第4話:EXTERMINATION
全身から急激に力が抜けて、がくりとその場で両膝を着いてしまう。
異世界ではなく、人類滅亡から数百年の歳月で独自に進化した地球だった。
異世界だったらまだ、決して簡単ではないにせよ元の世界に戻れる術もあろうし、それを探す目的で各地を旅することもできた。
だが、地球である以上帰れる場所などどこにもない。
かつていた世界は気が遠くなるほど、遥か時の彼方へと消失している。
「父さん……母さん……皆……お、俺だけが、どうして……!」
何もかも一瞬にして失ったことによる絶望感が、瞬く間にタツヒコの心を支配する。
この事実は、到底受け入れられたものではない。
だが、今の自分に立ち止まっている暇などないことも然り。
やるべきことは他にもまだ、たくさんあるのだから。
ここが仮に、竜王病院だとして内部構造については現地民よりもずっと詳しい。
かと言ってどこを探索するべきか。
周囲を
「そりゃあ数百年も経ってるんだし、当然っちゃあ当然か……」
「――、発見されている古代遺跡はここを合わせてもまだ数えられる程度よ。それに古代遺跡には私達にもわからない仕掛けがたくさんあるし、今も数多くの謎が解明されないまま眠っているのが現状ね」
「エルトルージェ……」
「もうっ! 勝手に先に行っちゃ駄目でしょ! 私は君の護衛なんだから、単独行動はこれからも控えてちょうだい!」
追いかけてきたエルトルージェがぷりぷりと怒って、あまりにもかわいらしかったものだからタツヒコもついフッと小さく笑った。
決して彼女を馬鹿にしたのではない、古代人だからと特別扱いしないことがタツヒコは嬉しかった。
「ごめん、エルトルージェ。つい気持ちが先走っちゃってな。次は気を付けるよ……」
「――、それならいいんだけど。だけどタツヒコ、無理はしちゃ駄目だからね?」
「別に、無理なんか――」
「嘘。今の君、ものすごく顔色悪いわよ……」
「…………」
――そりゃあ、顔色の一つでも悪くなるさ。
ゆっくりと立ち上がって、未だに震える足に喝を入れるとタツヒコは館内を徘徊する。
不意に背中から優しい温もりと甘い香りに包まれた。
温もりの正体を確かめる必要は、ここには二人しかいないのだからあえて確かめる必要はない。
ただ、突然の背後からの抱擁にはさすがにタツヒコも困惑した。
「エ、エルトルージェ!?」
「男の人が不安になっていたらそっと優しく抱きしめればいいって、なんかの本に書いてあったわ。確かリラクゼーション効果が得られるとか、なんとか……」
「そんな聞きかじった程度の知識を今ここで披露しなくても……」
「だけど君、このまま放っておいたらなんだか壊れちゃいそうな気がしたから……。だから君からすれば頼りないかもだけど、ここは私も力を貸すわ」
「エルトルージェ……ありがとうな」
「気にしないで。困っている人がいたら助ける、それが
彼女なりに気遣ってくれているのだろう。
その優しさが不安に苛まれた今の心には大変痛み入る。
心なしか胸板に置かれた手が妙にさわさわと動いでくすぐったいが、きっと他意はあるまい。
「――、ところでエルトルージェ。俺ってどこで発見されたとかって聞いてるか?」
「ご、ごめん。私もそこまで詳しくは知らなくて……ただ、この遺跡から君が発見されたってことぐらいしか聞いてないの」
「そっか……それじゃあ、ここは一つ勘に頼るとしますか」
あくまで、今日に至るまでの知識を総動員させた結果による仮説にすぎない。
仮説なので確証は必ずしもあるわけではないし、なんなら自信もまったくもって皆無である。
ゲームやアニメだと、だいたいこの手のパターンは地下にあるのが相場というもの。
幸いにも地下へと続くであろう階段はあっさりと見つかった。
かつーん、かつーん――。
一段ずつ静かに、劣化によって崩壊しないとも限らないので最大の注意を払いつつ、タツヒコはエルトルージェと共に地下へと降りる。
こうなることをエルトルージェは察していたのか、予め用意された松明に灯る炎だけが頼りだ。
まっすぐと続く長い廊下をしばし歩いて、それは静かにタツヒコらの前に現れる。
ここだな、なんとなくだけど……半開きのまま
数は八つと意外と少な目。カプセル状の寝台がなんだか棺桶のように見えて仕方がなかった。
「ここに、俺がいたのか……」
「わ、わからないけど……多分、そうかも……」
「…………」
カプセルの蓋はすべて等しく開放されていて、そこに静かに眠る躯達にタツヒコはそっと手を合わせる。
彼らがどこの誰かは当然知らないが、同じ人間としてせめて安らかに眠れるよう冥福を祈る。
「……あれは」と、タツヒコ。
コールドスリープ装置の一つだけ、数百年の歳月が経過したにも関わらず、電力が普及されているのは奇跡に近しい。
ぼんやりと青白い輝きを発するそれは、まるで元の使用者がここへ訪れたのを見届けたかの如く、他の装置と同様にその生涯に幕を下ろした。
「……ここに、本当に俺はいたみたいだな」
周辺を探索して、ふとあるものに気が付く。
ファイルに挟んでいたことが幸いして、辛うじてだが文章も読める。
―被験者ファイル―
●被験者名:フツミ・タツヒコ
性別:男性
身長/体重:177cm/74kg
EXTERMINATION-virus保菌者として当院にて管理。
他被験者と異なり、免疫力は極めて高い。
今後の研究のためコールドスリープ装置による冷凍保存にて対応。
人類存続のためにも、もっと保菌者を集める必要あり。
保菌者の謎を解明すると共にワクチンの精製、治療法の確立も同時進行必須。
―20XX年/08/08/15:24―
「八月八日……ッ!」
突然、ずきりと強烈な頭痛がタツヒコを襲った。
――そうだ。思い、出した……。
それは朧気ながらも、しかし少しずつ霞が晴れていく。
地球に隕石の衝突が頻繁になり始めた頃、同時に世界ではある殺人ウィルスが流行した。
それがEXTERMINATION-virus……文字通り、人類を根絶へと導くウィルスの前に現代医学はあまりにも無力で、年々を重ねるごとに死者の数は爆発的に増加していく一途を辿った。
これは地球をこれまで散々蔑ろに扱った人類に対する神からの天罰だ、などと
タツヒコも不幸なことに、このウィルスの感染者だった。
個人差はあれど、24時間以内にまずは痙攣から始まり次の大量の吐血。
そして最後はドロドロに溶けて跡形もなく消滅する、さながらホラー
――でも、なんでかよくわからないけど俺だけはどうもなかった……。
――そうだ……それでワクチンとか、治療法を探すとかで契約したんだったっけ。
――結局は間に合わなかったみたいだけど……。
――ん? だとしたら俺は……どうなってるんだ?
――俺の身体には今もウィルスがあるっていうことか!?
恐ろしい考えに背中に悪寒がぞくりと走った。
治療法は結局見つからなかった。
ならばタツヒコは未だ保菌者と言うことなのは言うまでもなし。
今この時を生きるケモノビトにもし感染させてしまったら――またあのような地獄絵図をできてしまう、たった一人の人間のせいですべての生命が死に絶える。
「ね、ねぇタツヒコ……どうかしたの? そこにある紙……私にはよくわからないけど、ひょっとして読めるの!?」
「あ、いや……その……こ、これは俺が生きていた時代の奴とは言語がちょっと違うみたいだ。確かに似てるっちゃ似てるけど、多分……俺がここで眠ってる間に新しくできた人類が作った文字、なのかも」
タツヒコは咄嗟に嘘を吐いた。
エルトルージェに真実を語れば、自分がもし彼女の立場であれば真っ先に殺しているはずだ。
人類滅亡の危機に直結しかねない不穏因子をわざわざ傍に置いておく必要はない。
世界を救済するために一を殺す……実に合理的だ。
――死にたくない……。
この期に及んでもタツヒコは生へと執着した。
もはやこの世界に自身を知る者は誰も存在しないというのに。
ならばいっそのこと、死んだ方はまだ楽なのではないか。
痛みは恐らく一瞬だけで、身を任せるだけであの世へと旅立てる。
自分だけがポツンと残された世界にどうして未練があろう。
天国や地獄と言った概念が本当に実在するか否かは、この際どうでもよかった。
現状の苦しみから解放されるには、死こそが一番だと言えなくもない。
それでも尚生きたいとタツヒコは、己のエゴであることを重々承知した上で強く願った。
「……もっと他にも似たような資料があるはずだ――なぁエルトルージェ。こいつ以外にも他に資料がある場所ってどこか知らないか?」
「それなら
「可能性はあるってことだな……」
今手元にある情報だけではあまりにも少なすぎる。
もっと情報を入手して、EXTERMINATION-virusについて知らなければ。
そこにはきっと、自身のことにも何か繋がる有益な情報があるはずだ。
例えほんの微かであろうとも、希望への可能性となるのであれば、絶対に諦めはしない。
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