第15話 「サジャラ!」


『聖なる森』には人が通れるような道はないが、魔物はすらすらと歩いた。

 イグネイを見て、言う。


「三つめのあさ、かごがくる。とりにいく」


 これは、三日ごとに供物がとどけられる、という意味だろう。イグネイはまだ暗い夜明け前の森を歩きながら、あたりに気を配った。

 暗くても、魔物を見失うことはない。彼女は今も、薄く緑色に光っていた。

 魔物だ、とイグネイは思う。

 やはり魔だ。人とは違うものだ。どれほど愛おしく感じても、これはやはり魔なのだ。

 ふと、魔物が立ち止まった。


「あれが、かごのばしょ」


 見れば、あの夜に修道院長とともに来た巨木があった。


「こんなに近かったのか……」


 二日前の夜、魔物を追って森の中を走ったときは、もっと距離があるように感じた。あれは夜のせいだったのだろう。

 しだいに白く明るくなり始めた今、あらためて見れば、巨木は大きいがただの樹木であったし、『聖なる森』は命ゆたかな森だった。


 イグネイは夜明けのにおいを吸い込む。すでに、明らかな太陽のにおいがした。

 夜が終わり、朝が始まる時間。

 もういちど、魔物と手をつなごうと伸ばしたとき――気がついた。

 薄く緑色に、光っている――イグネイ自身が。


「……まさか」


 おもわず、服の上から『秘密』の小瓶をおさえる。小さな瓶はしっかりと布にくるまれて服の奥にあった。ということは、『秘密』の光が漏れているわけではない。

 だが服をおさえたイグネイの指は、ほのかな緑を発している。

 瓶ではない。

 イグネイ自身が光っているのだ。魔物ほどはっきりした光ではないとしても。


「なんだ、これは……」


 イグネイが光を振り払うように手足をたたいていると、魔物は何をしているのか、と不思議そうにのぞき込み、それから、


「さきにいく」


 と一歩踏み出した。

 イグネイと魔物のあいだに、距離が開く。

 

 そのとき、わずかな距離を、するどい音が駆けぬけた。

 矢風がつづく。

 魔物が倒れる。

 輝く巻き毛のあいだ、しなやかな背中に、くっきりと一本の矢が刺さっていた。

 

 イグネイは駆け出した。


「魔物――サジャラ!」

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