だよ、わかるだろ?」

「私、知らないからね」


 王都に住んでいる彼女は王室メンバーを畏怖しているのがわかった。

 で、王城まで続く長い坂を上り、黒い鉄格子の城門前で手続きを済ませ。


 城門はおびただしい金切り音をあげて重たく開いた。


「こちらです、ウィル」


 先導するジニーの声は心なしか震えている。

 相手はそれほどの手合いなのか?


 内部は白を基調とした壁と天井で、床には高貴な青い絨毯が敷かれている。

 庭に面した廊下を通り、ジニーはある部屋の前で立ち止まった。


「アナベル様、ヴァージニアで御座います。エッグオブタイクーン・ウィルをお連れ致しました」


「どうぞ」


「失礼します」


 ジニーの先導で室内に入ると、豪奢な造りではあるがそこまで広くはない。

 これであればギルド組合本部社の方がよっぽとお金がかかってそうだ。


 件のコネクションであるアナベル王女は怜悧れいりな顔をしている。

 王族などで愛用されているカツラをつけ、白いゴシック調のドレスを着ていた。


「そちらがエッグオブタイクーン・ウィル様で? 初めまして、アナベルと申します」

「どうぞウィルとお呼びくださいアナベル様、今回はこちらの都合で謁見させて頂き感謝いたします」


 手堅い挨拶を終えると、ジニーは先ほど用意したお土産を王女に伝えた。


「こちら、ウィルのお店に出品されている卵食品になります」

「ここへ、中を確かめます」

「は、失礼します」


 王女は店の特製の手提げ袋に入った商品を手に取る。


「これは?」


「プリンというデザートで御座います、プリンの優しい味わいとキャラメルソースのほんのりとした苦味と甘味があいまった逸品です。私の地元では大変評判のいい商品でした」


「ではこれは?」


「卵クレープです、そちらもデザートの一種でして」


 などなどと、王女は持ってきた商品全部に説明を求めた。

 一通り商品の説明が終わると、本題に移った。


「今回、私にお会いしに来た理由をお聞かせ願えますか」

「ぶしつけですみませんが、アナベル様の書状を頂きたく今回は参りました」

「どのような内容の?」

「私が持つ店の卵を推奨して頂きたく思います」

「そのためにわざわざ謁見しにいらしたのですか?」

「……できれば、もう一つお願いがございます」


 そこで僕は王女に歩み寄り、手提げ袋の中から白米茶碗と新鮮な卵を出す。


「アナベル王女様に、ぜひともTKGをお召しあがり頂きたいです」


 そう言うと、同室していたジニーが膝からがっくりと落ちる。


「どうなさったのジニー?」

「い、いえ、緊張から青ざめてしまって、申し訳ありません」


 僕に心を読むスキルはないけど、彼女の心の声が聞こえてくるよ。

 ――死ぬ気か、ウィル。


 僕は机をお借りして卵を綺麗に割り、専用の醤油タレをうずまき状に垂らした。


「アナベル様にこちらを一度お召し上がりいただき、卵の評価を改めて欲しいのです」

「卵の評価とは?」


「これまでは生卵は加熱処理しないと不衛生とされていましたが、私の卵は違うのです。私の卵は私の師匠ルドルフの調査により、食中毒の原因となるサルモネラ菌が一切含まれてないことがわかっております」


「大商人ルドルフですか、懐かしい名前を耳にしました」


「ぜひとも、私の自慢であるTKGをお召し上がりください」


 どうか、食べて欲しい。

 そして王女様の書状にて忖度なしの感想を書いてもらい。


 僕はそれを持って王都中を走って、営業を掛ける。


 ふと目を移すと、ジニーの顔は真っ青になっていた。


 大丈夫か? と思わず意識を奪われていると。


「では頂きます」


 アナベル王女は用意された白米の上に乗せられた黄身を箸で割り。

 卵黄膜が割れて中から濃厚な黄身が垂れて、専用の醤油タレと混ざり合う。


 王女はその光景に鼻を寄せ、臭いを確かめてから口に運んでいた。


「……」


 口の中でTKGの味わいを咀嚼そしゃくして丹念に味わうと。

 今度は箸をだいたんに動かして、一気に口内にかき込んでいた。


「いかがでしょうか」

「大変美味しいと思いますよ、何より手軽に食べれて、その上栄養素も高そう」

「おおお、そこまでお分かりになられるとは、幸甚です」


 で、書状は認めてくれそうなのだろうか?


「書状でしたね、今から書きますので少々お待ちください」


 よし……よし!


 この書状を持って各方面に営業掛ければ、きっと他の店でも僕の卵は提供される。

 興味本位でもいいから卵料理に手をつけてもらえれば、信用はそのうち成り立っていく。


「あ、インクが切れてますわ。ジニー、インクをここに」

「か、かしこまりました」


 ジニーが急ぎ足で退室すると、王女は姿勢を崩し、頬杖をついていた。


「時にウィル、貴方の恋愛経験は?」

「え」


 急に何を?


「恐らくですが、貴方の貞操はまだ守られてますよね。どうですウィル、今ここで私とするというのは?」


 はい?


 王女はそう言うとかぶっていたカツラを脱ぎ、ジニーのような紅蓮の髪の毛をあらわにした。


「貴方を一目入れた時から、思ってました。その愛くるしい顔、穢れを知らなさそうな黒い瞳、年齢はたしか十八でしたか? 貴方を評するのならまるで、青年と少年の狭間で揺れている禁断の果実」


 ――食べてみたい。


 ◇ ◇ ◇


 結論から言おう、僕はアナベル王女に非常に気に入られたようだ。


 王女は転生して得た幼い僕の顔貌を気に入った様子で、あの後ベッドに押し倒された。


 僕は混乱して、王女から胸元に手を置かれて、その時猛ダッシュで逃げたよ。


 これで計画していた王室の書状もパー、王女に目の敵にされたかもしれない。


 もういっそのこと、王都から逃げようかな。


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