第3話:現実は非情である

 移動手段は昔ながらの馬車なのは、古き時代の日本を彷彿とする街並み――知識から例えれば、京都の祇園に近しい――からすれば自然で、ただし馬ではないまったく未知の生物が荷車を運んでいるので、厳密に馬車と言ってもよいものか微妙なラインではあるが――本当は実は、異世界転移したのではないか。


 タツヒコの脳裏にふと、そんな可能性がよぎった。


 何度思い出してみても、やはりコールドスリープにかけられた憶えが一つもない。


 だから何かしらの原因によって、たまたま転移した先がコールドスリープ装置だったのではないか。

 こう考えると妙にしっくりとするし、仮説を立てれば立てる程に自身の中で説得力が生まれてくる。


 所詮は、自己満足にすぎない。


 一刻も早く真実をこの手にしたいという願いを込めて、タツヒコは窓の方に視線をやった。


 人々の視線は相変わらず、この馬車をジッと見つめている。


 この馬車が要人警護用というのは、もちろん理由として含まれるだろうが如何せん、あまりにも煌びやかすぎるのではないか。


 黄金などで美しい装飾が施されたとあっては、否が応でも自然と目がいってしまうのは致し方ないと言えよう。


 もっと普通の馬車でもよかったのに……明らかに過剰すぎる対応は返って落ち着きをなくし、息苦しさがタツヒコを容赦なく襲う。


 たかが古代人ニンゲンというだけでこれだけの対応、ある種VIP待遇と言えなくもないが、普通にしてほしいというのが本音なところ。



「あの、道さえ教えてもらえれば全然それで構わないんですけど……」

「残念だけどそれはできないわ。君は今や、世界でたった一人の古代人。生きた化石と言っても過言じゃないぐらい、とても貴重な存在なの」

「貴重な存在だって言われましてもねぇ……俺、別に何か特別凄いってわけでもないですし」

「ニンゲンという時点で国宝級に値することを、自覚してほしいところね」

「そう言われましても……」

「あ、そうだったわ」と、巫佩刀みはかしの少女。

「まだ自己紹介してなかったわね。私の名前はエルトルージェ・K・キヨミツ、種族はウェアウルフ族で巫佩刀みはかしの一員として働いているわ。主な仕事は要人の警護から治安維持、犯罪者や外敵からの鎮圧とかね」

「俺は……フツミ・タツヒコって言います。タツヒコが名前です」

「タツヒコ……なんだか変わった名前ね。古代人って言うのは皆そんな感じなの?」

「いえ、苗字の名前の順番は多分日本……あ、俺がいた世界なんですけど。アメリカとか他の国とかは名前と苗字の順番が逆だったりとか、国によって色々でした」

「ふ~ん、そうなんだ」



 自分から聞いておいて、差して興味なさげな返答に思わずタツヒコは苛立ちを募らせる。


 目的地までまだ到着する兆しはない。

 景色は町を離れて、まるでファンタジー世界に迷い込んでしまったかのような気分だ。

 どこまでも続く広大な平原は殺風景だが、タツヒコにとっては大きな刺激として心を昂らせた。


 日本ではまず、お目に掛かれない光景なのは言うまでもなかろう。

 ドが付くほどの田舎にいけば、あるいは、可能性は無きにしも非ず。

 ビルが群集する都会の町並みでは十中八九拝むことは叶うまい。


 人によっては殺風景すぎる景色は退屈極まりない。

 タツヒコは根っからの都会っ子ではあるが、田舎のような緑あふれる景色を好む、ちょっと変わった少年でもあった。


 だから現代の若者が娯楽とするものが手元になくとも、自然の中にいればそれだけ十分事足りる。



「あの、エルトルージェさん――」

「あ、私のことは気軽にエルトルージェって呼んでくれていいよ。後敬語とかもなしで」

「え? いやでも……」

「君さ、年齢的には古代人だから……まぁざっと数百歳ってところでしょ? それを言ったら君の方が私なんかよりもずっと年上じゃない」

「そ、そうなりますか……」



 ――数百歳って、それもう仙人の域じゃん……。

 ――三十歳まで童貞だったら魔法使えるとかの次元じゃないし……。

 ――……魔法使えるのかな。



「……ヨナル・ナオラカチ・ノンガジャ――ファイヤーボール!」



 くわっと目を見開いて前に手を突き出した。


 大声をいきなり出したものだからエルトルージェも「ちょ、何いきなりどうしたの!?」と激しく困惑している。


 再び静寂が訪れた車内にて、タツヒコは静かに小さく息を吐いた。



「――、使えないじゃん」

「いやだから何の話!? ねぇ本気で驚いたんだけど!」

「あ、いや。今のは気にしないでください。特に意味はありませんから」

「いや無理だからね! いきなり変な呪文唱えたからびっくりしたんだけど本気で!」

「すいませんでした。だけど本気でお気になさらないでください」



 今のはずっと昔、趣味の範疇内で執筆していた自作の小説の魔法だ。


 数百年も童貞だったのだからこれぐらいは、きっと……そんな淡い期待を胸にいざ実践してみれば、後に残ったのは己の黒歴史を暴露すると言う羞恥心のみ。


 こんなことになるぐらいならば、最初からしなければよかった……すこぶる本気で自己嫌悪に陥るタツヒコに、エルトルージェはまだ警戒した面持ちで口を切った。



「そ、それでさっきの話だけど。私のことは遠慮しないで呼んでちょうだい、その方が気が楽だから」

「わかりました……いえ、その、わ、わかった。それじゃあエルトルージェさ……改めて、タツヒコだ。よろしく」

「まだちょっとだけぎこちないけど、よろしくね――っと、どうやら着いたみたいよ」

「とうとう到着か……」



 窓へと再び視線を向けた、その時。



「あ、あれは……!」



 と、タツヒコは驚愕の感情いろをこれでもかとその表情かおに示した。


 古代遺跡――そう誰しもが口にすればイメージするのは必然的に古墳や神殿と言った建造物に違いあるまい。


 実物はイメージとは程遠いが、タツヒコには大変馴染み深くて、何度も世話になっていた。



「ここって、もしかして……竜王病院か!?」

「え? タ、タツヒコここが何か知ってるの!?」

「あ、あぁ……で、でも形が似ているだけでもしかすると違うかもだけど……」



 ――まさか、本当にそうなのか……?



 一抹の不安は大渦と化し、タツヒコの胸をぎゅうと強く締め付ける。



「タ、タツヒコ大丈夫? なんだか顔色が悪いけど……」

「だ、大丈夫だ……大丈夫……」

「えっと、無理だけはしないでね? 何かあったら私が君を守ってあげるから!」



 優しく、それでいて頼もしい笑みをにっと浮かべるエルトルージェに釣られて、タツヒコもわずかに口元を緩めた。

 不安は完全には拭えない。

 けれどもここで尻ごみをするようでは、真実を掴めない。

 この目で確かめるまでは、絶対に退かない。

 自らにそう言い聞かせて、馬車が停止ししたと同時ににタツヒコは間髪入れず外へと出た。


 エルトルージェが咎めるが、知ったことではない。

 胸を締め付ける不安を解消するには一刻でも早く、己が目で確かめるしか方法はないのだ。


 途中門番らしきケモノビトにも止まるよう呼び掛けられるが――狐耳と犬耳が大変よく似合ってかわいらしい――二人をひょいと軽々と飛び越えてタツヒコは内部への侵入を果たす。



「はぁ……はぁ……」



 外観がそうであったように、内観の方もあえて語る必要もなかろう。


 ボロボロだ。

 修復も補修もされることなく、長い年月もの間放置された結果と言えば正しくそのとおりで異論を唱える気もない。


 どうせだったらもっと原型がわからないぐらいボロボロだったら、どれだけよかったか。

 当時の様子が昨日の出来事のように、脳が勝手に再生を始める。



「ここは……間違いない。竜王病院だ……」



 もはや疑う余地は微塵もなかった。

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