第4話

『世界樹のホワイトボード』に展開されている相関図は、まさに刑事ドラマでよく見かける様なそれで、一つ違うのは縷希ルキを含めた7人の写真の裏にだけ、いわゆる“ステータスカード”の様に数字や文字が書かれていることだった。

冴李サイリを中心にその相関図を確認しつつ、やはり待ちきれていなかったカナデ世津セツレンの3人は「せーのっ!」という掛け声とともに、自分のカードを裏返し、お互いのステータスを確認しながら既に「あーだこーだ」と始めている。

「もう……3人は放っとくか」

諦めた声で梁間ハリマがそう言うと、碧志アオシ冴李サイリは確認し終わったステータスカードを其々元の場所に貼り直して向き直った。

「それにしても、こう、誰が誰に対応すればいいのかわかるのは良いね」

「ホント便利。前まで明らか手書きだったじゃん?あの、きったねー字と下手くそな似顔絵で……」

「そうそう、絵が下手すぎて俺とカナデの対応逆にしちゃったりね」

「これなら間違いようがないもんな。しかも標的……わかりやすっ!」

「この加賀美カガミっておばさんが、悪者ってこと?」

「まあ、そうだろうね。こんだけ真ん中に貼られてるし、ルキの妹ちゃんとも関係ありそうだし……ルキさあ、この加賀美カガミって人に心当たりあったりする?」

「いや……初めて見る顔……っすね」

まだほんの上澄だったとしても、知れば知るほど理解が遠のいていく感覚に襲われている縷希ルキは、相関図の真ん中に貼られた加賀美麗カガミウララと妹の恵縷エルの間に表示されている両方向の矢印をジッと見つめる事で、言い知れぬ胸糞の悪さをどうにか抑えていた。もう4年も音信不通の妹の側に貼られた加賀美カガミの胡散臭い笑顔に、嫌な予感しかしないのだ。

縷希ルキくん?大丈夫?」

「心配かもしれねーけどさ、今までのどんな状況の時も、このホワイトボード上に登場するのは、生きてるヒトだったから、そこは安心しときなよ」

縷希ルキの顔色を伺い心配そうにしている碧志アオシと、そこにすかさずフォローを入れた冴李サイリの言葉に、縷希ルキの強張りは少しだけ緩む。

「とりま、碧志アオシがこの加賀美ってヒトに取り入って、その間に俺が縷希ルキくんの強化、かな?んで決行日にカナデ世津セツ冴李サイリが現場で合流。あれ?レンレンはお留守番?まあ、その方が安心か……って決行日1週間後じゃん……これ、縷希ルキくん間に合うの?現場には行くっぽいけど、あれかな?妹ちゃんに会えるから?」

「いや、ワンチャン縷希ルキuniqueユニが肝なのかも」

「だとしたら焦るわ。俺、結構責任重大じゃんね」

「まあ、梁間ハリマなら余裕っしょ」

「おっ、そうか。じゃあ、任せとけ」

冴李サイリに持ち上げられ、すぐその気になった梁間ハリマは声に自信を含ませて胸を張る。

「ねえ、梁間ハリマuniqueユニって何だったの?」

そんな梁間ハリマの様子をニヨニヨしながら見つめていた碧志アオシが、急に閃いたとばかりにそうたずねると、梁間ハリマはそのままのテンションで「魔術師まじゅつし」とあえて厳かな声色で答えた。

「まんまだったね。じゃあさ、ざん:はどどのくらい?」

「それがさ、まだ約750とかあった。もっと無いかと思ってたけど、意外とあったわ」

「でも流石に名字ファミリーネームはもう……」

「それは、やっぱりもう無かったけど。まあ覚えてない時点でそんな気はしてたよね……って碧志アオシuniqueユニは?なんて名称だったの?」

「俺のuniqueユニ?あんね、魅了みりょうだって」

「やっぱねー」

「何かふつー。想像の範疇。もう一捻りのネーミングセンスが欲しかったなあ」

「あっ、お前さ、ざん:は?」

冴李サイリ、近っ!そんな前のめりに聞く?」

「いーじゃんか。早よ」

「俺も梁間ハリマと同じくらいあったよ。冴李サイリは?」

「ん、俺もそんくらい……そっか。じゃあ、梁間ハリマ碧志アオシはまあまあ気をつければ大丈夫か」

「ってかさ、今まで何となくの知識で来たけど、このざん:って、チカラ使う度に減ってるの?それに、これがゼロになったらヤバいってのも、どうも具体的じゃないよね?」

「確かに。そういうもんだと思って今までやってきたけどさ、いざこうやって数字で見ちゃうとね。たまに増えてたりして?」

「いやいや!ちゃんと気を付けよう?マジで、ゼロは、ダメだから!!」

冴李サイリ……さっきからおかしくない?どした?」

「別に。いつもと変わんねーし……」

「あのー、お取込み中の所申し訳ないんだけど……そろそろ俺も……」

「そうっ!そうだよ。ルキのこと忘れて……じゃなかった、まずはさ、ルキじゃんか!」

「ごめんごめん。ぶっちゃけ一瞬忘れてた」

「確かに。何度も置いてけぼりにしてごめんね?いやあ、俺らもさ、何せ、やっぱテンション上がっちゃうもんで」

「大丈夫です。確かに、さっきまでは不安の方が勝ってて、知らないことばっかだし、わかんないとイラつくし、恵縷エルのことも気が気じゃないし、すぐ話題が逸れてちゃんと説明してくれないし……だったんっすけど、もう、俺、覚悟決めましたから!とにかくやるしかないってことですよね?一先ず、皆さんの感じから察するに、一週間後には恵縷エルに会えそうなんで、俺、ちゃんとまた恵縷エルと一緒に居られるように、できる事は何でもするんで!!」

冴李サイリたちのやり取りの陰で、いつの間にか覚悟を決めていた縷希ルキは、本音交じりになっていることも厭わずに宣言した。その真剣なまなざしは、他の6人には眩しすぎるほど真っ直ぐで、ここにはない太陽が瞳の中に宿っている様なむず痒さがある。

「おしっ、ルキ、よく言った!」

「ふふっ、冴李サイリって意外とこういう系好きよね?」

「いいじゃんか。もう、ルキがやるっつってんだから、俺らが邪魔しちゃいけねーよ。第一、今回は確実にルキのための物語で、ルキはきっとヒーローなんだから」

縷希ルキ君にヒーロー味を感じるのは何となく分かるけど……冴李サイリ、あんまヒーロー願望引きずってると、後で辛いよ?」

「その、ヒーローがどうとかはどうでもいいので、とりあえず……大事な所だけ教えてもらって、俺は何か訓練?するんですよね?それ、なる早で始めたいっす!!」

「お、おう……じゃあ、えっと……」

急に圧を増した縷希ルキの態度に冴李サイリが気圧されていると、梁間ハリマ碧志アオシは顔を見合わせて吹き出した。

「なんだよお、笑うなし。ねえ、梁間ハリマ、とりま何教えればいい?」

「そうだな……大事なとこは、やっぱuniqueユニざん:かな?あのね、俺たち、みんなそれぞれ異能があるんだ」

「イノウ……?」

「え?マジ?そこからだった?」

「うん。そうだよね。冴李サイリがサラッとすっ飛ばしてたけど、多分ここから。異能っていうのは、俺のuniqueユニ:魔術師が魔法使えるってこととか、碧志アオシの魅了とか……ホント、ゲームとか漫画のままのやつ。それを思い浮かべてもらえばおけ」

「はあ……」

「ちなみに他は冴李サイリが治癒?だったっしょ?」

「うん」

「あとは、カナデが多分身体強化系で、世津セツが時間操作系、レンレンは未来視かな?まあ、詳しくは時間のある時に本人に聞いて?」

梁間ハリマがそう言いながら指差した先ではカナデたちが自分のカードを使ってバトルする時のルールを決め始めている。思っていた以上にのん気だった3人から縷希ルキに視線を戻した梁間ハリマは気不味そうに無言で頷く。

「なんか、またゴメン……んっと、またまた気を取り直して続けるね、あっと、そうだ、縷希ルキくんのuniqueユニの天地逆転だけど、これに関しては全く未知なんだ。ここは決行日までにどうにかしないと……まあ、それでね、もう一つ大事なのがざん:、俺たちはuniqueユニ……この、異能のことをいつも“チカラ”って呼んでるけども、このチカラを使うと、代償でこのざん:が減ってくんだって、ちなみに単位は時間。自分のそれまでの思い出の時間」

「思い出?って普通の?思い出のこと?」

「普通じゃない思い出ってのを知らんけど」

「うん、まあ、冴李サイリが言うように何をもって普通の思い出なのかはわからないけど、多分、縷希ルキくんの思い描いている通りの普通の思い出だよ。正確には種族:ヒトだった時の思い出だな。でね、これが一定数減ると、ヒトだった時のことはほとんど思い出せなくなる。それがヒトの証だから……なのかな?もう名字ファミリーネームがないし、覚えてないや」

梁間ハリマはホワイトボードから自分の写真を剥がすと、裏返して縷希ルキに見せた。縷希ルキのカードには宍戸縷希シシドルキと書かれていたはずのそこには、確かに梁間ハリマとしか書いていない。

「え?この……人外ヒトならざるモノってのは?」

「ああ、それ?多分俺らももとは種族:ヒトだったはずだけど、名字ファミリーネーム失くなった辺りから変わったんじゃない?」

「けっこうチカラ使っちゃったしね?」

「だね、しょうがない」

「そんな……軽くないっすか?ヒトじゃない……人外って、人間じゃない……?」

「そっか、やっぱヒトだとそういう反応だよね?」

「あっ、ごめんなさい」

「全然。俺らは大丈夫だけどさ、そんな感じだと、やっぱ縷希ルキくんはヒトのままでいさせてあげた方が良さそうだね」

「……その、チカラ使うのって、そんなに切羽詰まって……というか、皆さんは自分のチカラを使って代償を払うのも厭わない程の……ってことですよね?」

「いや、今回みたいな感じはほぼなかったよね?俺ら、縷希ルキくんが来るまで不完全の状態だったし」

「そうそう、迷い犬探しとか、脱走犬保護とか」

冴李サイリ、犬のやつしか言わないじゃん」

「まあ、でも、そんな感じで、命に別状ないというか、今回よりは大分ラフな依頼だね」

「え?そんなことで、人間辞めた……ってこと?」

「ははっ、確かに。そう言われたら俺らやばいね」

「でもさ、俺ができる事をやったら喜ぶ人がいて、その代償が俺だけで済むなら、別にいっかなって。それに、どんなにチカラ使っても、こいつらのことは忘れないから。自分の思い出、ってか過去のことなんて、いよいよどうでもいいわ」

「よっ、流石ヒーロー!」

「茶化すなよ!マジで、俺はお前らさえ……ってもう言わん!」

「でもそれ、本当に自己犠牲ってか、ヒーローのそれなんじゃ……」

「あっ!でもマジで、だからって無暗矢鱈にチカラ使うんじゃねーぞ!!これは、ルキだけじゃなくて、そこ、梁間ハリマ碧志アオシも!!」

照れた冴李サイリ梁間ハリマ碧志アオシがもみくちゃにしていたが、その横で縷希ルキは「……uniqueユニ……ざん:……ヒーロー」と呟いていた。


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