第2話 初めての出会いは踊り場 その1

 昼休み。


 私は、憩いの場こと屋上前の踊り場にいた。

 色小井学園も例に漏れず屋上は閉鎖中で、立ち入れないことがわかっているから誰かが来ることもない。


 カップルばかりな環境から逃れて、一人の時間を過ごすには一番のスポットだ。


「結局今日もぼっち飯かぁ。向こうにいる時はフツーに友達いたんだけど……」


 最近独り言が多くなってきた。

 私が入っている学生寮は、生徒一人ひとりに個室をくれるから、気軽に会話できる同居人なんていない。


「善田さんもいい人なんだけど、やっぱカレシがどうのとか言われちゃうとなぁ」


 他愛無い会話だけで済んでいたら、私は善田さんとなんなく友達になれていただろうに。


「……男子なんか、そんないいもんじゃないと思うんだけど」


 弁当箱の半分を占めるご飯に箸を突き刺す。

 あぐらをかいた膝の上にスマホを乗せ、動画サイトを眺めながら行儀悪く食事にする。

 ここのところの私の情報源は、生身の身近な友達より面識のない誰かがアップロードした動画だ。


 元々、一人の時間は嫌いじゃなかった。


 私にはお兄ちゃんがいるけれど、歳が離れていて、両親の期待はいつも優秀なお兄ちゃんの方に向かっていたから、私は気楽な存在で、実質一人っ子のようなものだった。両親も私に対しては放任気味で、だからこそこうして親元を離れて離島の学校へと転入を許してくれたというのもある。


 どこかの誰かが撮影した猫動画を眺めて、気ままで奔放そうでありながら常に一匹で行動する姿を見ながら。


「おまえ、まるで私みたいだな」


 フッ……とか自嘲の笑みを漏らした時だった。


「…………」


 息を呑むような物音。

 突然現れたヒトの気配を感じた私は、慌てて顔を上げる。


 女子が一人、立っていた。


 ただでさえおっとりした生徒が多い色小井学園にあって、たとえ恋人がいなくてもそういう性格なのだろうな、と思えるくらい温厚な雰囲気に溢れた女の子だった。


 一瞬、友達のいない私が、理想の友達の幻を目にしてしまったのかと思った。


 栗色の長い髪はふんわりとゆるく広がっていて、顔のパーツはどこも愛らしいくらい丸っこくて『可愛らしい』印象が強く、身長はそれほど大きくないくせに大きい胸が目立った。


 うちの制服は、男子は普通の学ランなのに、女子はワイシャツの上にネイビーのジャンパースカートみたいな服を着なければならない。胸が持ち上げられるような造りだから、胸の大きな子が着るとおっぱいがより強調されてしまうので、一部の女子には不評だったのだが、その一部の女子もカレシから『そっちの方がいいよ』と言われたことであっさり意見を翻したことからこれまで波風がたったことのないデザインとして知られていた。


 ちなみに私はこのいかにも女子っぽい制服が嫌で、本来なら長めにしないといけないスカートを短くしている。こっちの方が動きやすいんだ。


「ごめんなさい、お邪魔だった?」


 にっこり上品に微笑む姿は、どこぞのお嬢様のようだ。本当にお嬢様なのかもしれない。


「あっ、いや、別に……」


 私は慌てて動画サイトを閉じ、何故か弁当も背中側に隠すのだが、一人でニヤついていたキモい私だけは隠しようもなかった。


「ちょっと、ヒマだったからぶらぶらここまで来ただけだから……特に何かしてたわけじゃ……」


 胸がやたらとドキドキして、要領を得ないことを口にしてしまう。

 そこまで動揺するほどの失態だっただろうか?


「あ、ご飯食べてたの?」


 両手を後ろに組みながら、背伸びをして私の背中に隠した弁当箱を見ようとするお嬢様。


「ちょっと座って休んでただけだよ」

「隠さなくてもいいのに」


 お嬢様が微笑む。これがもし配信中の映像なら、赤スパが乱舞しそうなくらい絵になる姿だった。


「この学校、みんな仲良しで賑やかだけど、たまには一人になりたい時だってあるもんね」

「じゃあ、あんたもなの?」


 仲間であることを期待してしまう。


 全身から醸し出る柔らかな雰囲気のせいか、初対面だというのに躊躇うことなくタメ口でいられた。先輩だったらどうしようと思いかけたけれど、胸元のリボンは赤色で、私と同級生だからセーフだ。


「ううん。わたしは、ちょっと仕事で用があって」

「仕事?」

「屋上の見回り。イベントで使うことになったから、不備がないか、ちょっとね」


 お嬢様の手には、リングに複数の鍵が通してあるマスターキーがあった。


 お嬢様にかけていた期待値がグンと下がった。

 結局、この上品そうなお嬢様も、善田さんみたいに学園の流儀にどっぷり使って恋愛のことばかり考えているってわけか。


 またここでも『カレシをつくろうよ!』だなんて迫られるかと思うとドッと疲れそうになる。


 勝手に期待して、勝手に失望されるお嬢様の側からすれば、たまったもんじゃないだろうけどさ。


「そうだ。ついでにちょっと見てく?」

「えっ?」

「屋上。入ったことないでしょ? 確か3年くらいずっと屋上はイベントでも使ったことないから」


 屋上か。

 まあ、これまで学校の屋上になんて入ったことないから、ちょっと興味はある。


「見たいけど、まだ食べてる途中だから。仕事があるなら一人でどうぞ」


 私にとってお昼ごはんは学校での唯一の楽しみである。さすがに食事より屋上を優先させるようなことはしない。


「そっか。じゃあわたしも食べ終わるまで待ってようかな」


 お嬢様は、私のすぐ隣に腰掛ける。

 スカートが広がらないように、一旦お尻から膝へと撫でるように手のひらを移動させてから座る仕草があまりに絵になりすぎていて、何も考えずに雑に座った私とはぜんぜん違っていた。


 女子力の差を痛感したってしょうがない。

 まずは女子らしく、食欲を満たすしかない。


 そっちがいくら女の子らしかろうが、こっちの方が食べる量は上だ。


 そう意気込んだのだが、隣のお嬢様は、膝にひじを付けた状態の頬杖をつきつつ、こちらをじっと見てくる。


「……見られてると食べにくいんだけど」

「あら、ごめんねぇ」


 特に悪いとは思っていなさそうな顔で、にっこり微笑む。


「あなたがよほどおいしそうに食べるんだもん」

「別に、普通だと思うけど」


 そうは言うのだが、褒められた高揚感が私の中にあるのを感じていた。食べる姿を自分で確認する機会なんてないから、お嬢様が言うなら本当にそうなのかな、なんて思ってしまう。


 マズい。価値の判断をこのお嬢様に託しそうになってる。

 こいつ、なんか親しみやすそうなくせに変な迫力があるんだよな。

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