第16話 繁盛と没落の明暗
アナベル王女を強引に振り払って逃げて来た。
今は卵専門店の片隅でカタカタカタとふるえている。
店で働いていたみんなは僕の様子が気になっていた。
僕の肩にトレントの手が置かれると、びくっとはねさせてしまう。
「大丈夫かウィル、何があったんだ」
トレントの台詞にミーシャも近づいてきた。
「
何があったかなんて……口が裂けても言えない。
でないと僕は彼女に食べられてしまう――!
その日も特に前日、前々日と変わったことはなかった。
いつも通りまばらにお客さんが来て、加熱調理された品だけ数点買われる。
残り物は教会にいる子供たちや聖女たちに行きわたり。
家に帰ると、先に帰宅しているはずのジニーの姿はなかった。
代わりに食卓にメモが残されていた。
『今日はひどく疲れたから先に寝ます。ウィル、王女と何かあった?』
「……?」
王女と? 何かあったっけ。
何かとても嫌なことがあったような気がするが、何だったっけ。
『アナベル様の書状を預かっておきましたので、机の上に置いておきます』
メモと一緒に、王室専用の羊皮紙が青い紐で丸くまとめられていた。
紐をほどき、中をたしかめた僕は、こぶしを強くにぎりしめた。
翌日から僕は王都にある飲食店に営業をかけ始めた。
「ああ? 俺の店で卵をあつかってくれだって?」
「とうとつなご提案申し訳ありません、王都の皆さんが卵に対し不信感を抱いているのはわかっているつもりです。ですが、私が提供する卵の安全、保障はアナベル王女様のお墨付きですので、こちらはそれを証明するための王女様の書状になります」
営業先の店主という店主が、アナベル王女の書状を見せると口をひくつかせる。
王女に何かされたのか?
「わかった、卵料理をうちでも扱わさせてもらう。だが肝心の卵の仕入れはどうすればいいんだ?」
「私どもの方で卵を『お安く』提供させて頂きます、どこよりも良質な卵になりますのでご安心ください」
「いくらぐらいだ?」
店主から値段を聞かれ、僕は昨夜設定した交渉を本格的に持ちかける。
と言ったように、アナベル王女の書状の威力はばつぐんで、営業しにいった飲食店の全てで卵をあつかってもらうことになった。僕の専門店ではTKG定食を大々的に売り出し、じょじょにだけど、客足を伸ばしていった。
売り上げも伸びていって、一日のコストをペイできるぐらいにはなった。
だがこれでもまだ足りない。
そんなある日、王城から騎士がやって来た、ジニーの先輩たちだな。
「いらっしゃいませ」
「貴方がエッグオブタイクーン・ウィルか?」
「はい、私がウィルですが、何用でしょうか?」
「アナベル様が卵料理をご所望でな、ウィル殿の方で見つくろって頂けないか」
「ありがとうございます、さっそく手配いたします」
アナベル王女や王室からの注文も受けるようになった。
王室メンバーは一種のインフルエンサーともあれば、王都にいる大衆が王室にならって卵を一度食べてみたくなるはず。そこで僕はやって来た騎士に融通してもらい、新聞記事を書かせてもらうようにした。
「どうでしょう、騎士様も店の卵を一度食べてみては?」
と言って自慢のプリンを二人の騎士に差し出す。
一人が口にすると、ためらっていたもう一人もプリンを味わい。
「おお、美味しいな」
「ありがとうございます」
こう言った地道な宣伝も増やしていくと、ある日を境に店が繁盛するようになった。今までぼちぼちと来てくれたお客様の口コミと、王室というインフルエンサーの影響のおかげだった。
王都に来てから半年後、僕の店は連日盛況なにぎわいを見せることになる。
「ウィル、お疲れ様です」
「マケイン、来てたんだね」
マケインは常連客として僕の店に通い続けてくれた。
今日もわざわざ列に並んでくれたのだろうか? ありがたい。
「ウィルが手掛ける事業なら、いずれこうなるだろうとは思ってましたよ」
「今回は半信半疑だったけどね」
「どうですウィル、王都に二つ目の店を持たれては?」
「それもいい頃合いかもね、また譲ってくれそうな店舗があるってこと?」
「えぇ、他にもウィルになんとかしてもらいたい案件が結構あるんですよ」
マケインは僕のことなんだと思っているのだろうか。
しかしこの店もマケインの口利きで譲ってもらったともなれば、受けるしかないか。
その日、最後のお客様を送り出すころには時計は夜の八時を指していた。
軌道にのったお店、働ている従業員も活気にあふれている。
「にゃにゃにゃ、今日の売り上げも好調だにゃ」
ギルドの会計係であるミーシャはお金を目にすると興奮する性格だった。
根っからお金に目がない彼女は今日の売り上げを見て喜んでいる。
「そう言えばウィル、元居たギルドの話聞いた?」
「いいや、何かあったの?」
「赤字が続いて、今はギルド内で分裂が起きてるみたいだにゃ」
その話を聞いた僕はふがいない兄弟子たちに嘆息をついた。
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