第5話

不思議を不思議としてしまうから混乱するのであって、それを「そういうもんだ」と認めた途端、それは非日常ではなく、日常……普通になる。

梁間ハリマと共に『世界樹のホワイトボード』のある部屋から出た縷希ルキは、梁間ハリマ曰く「縷希ルキくんに一番似合う」部屋へと案内された。

初めて入ったはずのその部屋は、驚くほど落ち着く空間で、あまりにも情報量が多く、キャパオーバー過ぎた一日を終えた縷希ルキは、部屋のドアを閉めるなりベッドへと倒れ込む。

「そういや、ちゃんと自己紹介されてなくね?まあ、もう、誰が誰かはわかるけど……つーか、見た目は皆普通に人間だし。同世代の奴らと何にも変わらないのに、異能?人外?ダメだ。ちゃんと考えちゃうと、わかんなくなる。一先ず今は恵縷エルのことだけに集中して……恵縷エル……まじで、会えるのかな……?それにしても、あの人達、全員キャラ濃すぎ……」

グレーとネイビーで統一されたその部屋のどこら辺が自分に「似合う」のかもわからなかったが、疲労感で膨らみきった眠気が縷希ルキの思考をあっさりと奪うと、縷希ルキは文字通り“堕ちる”ように眠ってしまった。



冴李サイリ、何か隠してるでしょ?」

冴李サイリたちと縷希ルキのやり取りを他所に遊び倒していた3人がやっと自室に戻ったあと、「俺らも……」と言いかけた冴李サイリの腕を碧志アオシがいつになく真剣な顔で掴んだ。

「何言ってんの?別に、何も隠してねーよ。まあ、最後の一人だった縷希ルキが加わったワケだし、ちょっとテンションはおかしかったかも」

「違う。ねえ、冴李サイリ、カード持って帰ろうとしてる?ちょっと、みせてみ?」

「は?んなこと……って、誤魔化せねーわな」

「そうだよ……って、えっ?」

冴李サイリは諦めたように服の中から取り出した自分の写真を碧志アオシに手渡した。それを裏返し、ステータス部分を確認した碧志アオシは思わず言葉に詰まった。冴李サイリざん:はすでに0となっていて、他の皆と同じように人外ヒトならざるモノのはずだった種族には「vampire」と書かれていた。

「マジで、だから、ざん:はぜってーゼロにしちゃいかんのよ」

冴李サイリ……こんなの、俺らが冴李サイリに甘えすぎたせいじゃん」

「んなことねーよ。俺は、俺に出来ることをやってただけだし。俺こう見えて皆より年下じゃん?だから、そもそも最初から少なかったんだって」

「……俺らも、ざん:ゼロになったら、種族が人外ヒトならざるモノから、こんな風に……変わるってこと……だよね?それにこの“vampire”ってあの、吸血鬼?」

「たぶんな。いや、まあ、確実にそうだな。碧志アオシ、引いてる?」

「引くわけないだろっ!」

「ごめんて、怒るなよ……」

冴李サイリ、何時から気付いてたん?それとも、何か症状的なやつがあるってこと?」

「なんて言ったら良いかわかんねーけど“わかる”んだよ。疑う余地がないってか、過去のことは全部忘れちゃったはずなのに、俺、そういえば吸血鬼だったわ。ってカンジ?ほら、ヒトだって、常に“自分は人間だから”とか考えてないっしょ?そんなノリ」

「意味分かんねー」

「だな。俺、説明下手なのかも」

「そういうことじゃなくてっ……あっ、症状、症状みたいなのは大丈夫なの?その、血が飲みたい的なやつとか」

「それはまだ……強いて言えば、めっちゃ冷え性になったのが地味に辛い。ほら、超末端冷え性でしょ?」

そう言って冴李サイリ碧志アオシの頬に触れると、その指先は氷の……というより、冷え切った蝋の様に冷たかった。

「冷たっ……まじか」

その感触と冷たさは、碧志アオシの記憶に未だに残る「人間の死体」の感触そのものだった。

冴李サイリ、本当は……」

「あっ、そういえばさ、カナデたちのこと途中から放置しちゃったけど、あいつらこそ心配じゃね?特にレン!あいつ、ルキのこと見つけるために、ぜってーいっぱいチカラ使ってるし。せめてレンだけは守ろうって決めて、名字ファミリーネームもまだあるはず……っ!!」

「まじか……レン

冴李サイリ碧志アオシは嫌な予感を抱えつつ、レンの写真を剥がして裏返す。するとそこには自分たちと同じ様に名字ファミリーネームを失くし、レンとだけ書かれていた。

「くそっ……あいつ……そんな気はしてたけど、ホント、俺らの心配は無視して突っ走るから」

「ってか、ざん:やばい。もう84しかないじゃん」

「あれ?今回、レンは……」

「大丈夫。そもそも留守番ってなってたし。まあ、すでに大丈夫じゃないけど」

「これ以上減らない様に今まで以上に守るしかないな」

レンも……vampire、なのかな?」

「んなの、俺にもわっかんねーよ。あーっ!!ルキが来てやっと揃ったかと思ったらこれかよ。っつーか、もう、みんなチカラ使うなよ。バケモノになるのなんて、俺だけで十分……」

冴李サイリ……」

「ごめ……俺……」

「あのさ、俺、まじで大丈夫だから。冴李サイリが何になろうとも、これまでの、俺らが覚えてる範囲の冴李サイリを知ってるし、覚えてるから。絶対一人で背負うなよ?んで、俺たちのことだけは絶対忘れるなよ?いつも、もっと頼れよ……レンも守ってあげたいけど、冴李サイリのことだって守りたいのは同じだし。必要なら、血だっていくらでも吸わせてやるよ……」

行き場のない不安と、焦燥が2人それぞれに押し寄せていた。



「お前さあ、ホント、俺らが今までどんだけ……って、もう何言っても遅せーけど」

「そうですよ。過去のことなんて気にしないでもらって。どうせほとんどもう覚えてないし、これからも忘れていくだけなんですから」

「お前ふざけんなよ!勝手にチカラ使いやがって……しかも、俺とカナデよりもざん:少ねーじゃんかっ!!なに?84とか。たったの10日?分の思い出とか、ほぼゼロやん」

ざん:は約84なので、約7日分ですね。一日は24時間ですから……」

「はあ?てめえ、やんのか?」

「まあまあ、世津セツ落ちつけよ。レンもわかってんだろ?梁間ハリマたちが必死でお前のこと守ろうとしてたこと」

「それは……でも、僕だって皆の役に立ちたいし。それに、僕にしかできないことが多いんだからしょうがないじゃないですかっ」

「うざっ……」

冴李サイリたちが縷希ルキに説明している横で、自分たちのカードで遊んでいた3人だったが、一転、自室に戻る道中で小競り合っている。

自分たちの写真を初めて裏返して見せ合った時、レンの写真の裏に名字ファミリーネームがないことに気が付いたカナデ世津セツは、飛びつく様にそれを一度レンから取り上げていた。カナデたちの驚きを他所に、レンはむしろ嬉しそうに微笑み「まあ、いずれこうなることはわかっていたでしょ?」とすましてみせる。その様子にキレかけた世津セツカナデが何時ものようになだめると、一先ず縷希ルキの邪魔をしない様にと“この件”についてレンを問い詰めるのは後回しにすることにしたのだ。

「……でもまあ、俺らがどんなにレンのこと締め上げても、結果が変わんないのは事実だし」

「そうそう。やっぱりカナデは理解力が……」

「マジでお前何なん?ちょっとはこっちの気持ちも考えろよ?俺らだけじゃねーよ、つーかむしろ、梁間ハリマとか碧志アオシの気持ちは?空気読めとかそんなレベルの話じゃねーからな!これは!」

「……僕は、別に大丈夫なのに」

「いやいや、一応言っとくと、それは皆のためでも何でもないからな?そんな自己犠牲は誰も望んで無かったし、つーか、約束を破った結果がこうなっちゃったんだから、梁間ハリマたちにどやされることは覚悟しとけよ?」

カナデが厳しいのは、辛い……し、梁間ハリマとか冴李サイリ……それに碧志アオシのことも……ゴメン」

「謝る必要はない。しかも、謝る相手は俺じゃねーだろ?でも、俺も、次はマジで許さねーから」

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