第43話 終話 ~新しい物語へ向けて

「ハルト、どうしますか?」


 エリの声でふと我に戻る。

 エリとマキはいつもと同じ感じだ。

 いや元気というか喜んでいる感じかな、外に出られた事を。


 なら僕は考えても仕方ない事を考えるのはやめよう。

 今やるべきなのは此処で生きていく事だ。

 エリやマキと一緒に。


「そうだな。まずは朝食を食べて、それから作戦を考えようか。地図を取り寄せて、何処を探検するべきかを考えて」


「わかりました。あと食事についてお知らせがあります」


 マキが微妙に悪そうな、申し訳なさそうではない方の意味で悪そうな表情で続ける。


「提供可能な食料は、現在のところ統一された標準提供食しかありません。この前まで獲得した食料はあくまで仮想空間上のものですので、地上へ移動するに伴ってリセットされました」


 マキの言葉が終わるとともにテーブル上に見慣れた箱が出現した。

 そう、お馴染みディストピア飯が入った紙箱だ。

 思わずため息が出てしまう。


 でもひょっとしたら中身は違うかもしれない。

 そんな僅かな期待をしつつ箱を開いてみる。

 

 中に入っていたのは茶色、緑色、黄色をした、焼菓子風の直方体3つ。

 長さ的にも大きさ的にもカ○リーメイトっぽい代物。

 他にはふりかけっぽい大きさの紙袋に入った何か。


 見かけはともかく味は違うかもしれない。

 水を出して白い飲料を作り、そして茶色い直方体を手に取ってかじる。

 念のため、緑色と黄色も一口食べ、更に飲料も飲んでみる。

 

 これまで生きていた仮想世界の出来の良さを改めて思い知った。

 全くもって同じ味、同じ食感だ。

 つまりは絶望の味……


「また狩りや採取をして、食料事情を良くしないと駄目な訳か」


「揃えた装備は使える状態です。周囲の動植物も仮想世界のものとほぼ同じです」


 エリが何を言いたいかはわかる。


「食べ終わったらすぐに地図で検討して、出来るだけ早く外を回るとするか」


「そうしましょう」


 マキは無言でディストピア飯をかじっている。

 ただし目が笑っていた。

 ディストピア飯が美味いというのではなく、僕とエリのやりとりを聞いてなのだろう、きっと。


「地形は違いますが環境はいままでの場所と似ている筈です。海は6km程先で、川もある事はわかっています」


 エリはある程度此処の地形を知っているようだ。

 僕も記憶の中に書き込まれているだろうか。 

 そう思って思い出そうと試みるが、情報は無い模様。


 しかし僕とエリやマキと、もう情報伝達に対する違いは無くなった筈だ。

 先程の世界樹ユグドラシルの説明が確かなら。


『元巫女へは記憶・人格移行時にこの世界及び周囲に対する情報をひととおり与えています。元遣わされし者を補助する役割に必要だろう、そう世界樹ユグドラシルが判断しました』


 無意識のうちに世界樹ユグドラシルにお伺いをたてていたようだ。

 そんな答が返ってきた。


 なるほど、それならそれでいい。

 僕としてもエリやマキが色々知ってくれている方が助かる。

 僕自身にもそういう知識が欲しかった、というのはまああるけれども。


 ディストピア飯は食べるのが早くて済むのが利点だ。

 そして以前と同様、食べ終わった時点で箱や袋は消えて無くなる。

 この辺の資源回収についても今まで通りらしい。


 エリが地図を2枚広げた。

 この周辺の2万5千分の1の地図と、2千5百分の1の地図だ。


 どちらも一目見て今までと違う場所だというのはわかる。

 例えばあの巨大な恩恵の地が無い。

 あるのはそこまで大きくないうちの家。


 周囲が刈られているのは同じようだ。

 そしてエリが言った通り川も海もある。

 川は今まであったものより段違いに大きいし、海も浜辺と岩場両方あるけれども。

 

「実は調べてみたいと思う場所があります。此処です。おそらくここは水場になっています。罠をしかけたり狩りが出来る可能性が高いです」


 うん、エリが楽しそうだ。

 それに比べるとマキの反応はエリより微妙にわかりにくい。

 明らかに目が笑っているので楽しいのだろうと思うけれども。


 ふと思う。

 此処がまた仮想世界だなんて事はないよなと。

 本当に地上で生きていけるのか、そして新しい人的交流が上手く行くのか試すための実験場なんて事はないよなと。


 わからないし、否定は出来ない。

 前の時だって僕は仮想世界とわからなかった。

 その事を知った今でも単なる仮想だったとは感じられないし。


 それに第4段階以降がないとは限らない。

 いや、確か世界樹ユグドラシルからの説明に『第3段階以降で使用する』なんて台詞があったと記憶している。

 つまり此処もまた実験場には違いない。


 ただもし此処が仮想世界か実験場であったとしても。

 エリとマキがいる。

 世界樹ユグドラシルだって何やかんや言いつつ好意的に手助けしててくれている気がする。

 だからそう悪くないと思うのだ。


 たとえ僕達が実験体であったとしても。

 僕という記憶と思考が実は実験で何度も死亡していて、今ここで思考している僕が何人目かであったとしても。


 悪くないどころではないかな。

 少なくとも小野寺おのでら遙人はると時代よりはよっぽど楽しい。

 魔法もどきだって使えるし。


 だから僕はこの状況の正体や、僕自身の正体がどうであっても構わない。

 今ここにいる僕が確かで、エリやマキと一緒にいる事ができたなら、それでいい。

 

「ハルト、どうしますか?」


 おっと、エリから意見の督促が来た。

 ちょっと自分の考えに浸っていて反応が遅れたようだ。


「そうだな。それじゃまず、その水場へ向かってみよう。また近い辺りに獣道があるか探して、そこを辿っていく形でさ」


(EOF)

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ユグドラシル65535 ~僕と世界樹の巫女達と、恩恵の場所と社会実験~ 於田縫紀 @otanuki

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