第3話

初めてお邪魔する他人の家で物珍しそうにキョロキョロとする程縷希ルキは落ちぶれてはいない。しかし、ここは思わずそうせずにはいられないほど、物珍しいもので溢れている。

それに「世界樹」というのだから、こう、開けた草原の真ん中だとか、地平線の延長線上の様な場所にあると普通に考えていた縷希ルキにしてみれば、あの玄関ホールから外に出るわけでもなく、部屋の奥へと向かうこの状況が、更に視線を落ち着かなくさせる。

「えっ?まじで?」

「うわあ。そういうことか」

先の方でガチャリという音がすると、先頭を歩いていたカナデ梁間ハリマの驚く声が辺りに響いた。縷希ルキのすぐ側を歩いていたはずのレンはその声にピクリと反応すると、狭い廊下を並んで歩く冴李サイリ碧志アオシの間を足早に音も無くすり抜け、カナデたちの声の方へと駆け寄った。


普通の。そう、いたって「普通」のドアを開けると、縷希ルキの想像とは程遠い「普通」の一室の奥に『世界樹のホワイトボード』は鎮座している。

「へえ、7人揃うと……ってこういうことだったんだ」

「いつもよりさ、めっちゃわかりやすいね」

「は?いつも?いつもと全然違うじゃん!」

「そうそう、これにはいつも……って最近来てなかったけど」

「えっ?カナデ来てないの?」

「僕も最近来てなかった」

「えっ?レンレンも?じゃあどうやって……」

「わかる。だって見に来たとて何の参考にもなんねーし」


部屋の奥に置かれたホワイトボードには相関図の様なものが書かれている。それを囲み、縷希ルキ以外の6人は口々にその感想を述べている様だった。

「世界樹……要素は?」

「ああそうだよね、初めての事ばっかでやっぱ驚いてるカンジ?」

「まあ……ってか、もちろん、というか……」

6人から少し離れた所で呆けていた縷希ルキが思わずそう呟くと、何かを察した冴李サイリはそんな縷希ルキにするりと絡みつく。冴李サイリの冷たい指先が縷希ルキの首元を掠め、縷希ルキは思わず肩を竦めた。どうもここの人たちは距離感がバグっている。すでにゼロ距離な冴李サイリの小脇に抱えられた様な格好になった縷希ルキは縮まるようにしてそこに収まっていた。

「みんな、ほら、縷希ルキ君はさ、全部初めてなわけだし、ちゃんと説明してあげないと……」

「説明ってか、んなの、俺らも良く分かってねーのにできなくね?」

「確かに」

「いや、でも冴李サイリならいけんじゃね?」

「うんうん。面倒く……じゃなくて、そういう大事なとこは冴李サイリに任せておけば大抵上手くやってくれるし」

梁間ハリマおま、今、絶対、面倒くさいって言おうとして……まあいっか。んじゃあさ、俺、このまま説明しちゃうよ?」

冴李サイリはそう言いながら、されるがままの縷希ルキをホワイトボードの前に集まる6人の中心に差し出した。

「まあ、見てわかる通り、こちらが“世界樹のホワイトボード”となっております。おっと、初めてここに来た縷希ルキ君にとっては、そもそも“世界樹”って?って感じだとは思うんだけど、簡単に言うとそもそもこの場所自体が世界樹なのね、んで、そこにあるホワイトボードだから“世界樹のホワイトボード”ってワケ」

「そのまんまじゃん。ってか、ここそのものが世界樹?だって俺、よく行く新開南しんかいなんの駅でレン君と会って、西口の更科町さらしなちょうの裏通りを来ただけで……そりゃあ、ただならぬ雰囲気は感じたけど、別世界とかまで来たとか言う程でも……それに、世界樹ってまず何なのかがまだよくわかんな……」

「あーっと、まあそれは追々でも大丈夫だから、安心して?」

そんなツッコミが来ることはわかりきっていたとばかりに冴李サイリ縷希ルキの言葉を遮った。

「んでね、このホワイトボードには毎回依頼とか、指示がきているのですよ。でもね、縷希ルキ君が来るまでは非常に簡素で……ってかさ、縷希ルキ君って言いにくいから、もう、ルキでいいよね?ね?」

「あ、は……はい」

「おけ。じゃ、続けるね。で、なんで今回はみんながこんなに驚いてるかって言うと、この相関図。これ、今までこんなに詳細じゃなかったのさ。しかも、見てみ?ほら、これステータスカードになってからね?」

冴李サイリはそのホワイトボードに貼られていた縷希ルキの写るポラロイド写真のようなカードをそこから剥がすと、それを裏返して皆に見せた。

「まじか!えっ?俺のは?」

「やば、俺のも見してよ……」

「ちょ、カナデ世津セツはまだ駄目だって!ほらっ、待て、お座り」

冴李サイリは手慣れた様子で縷希ルキのカードに群がるようにしてきたカナデ世津セツをいなす。

「ごめんごめん。こいつらもコレ見るの初めてだからさ。さあ、どれどれ……ルキのスペックはっと……名前ネーム:宍戸縷希シシドルキ種族カテゴリ:ヒトね……これは、まあ、そうだよね。んで、codeコードは無し。えっ?HP6のMP12って……弱くね?いや、まあ最初はそんなもんなのか?だから梁間ハリマと抱き合わせなの?でもこのuniqueユニ:天地逆転てんちぎゃくてんって何だ?梁間ハリマってことは魔法系?は?効果んとこブランクじゃん。どゆこと?」

「あ、あの……さっきから、全くもって意味がわかんないままなんですけど」

「だよね。ルキはさ、ゲームとかやらんの?それか、異世界転生系の漫画読んだり」

「人並みには……って、だって、それ、俺の写真で……ステータスとか。えっ?俺、転生……ってことは死……」

「それは大丈夫。転生してないし、死んでもないから。ってか、知らなかっただけで、ルキは元々こっちだから」

「ねー、冴李サイリまだあ?俺も早く自分のステータス見てみたいんだけど」

「それな?ステータスとか、マジもんのそれじゃん。俺、ここにきて今がいっちゃんアガってるかも!あっ、でも世津セツ、俺よりHP低くても泣くなよ?」

「は?何それ。俺がカナデよりスペック高いのは既にデフォでしょ」

カナデ世津セツも、まあ、まだ待て。ルキの大事なやつまだ見てないし、何より、まだこいつ、全然理解できてないっぽいし。まずはルキのターンね?おけ?」

冴李サイリにそう諭され、素直に大人しくなったカナデ世津セツを横目に、梁間ハリマ縷希ルキのステータスカードを覗き込む。

「へー、マジでアレみたいだね。ポケ……」

「皆まで言うな。俺もそれ思ったけど、自分ごととなると、何か切ないし」

「確かに。まあ、でもありがたいか。これ、もちろんざん:もわかるんでしょ?」

「ぽいね。まあ、ルキは名字ファミリーネームある時点で心配してないけど……うん。ざん:約176496だって」

「これさ、大事な所なのに約ってのがウケるね」

「あれじゃん?これは時間表記で、精密に言えば分単位で使ってるから……とか?」

「なるほど。したら……あれだ。まだ使ってないはずの縷希ルキくんは、今20歳ハタチくらい?」

梁間ハリマヤバっ。計算早っ!ってか、えっ?ルキって年下なん?全然見えないね」

「いや、俺、今22歳っす……」

横入りした梁間ハリマ冴李サイリの会話が全く理解できていない縷希ルキは、むしろここで冴李サイリたちから「もうキミは転生して異世界にいるのだ」と言われた方が楽であるような気がしていた。

「うっわ、まじか。ってことはルキ、どっかで絶対使っちゃってるね……」

「確かに。約2年分か……せめてこのuniqueユニ天地逆転てんちぎゃくてんの効果だけでもわかれば、気を付けようがあるかもだけど」

「ねえねえ、冴李サイリ梁間ハリマもそこら辺にしといてさ、とりま今回の依頼を確認しない?ほら、縷希ルキ君もう涙目だし、カナデ世津セツも……いや、レンレンが待ちきれないって顔してるから」

「……いや、僕はそうでもないですよ」

専門用語の飛び交う会話を理解できず、やや涙目な縷希ルキの肩をポンと叩いた碧志アオシ冴李サイリ梁間ハリマの間に割って入ると、二人も我に返った様子で「それもそうだ」と頷き合う。

碧志アオシの言う通りだな。確かに習うより慣れろ。だしね、折角こんなにわかりやすい相関図があるんだから、今までよりも楽勝かも!それにほら、ヒトって何にでもナレルから。とりあえず今回の指示を一回ちゃんと確認しようか」

仕切り直しとばかりに冴李サイリは「では、早速見ていきましょうか……」と言いながら縷希ルキの写真を元あった場所に貼りなおした。が、その時、

「えっ!待って!これ……恵縷エルだ」

冴李サイリの手元を目で追っていた縷希ルキは、思わずそう叫びながらその相関図の中心にいる人物の、すぐ右隣に貼られた写真を指差した。そこには、4年前から行方不明になっている縷希ルキの双子の妹、恵縷エルの姿があった。その場にいる全員が縷希ルキの指の先に注目した後、それぞれが驚きを隠せず目を見開くと、その視線を交差する。

「うわあ。俺、鳥肌立った!ってことはさ、これ、縷希ルキ君と妹ちゃん、早速再会できる系なんじゃね?」

「やばあ。しょっぱなから感動増し増しやん」

「やる気でますね!」

「ってことはレン、いつもはやる気なかったってコト?」

「あっ、全然、そんなことはないんですけど……」

「はい、ストップ。俺ももちろん驚いてるけど、ここで一番驚いてるのは、今一番状況が理解できてないルキなんだからさ、一先ず皆は黙ってよっか」

縷希ルキよりも興奮した様子の面々を冴李サイリが落ちつかせると、梁間ハリマは人差し指を閉じた唇に当てながら、幼い子たちに諭すように「お口チャックね」と付け加えて微笑んだ。

「妹ちゃん絡んでるとなると、焦るかもだけど……それが一番危険だし、ゴメンけど、ルキもとりま一通り俺らと一緒に確認して、何回も言うけどさ、実践しちゃった方が早くナレルと思うから……」

何かのワードに引っかかる度に脱線していく6人の会話は、冴李サイリによってまた、というか、ここにきてやっと、軌道に戻ったようだった。

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