第23話 告白の日




(優恋さん……今日もいないか)


 星空を見たあの日から、2日が過ぎた。

 バスで優恋さんに会えない日が続いている。

 3日目の今日こそと思っていたけど、朝は見つけられなかった。


 結由と一緒に車で登校してるのかな……。

 結由はいつも専用車での通学だから、そうなると会えないんだよな。


(困ったな……)


 僕は自分の胸で、もやもやしているものに目を向ける。


 あの日のせいか、会いたい気持ちが落ち着かなくなっているのがわかる。

 こんなにも、ほかのことで気持ちを紛らわすことができないのは初めてだった。


 こうなってしまった理由は自分でもわかる。

 きっとあの練習の時に……。


 ああ、もう教室についた。

 ちょっと気分を変えなきゃ。


「おはよ」


「おはよう」


「夏向さ、数学の宿題やった? 俺さ、最後の解けなかったんだけど」


「あー、難しかったね。後で見せるよ」


 教室に入り、馴染みのクラスメートに挨拶しながら、自分の席に着く。


 そしてあーあ、と苦笑する。

 他人と話しながらも、それでも頭のどこかで「今日の帰りは会えるかな」とか考えてしまっていた自分がいるから。


 こういう、常に頭から離れない感じが、もしかして恋ってやつなのかな。

 だとしたら、僕、初恋をしてるのかも。


「……ん?」


 やれやれ、と思いながら、教科書をいつものように机の中に仕舞おうとして、なにかが手に当たった。


 その形に思い当たるものがなかったので、手に取るまで、なにか分からなかった。


「えっ」


 それは封筒に入った、手紙だった。

 明らかに女子からの。


「嘘だろ……」


 僕は慌てて教室を出ると、人気のない階段にいき、封筒を開けてみた。

 なかの便箋を読む。



 ――放課後、噴水前で待っています。



「………」


 さすがに固まる。

 待って、放課後の噴水前って、まさか僕に……。


「誰だろう……」


 封筒の裏を見る。

 差出人の名前は書かれていない。


「………」


 真っ先に思い当たるのは、結由だった。

 優恋さんから、僕のことが好きと何度も聞いていたから。


 でも結由とは最近ほとんど話してないな。

 僕が話しているのはむしろ……。


「あ、夏向オハー。ん? なんかいいことあったの」


「……いや、なにも」


 教室に戻ってみると、ベージュの髪をした、短いスカートの人が挨拶してくる。


 結由だ。


「ふーん。なんか夏向さ、今日は顔が明るいね」


「そう?」


 顔、っていうか、表情のことを言いたいのね。


「ま、別にいいんだけど。てかさ、あたし髪の色戻そうかと思ってるんだけど」


「あ、そうなの」


「夏向は、こっちのがいいと思う?」


「結由はどっちでも似合うから大丈夫だと思うよ」


「そう? サンキュー」


「うん」


 僕は差支えのない応答をして、席に着く。

 話した感じ的には、結由じゃないような気がするんだけど……。


 いや、クラス内だから気を遣って話をしてくれているだけなのかな?


 でも、結由じゃないとしたら誰だろう。


「………」


 もしかして。


 いや。

 そんな幸せすぎること、この世にあるはずないか。





 ◇◆◇◆◇◆◇





 放課後。


 手紙にあった場所に向かいながら、告白される側って、なんて気楽なんだろうと思う。

 する側は100倍くらいドキドキしているんだろうな。


 告白されて、ひとまず付き合ってみるっていうことができる人もいるらしい。

 でも僕の場合は、できないだろうな。


 今、現在進行系でとても好きな人がいるし、好きになれない人とダラダラ付き合うっていうのも、それはそれで相手に失礼だろうし。


 だから、これから相手の真っ直ぐな気持ちを断りに行くと思うと、気が重い。


 いや、しっかりしないと。

 相手の方がつらいんだから。


 今日できちんと僕のことを見限ってもらうことが、その人の未来にとって大切な分岐になる。

 一日でも早い方がいい。


 そう言い聞かせながら、校舎裏の通路を抜けて、製薬会社の庭園に向かう。


「こんにちは」


「こんにちは~」


 製薬会社の敷地に入り、スーツ姿の人たちとすれ違うと、皆さん笑顔で挨拶してくれて、気持ちがなごんだ。


「ゆっくりしていってくださいね」


「ありがとうございます」


 大人ってすごいな。

 見知らぬ僕に、笑顔でこんな優しいことを言えるとか。


 同年代とは、明らかに人間としての深みが違うよな……。

 僕もあと数年で、こうなれるんかな……。


 そんなことを考えている間に、木々に囲まれた噴水が見えてくる。


 20メートルくらいの人工池の中央に黒い台座があって、台座の中心から上向きに水が吹き出し、外側に向かって細長い水の放物線がいくつも描かれている。


 この放物線の数はちょうど100本あるそうで、陽光を反射して美しい限りだ。

 ちなみに、いつもはフェンス越しに見るから、こうやってそばまできて見るのは入学当初のオリエンテーションで来た以来。


「えーと……」


 僕は目的の相手を探す。

 休憩をしているらしい社員の方々はぽつりぽつりといるけれど、今見える範囲で、手紙をくれたっぽい制服の女子はいない。


 さすがに噴水の向こう側か。

 ここからだと、学校帰りの生徒たちから丸見えだしな。


 僕は噴水の周りをなぞるようにして進む。

 そうやって、歩いた先。


「あ……」


 その人は、ちょうど僕に背を向けるようにして、立っていた。


 肩までのベージュ色の髪。

 膝丈のスカート。


 さっきまで、斜め前に座っていた人だった。


(そうか……)


 やっぱり……。

 僕は大きく息を吐くと、抱いていた淡い期待を捨てた。


「結由」


 僕が声をかけると、彼女は背を向けたまま、肩をびくっと揺らした。


「ごめん。言われる前に言っておくよ。僕、他に好きな人がいるんだ」


 振り返ろうとした結由が、そのまま硬直した。

 彼女は頭だけを少し左に向けるようにして、髪に隠れた頬をわずかに覗かせている。


「ここで告白したいくらい、その人のこと、好きだから」


「………」


 僕の言葉に、結由が小さく息を呑むのがわかった。


「……どんな人なの」


 少し間を置いて、背を向けたまま、結由が訊ねてくる。


 今朝も昼間も聞いていたから、よく分かる。

 彼女の声はいつもと違っていた。


 もう泣かせてしまっているのだ。


 だが戸惑ってはならない。

 ここでしっかり言う方が、結局は一番彼女のためになるのだから。


「一緒にいると心が癒やされる人なんだ。いつも、その人のことが頭から離れないし」


 僕はたどたどしくも、胸の内を自分なりの言葉で伝え始める。


「………」


 結由は無言のまま、じっと僕の言葉を聞いてくれている。

 僕はそれに勇気づけられるように、言葉を続けた。


「もっと噛み砕いて言った方がいいね。頭から離れない感じっていうのは、さっきまで一緒に居たのに、別れたらすぐに会いたくなる人で」


「………」


「夜、ベッドに入ると、いつもその人に会えた時間のことを思い出してる」


「………」


「できることなら、一晩中ずっと触れたままその人と眠れたら、と思う」


 突然、結由が、はっとする。

 それでも、僕は構わず話し続ける。


「貯水池公園と西が丘に、その人と行ったんだ。ディズニーランドと比べたら、どっちも冴えない場所だけどさ」


 背を向けている結由の、わずかに見える目元を僕は見つめる。


「でもそれからなんだ。僕、わずかでもいいから、毎日その人と一緒にいたい。とっても好きなんだ」


 全て、嘘偽りのない気持ちだった。


(言えた……)


 よかった。

 これだけ伝えたならば、誤解しようがないだろう。


 あとは結由の言葉を待とう、と僕も言葉を止める。


「………」


 結由を見る。

 彼女は衝撃で、もう言葉が出ないようだった。


 それはそうだよな。

 告白しに来たはずが、言う間もなくこんな話をされているわけだから。


 しばらく無言のまま、時間が過ぎる。


「……一応」


 それでも結由が先に口を開き、小声でそっと僕に訊いてきた。


「相手……誰なのか聞いていい」


 僕は、頷いた。


「優恋さんが好きなんだ。とびっきりに」


「………」


 姉と知り、相当ショックだったのかもしれない。

 結由は背を向けたまま、指先で目元をぬぐったのがわかった。


 それから、ゆっくりとこちらに、振り向く。

 そのタイミングで、僕は彼女に深く頭を下げた。


「ごめん、だから結由とは付き合えない」


 口で言った後、心の中でも一心に謝罪した。


 頭を下げたまま、やや経った感じがしたころ。

 結由が涙声で言った。


「……どうして、そんなこと言うの」


「ごめん」


「……嬉しすぎるよ」


「………」


 僕は頭を下げたまま、固まる。


 ……嬉しい?


 意味がわからなかった。


「………」


 顔を上げ、正面の人を見る。

 信じられないことに、彼女は涙に濡れながらも、言葉の通りに笑みを見せていた。


「……えっ」


 僕は息が詰まった。

 そんな彼女の顔には、ないはずのものがあったのだ。


「え……えっ??」


 僕は言葉が続かなくなる。


「――嬉しい。とびっきりに」


 そういって、その人は僕の首に腕を絡ませるようにして、抱きついてきた。


 ふわりと香る、石鹸の香り。

 僕の好きな香り。


「……ど、どうして……」


 まぎれもない。

 目の前の人は、結由じゃなかった。


「どうして、優恋さんが……」


 そんな僕の口は、彼女の口で塞がれた。

 前とは違い、それ同士がはっきりと感じ合えるほどに重なり合う。


「好きよ」


 僕に口づけすると、涙に濡れた顔のまま、優恋さんが笑みを浮かべた。




 話はこうだった。

 軽くスルーしていた数日前の泥棒逮捕の事件、ネットでは案外におおごとになっていたらしい。


 当時の写真がネット上に拡散し、それが結由の目に留まった。

 写真の中で、僕ら二人がただならぬ距離で並んでいたからである。


 それを見た瞬間、結由は全てを悟ったのだという。

 訊ねられた優恋さんも、もう気持ちを抑えきれなくなっていたそうで、結由に包み隠さず全てを打ち明けたそうだ。


 当初『結由のデートのための練習』のつもりだったが、だんだん本気になってしまい、今は自分も付き合いたいくらい好きになってしまったことを。


 すると、結由はあっさり、いいよ、と笑ったという。


 ――あたしがあれだけ誘ってもいい顔しなかったくせに、お姉ちゃんとは出かけるんだから。夏向も好きなんだよ。うまくいくといいね。


 結由は結由で、姉思いだったらしい。


 それから優恋さんは髪を切り、ベージュ色に染めた。

 一人で配信をやっていく決意を固めたのだという。


 それで、こんな瓜二つの姿になっていたらしい。

 告白する時にそのことも合わせて報告するつもりだったそうだ。




「私から言おうと思ったのに」


「いや、てっきり結由だとばかり……」


 優恋さんがくすくすと笑う。


「私のこと、大好きなの?」


「あ、いや、それは……」


「ふふふ。全部聞いちゃったわ」


 優恋さんがいたずらっぽく笑って、ウィンクする。

 そう、僕は相手が優恋さんじゃないと思って、全力で心の内を語ってしまっていた。


「夏向くん、もう放さないからね」


 優恋さんが僕の首に回した腕にもう一度、力を込める。


 あぁ、どうしてだろう。

 僕って、やらかしてすべてがうまくいくのは。


 ……パチパチパチ。


 そんな折、どこからか拍手する音。

 気づくと、20人以上のスーツ姿の人達が、僕たちを遠巻きに眺めながら拍手をくれていた。


 建物の窓を開けて、おめでとう~、と拍手してくれている姿もある。


「うわ、みんな見てるし」


「ふふふ。嬉しすぎて気にならないわ」


 そんなことを言って、優恋さんは人目を気にせず、また僕にキスをした。


 耳に届く、一層大きな拍手。

 

 吹き出す噴水の水が、夕日に染まって茜色に輝いていた。





 終



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

銃ゲーム配信者(17)、コラボに初参加するも会話がすれ違い、真顔で下ネタを連発する ポルカ@明かせぬ正体 @POLKA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ