第14話 スキル『心』

「わ、私の接客がまずかった?」


 卵専門店の営業初日、店に閑古鳥がないた。

 ビャッコは自分の接客がまずかったのかと言うが、違う。


「いいや、君の接客は大丈夫だったよ」

「ほ、よかった。なら何でお客さん買わなかったんだろうね」

「それはお客にもよるだろうけど……とにかく今日はお疲れ様、トレント店のシャッター閉めて」


 背の高いトレントに頼んで店前のシャッターを下ろしてもらう。


 今日の客入りはぼちぼちとだったが、新しいお店ということで足を運んでくれた。


 お客さんはこの世界では貴重な卵を目にし、次に卵で作ったお弁当や、デザート類を見学して談話していたけど、誰一人として商品を手に取ろうとする人はいなかった。


 強いて言えば今日の売り上げはジニーが大奮発して購入してくれた分と。

 ここの元オーナーのヘドウィグさんが買ったプリン三つ。

 あとはマケインも営業終盤にやって来て、プリン二つと卵そぼろ弁当一つ買ってくれた。


 だがそれじゃあ一日に掛かる予算とぜんぜん見合わないんだ。


「明日もこんな感じなのかなー」


 ビャッコは今日の結果から明日の営業に不安になっていた。


「明日もたぶん今日と同じだけど、今日と同じにしちゃ駄目だ。ビャッコ、今から言う内容を明日までに覚えてきてね」


「な、何をするの?」


 明日は早速だけど基本に立ち返ろうと思う。

 出来れば取りたくない手段の一つでもあるけど。


「――マーケティング、一回お店で市場調査してみる」


 して翌日、今日の客入りは見た感じ昨日と同じぐらいだった。

 午前十時から午後十九時まで店は開き、訪れた客の人数は七十二名。


 ビャッコにお願いして、お客さん達にアンケートを取ってもらってわかったことがある。


『ここのお店は小綺麗で見てて楽しいけど、卵は不衛生だから買えない』


『店からする匂いに釣られてやって来ました、加熱調理されている物は平気だけど、他は衛生上の理由により買いませんでした』


『卵専門店ねぇ? 需要あるの? この前だってある街で卵による食中毒が多発したって新聞に書いてあったしなぁ』


 やっぱりアンケートを取ってもらってよかった。

 真摯なお客さんたちの回答により、卵が売れない理由がはっきりとしている。


 彼らは卵による食中毒や、健康面の不安から食指が伸びないんだ。

 この世界での卵への信用問題と言っても過言じゃない。


『卵? どうやって調理すればいいんだい? あたしにはわからないね』


 中にはこういう意見まであって、非常に面白かった。

 それもこれも、卵を当たり前のように食べていた前世の記憶が思わせる。


 面白いアンケート結果が取れた所で、早急に対策を打たなければいけない。


 僕にはかねてから温めていた秘策があった。


「ビャッコ、今日はお疲れ様。明日は休んでいいよ」

「はーい、じゃ、お疲れ様でしたー」


「ミーシャとトレントもお疲れ様、店の戸締りは頼んでいい?」

「了解にゃ」

「でもウィル、今後どうする?」


 トレントの質問に、僕は覇気を崩さず胸を張ってこういった。


「なんとかするよ、なんともならなかったらその時は潔く諦めよう」

「そうか、まぁそれが俺らのやり方だもんな」


 そうだとも、挑戦に対し失敗したら一度畳んで次の糧にすればいい。


「でも、ウィルがそう言う時は決まって必ずなんとかなるにゃ」

「ありがとうミーシャ、なんとかなればいいよね」


 じゃあ戸締り頼んだよー、と告げ、僕はママと一緒に教会に向かった。


 王国の夜道は怪しげな集団もたまに潜んでいるから、ママを頑張って守る。

 ママは僕の隣に寄り添うと、腕を組んできた。


「ウィル、悲しくない?」

「あー、あんなに大見栄きっておいて、デザートが売れなかったのは悔しいよ」

「ママの腕が足りてないのかなぁ」

「そんなことないよ、ママが作ったデザートは逸品だ」


 僕が保証する、と言っても、ママは気落ちしていた。

 ママが作った売れ残ったデザートを子供たちに届けると、喜んだりふさぎ込んだりと反応は色々だった。


「またこんなに売れ残ったんだ……」

「ナッシュは察しがいいな」

「だって、実際そうなんじゃん」

「売れないことの何が嫌なんだ?」


「俺たちの仕事が無駄になるのが嫌だし、ママが一生懸命作ったものが無駄になるのも嫌だし、何よりウィルさんの儲けがなくなると俺たちお金貰えなくなっちゃうんだろ?」


 なるほど。

 不安がるナッシュを励ますよう、僕は背中に手をやった。


「僕がなんとかする、なんとかならなかったら、その時は君がなんとかしてね」

「えー」


「冗談だよ。けど、エッグオブタイクーン・ウィルの名は伊達じゃないってこと証明してみせるよ。所でフレイヤ様にも差し入れしたいんだけど、今どこにいらっしゃるの?」


「フレイヤ様だったら礼拝堂にいると思う」


 じゃあ早速向かうか。


 家の隣にある礼拝堂には、参拝客がちらほらといた。

 フレイヤは前に立って、神に祈りを捧げている。


 僕は一番後ろの席に座り、一緒になって祈りを捧げた。

 数分後に礼拝は終わり、参拝客がフレイヤに挨拶して退室した後。


「フレイヤ様、本日の差し入れになります」

「いつもありがとうウィル、今日のお店は順調でしたか?」

「いや、開店以来赤字続きですね」


 その報告を入れると、フレイヤは悲しんだ表情をとる。


「貴方のご後援あって、今の我々は多少裕福な暮らしができるようになっていたのですがね……これも自然の摂理とあらば、しょうがないことなんでしょうね」


「えぇ、僕も悔しいですよ。せめて王室と連絡が取れれば、最後の打開策を打つことが出来るのになって。ただ王都にやって来て初めてわかったのですが、王室のガードが異常に固い」


「しょうがありませんわよ、何せ王室は王国の最高機関。先月この街に来たばかりのウィルでは、その伝手を作るのも難しいでしょう」


「……もしかしたら、あの店は早々に畳むかもしれません。そしたら聖女様たちの後援も出来なくなってしまいますが、何卒お許しください」


「……ウィル、出来れば貴方の本心をお聞かせ願えますか」


 本心だって?

 僕の本音は、フレイヤはじれったいお人だなと思っている。


「私はじれったいお人、ですか」

「っ、心を読めるのですか!?」

「えぇ、私のスキル『心』によるものです。貴方の狙いは王室へのコネでしょ?」

「えっと、まさか最初から全部お見通しで?」


 僕がここに最初やって来た時、僕の狙いは聖女教会と王室の間にあるコネクションのための布石を講じてのことだった。なんでもナッシュと言った孤児たちの名目上の保護者が王室にいる王女の一人らしく、彼女たちによくしていれば何かあった時に使えるのではとにらんでいた。


「大変失礼しました、そうとは知らず浅ましい真似を」


「とんでもありません、確かに最初こそは警戒しましたが、貴方は約束を守れるお方です。ママやナッシュに言ったことも、しっかりと守ってくださいね――エッグオブタイクーン・ウィルは何とかする男であると証明してください」


 ぐ、心を読めるスキルか、僕の卵スキルと違って強力だな。

 僕はこの人に一生勝てそうにないな。

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