イチャイチャパラダイスな学校に転校してきた私に恋人なんかできるはずないと思ってたのに最高権力者の生徒会長(♀)がグイグイ来る

佐波彗

プロローグ

 今日もまた一組、この学校ではカップルが誕生したらしい。


 私――草摩佑果そうまゆうかは、噴水を背景に見つめ合う男子と女子の姿を遠くからぼんやりと眺めていた。


 七色のライトで照らされた噴水から勢いよく吹き出した雫が、キラキラ輝きながら宙を舞っている。

 恋愛映画のワンシーンみたいな光景だ。


 私の周りでは、そこら中でロマンティックなシーンが展開中だった。

 まさに告白祭りってやつで、適当に歩けば告白中の男女にエンカウントする勢いだ。


 地中海沿いのヨーロッパの国にでも来たような広場があって、そこが今回の『イベント』のメイン会場である。

 こんなところ、日本で他に体験するなら某ネズミの王国にでも行かないと味わえないに違いない。


 びっくりするのが、ここが学校の敷地内だってこと。

 転校先のこの学校では、とある事情から、生徒の恋愛を促すイベントを毎週のように行っている。


 しかもこれ、学校行事なのである。


 カップル率120%――

 それが、私が通うこの色小井学園の謳い文句だった。


 詐欺じゃないかってレベルのパーセンテージだけど、それがウソじゃないことは、周りを見れば嫌でも理解できてしまう。


「……帰ろっかな」


 やっぱりこういう雰囲気の場所は、私には向いていないらしい。

 転校してきて一週間もしないうちにはもうわかってたけどさ。


 会場内を徘徊しているウェイターから受け取っていたジュース入りのグラスを手に、出入り口へ向かう。


 カップルの隙間を縫うように歩いていると、イチャついている一組のカップルにぶつかってしまい、男子の制服にジュースを引っ掛けてしまった。


「あっ、ごめんなさい!」


 よそ見をしていた自覚はあったから、慌てて頭を下げる。


「いいんだよ。これくらい」


 男子は一切嫌な顔をせず、にっこり微笑む。


「それより、あなたに怪我はない?」


 連れの女子が、同じような微笑みを向けながら、さり気なく男子の制服にハンカチを当てる。


「ええ、まあ……」

「そっか、君に何事もないのならよかったよ!」


 我がことのように嬉しそうにする男子。

 そのそばで、カノジョらしき女子がきょろきょろし始める。


「あなた、もしかしてカレシとはぐれちゃったの? これも何かの縁だし、せっかくだから一緒に探して――」

「あ、いいですいいです。それより制服、シミになっちゃったらアレなんで、すぐに洗った方がいいんじゃないですか!?」


 私の勢いに怪訝そうにしたのもほんの一瞬だった。


「これくらいなら乾かせばどうにかなると思うけど、そうまで言うのなら、君の言う通りにするとしよう」

「じゃあね、カレシによろしく」


 にこやかな雰囲気を一切崩さないまま、カップルが去っていく。

 悪いのは私だというのに、私を責める様子を見せることはなかった。


 そんな、終始穏やかだったカップルの背中を見つめながら。


「……やりづれー」


 苦手だ、この雰囲気は。

 さっきの終始穏やかだったカップルにしてもそうだ。


「みんな恋人同士の幸せな世界で完結しているから、不快なことがあったって気にならないってことなのかな……?」


 転校してみてわかったんだけど、普通ならどこにでもありそうな学校生活での問題が転がっている雰囲気を感じなかったのだ。


 それもこれも、恋人という存在がいる生徒がほぼ全員だから、みんな満たされていて、些末な怒りなど感じないからかもしれない。


「だからって恋人をつくりやすいように学校側が行事として毎週末ド派手なパーティを開催するなんてやりすぎでしょ……」


 元々この学校がある島に住んでいたわけでもない私からすると、まだまだこの学校の価値観には馴染めないところばかりだった。


 盛大に花火が上がる音がする。


 綺麗な火花の大輪を目にして、たくさんの生徒が歓声を上げる……ことはなかった。

 打ち上がる花火、というシチュエーションを絶好のチャンスと見たのか、カップルたちは揃いも揃ってキスの嵐を巻き起こしている真っ最中だったからだ。


 ちゅっちゅちゅっちゅ、吸い付く音がめっちゃうるさい。


「……これを異常と思う私がおかしいのか?」


 一人だけ唇がフリーなままの私は、キス軍団のリップ音に囲まれたまま立ち尽くす。


 この生活が、あと2年近く続くっていうの……?

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