第1話 カップルだらけの中で、今日もひとり

 恋愛まみれのイベントが終わり、土日を挟んだ月曜日。


 教室は、朝から賑やかだった。

 自分の席にたどり着くまでに、横切る座席分のカップルに遭遇しないといけなくなる。


 授業が始まる前から、どこもかしこも恋人同士で寄り添って仲良く話していた。同性のグループで話している生徒がいても、そういう連中は他クラスに恋人がいる。


 独り身であぶれているのは、未だに学園のルールに馴染めていない私だけ。


 なんとなく居心地悪い気分になりながら、教室の窓際の隅にある自分の席に座る。


「草摩さん」


 私に声を掛けてくる珍しい人が現れる。

 大人しくて真面目そうな雰囲気の女子が立っていた。


 善田よしださんだ。

 クラスのしっかり者で、委員長的なポジションにいる人だ。といっても、別にクラス委員長じゃないんだけど。


「な、なに?」


 キョドってしまう。

 本来の私は、簡単に動揺なんてしないタイプのはずなんだけど、完全アウェイな環境にいるせいか、未だに私らしさってやつを発揮できないでいる。


「草摩さんは、転校してきて今日でちょうど一ヶ月くらいよね?」


 ここの生徒特有の、穏やかそうな笑みを浮かべる善田さん。


「まあ、それくらいかな」

「うちの学校って、ちょっとユニークなところがあるわよね」

「……うん、そうかもね」


 風変わりな校則があることは、この学校の生徒も自覚しているようだ。


「私はもう浄樹島じょうじゅとうに来てから長いけど、草摩さんはちょっと前まで都会にいたし、勝手が違うから、大変そうなのは私にもわかるのよね」


 ふんふん頷きながら、善田さんが言う。

 善田さんが言うこの浄樹島は、本土から3キロほど離れた位置に浮かんでいる人工の島だ。お台場みたいな洗練さはなく、古き良きノスタルジックな景観が見られるのだが、これは浄樹島をつくった人たちによってデザインされた人工的なレトロである。


「それに草摩さん、寮での生活も初めてでしょ?」

「うん、東京にいた頃は実家だったから」

「家族から離れて、一人でこの島で暮らすのって大変よね。私は、寮生活っていっても、なんだかんだで本土へ行けば家族にはすぐ会えるし、困ったことがあれば甘えちゃうこともできるから……それは、この学園の大半の人がそうだと思うわ」


 善田さんは、鼻息荒く感心してみせる。


「だから、草摩さんみたいに独立心旺盛な子って凄いと思うの」

「あ、えーと」


 つまりあれだ。

 善田さんは、私がぼっちなのを心配して声を掛けてきてくれたわけだ。

 私を勇気づけようとしてくれている。


「そんなたいしたことはしてないよ」


 なんとなく照れくさくなってしまう。

 私は別に、高尚な決意があって家族の元から離れたわけじゃない。


 ただ……逃げ出したってだけだ。


 私にまとわりついた色々なことをリセットしたくて、色小井いろこい学園への転入を選んだのだ。


 色小井学園は、『将来のふるさとの未来と発展を担う人材を育成する我が校は、ふるさとへの愛と熱意に共鳴する者であれば誰であろうと受け入れる』というスタンスから、転入のハードルが低い。学校紹介のパンフを読んで、雰囲気が良くて過ごしやすそうで、都会生活に疲れていた私には暮らしやすそうに見えたのも決め手だった。


 まあ、私に『地元愛』が芽生えるかどうかはさておき。


「だからね」


 ふんっ、と鼻息荒く拳を握りしめる善田さんが顔を寄せてくる。


「草摩さんも頑張って、頼れるカレシをつくるべきだと思うの!」


 私は椅子から転がり落ちそうになった。

 結局、そこに行き着いちゃうわけか。


「大丈夫! まだこっちに来て慣れないのはわかるけど、草摩さんなら、ちょっと勇気を出せばすぐカレシなんてできるわ! 草摩さんって、黒髪ボブで気が強そうな目をしていて長身ですらっとしていて手足が長いから、そういう凛としていて中性的なところを好きって思ってる男子は一杯いるもの! だからまずは、今日の週末に開催予定のビーチパーティイベントに参加しましょうよ!」

「いや、私は……」

「私はね、在校生から集めた案を元にして、生徒会がみんなのために毎週イベントを企画してくれるこの学校が大好きなの!」


 愛校心を高らかに宣言する善田さん。


「おかげでこんな地味で冴えない私でも、カレシができたわ!」

「いや、善田さんは別に地味ってわけでもないし見た目も良い方だと……」


 私の言葉は、瞳に炎が浮かんでいるくらいたぎっている善田さんには届いてないみたい。


「それもこれも、『ふるさと元気いっぱい条例』のおかげね!」

「ああ、うん……」


『ふるさと元気いっぱい条例』などというクソダサい名前の条例が、この学校で幅を利かせまくっている。


 おかげでこの学校はカップルだらけ。


 色小井学園は、さほど大きくない人工島にある田舎の学校ながら、全国でもトップクラスの偏差値を誇っている。毎年何人も東大生を生み出しているのだとか。


 ただ、優秀であればあるほど、みんな都会へ出たきり、そのまま都会で就職してしまう。


 H県に属する離島である浄樹島は、以前は田舎でよくあるような過疎化で若者が不足している島で、景観は美しくても活気がなくて寂れていたそうな。


 せっかく優秀な人材が集まっても、地元の発展に貢献することなく都会へ流出してしまう。

 過疎化に悩む地方からすればなんとも頭の痛い問題を前にしてとち狂ったのか、大人たちはヤベー方法に出た。


 そこで、20年前に制定されたのが、この『ふるさと元気いっぱい条例』だ。


 将来有望な若者でいっぱいの色小井学園を対象に、在学中にカップルを成立させ、甘酸っぱい思い出でいっぱいの地元からさほど離れていない大学に進学するなり会社に就職するなりして、そのまま結婚して家族になって、夫婦の出会いのキッカケとなった地で子どもを産み、幸福の思い出を次世代へと繋いでいく。


 そういうサイクルをつくることで、優秀な人材を地元に囲い込む気だったらしい。


 現にこうして教室がカップルだらけな現状を見る限り、人材を枯渇させることなく地元を発展させたいお偉いさんの思い通りにはなっているのだろう。


 みんなも満足そうにしているし、善田さんのように『ふるさと元気いっぱい条例のおかげで毎日が楽しい!』と感謝しまくっている勢で溢れているから、誰にも何も問題がない条例なわけだ。


 ……それでも私は、元々島の外からやってきた部外者ということもあるんだけど、乗り切れない気持ちでいるのだった。


 目の前の善田さんは、相変わらず私の前で、ネオン風のフォントで描かれた宣伝文句とポップな男女のイラストが融合したアートなフライヤーをひらひらさせている。


「草摩さん、だからあなたもイベントにガンガン参加してカレシを――」


 善田さんの熱い思いを遮ったのは、ショートホームルームの始まりを告げるチャイムの音と、担任教師の登場だった。


「あら、先生が。草摩さん、また今度ね!」


 善田さんは真面目な人だから、すぐ席へ戻っていく。やれやれ、やっとカレシの押し売りから解放される。


 ため息をつきたくなるけれど、別にこの学校の生徒は、悪いヤツばかりじゃない。

 ていうか、穏やかないいヒトばかりだ。


 ほぼ全員にパートナーがいるからか、二人だけの世界に入りがちな欠点はあるけれど、満たされているおかげでギスギスした感じもなく、みんなおっとりしていて、私のような他所からやってきた人間にも親切だ。


 どこの学校にもあるような、スクールカースト云々で対立することもないし、いじめだって見かけたことはない。


 条例に賛同している学校側がノリノリで恋愛促進イベントを開いてくれるから、意図的に恋人づくりから逃げ回ってでもいない限り、恋人ナシで学校生活が終わってしまうことはない。


 だから、今この学校内で恋人がいないのは私くらいなものだろう。


 恋愛によって、みんながピースフルになっているところ悪いけれど。

 私はその『恋愛』というヤツに、今までずっとのめり込めないでいるのだった。

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